もち粉
2025-09-22 21:59:44
4009文字
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スズメの約束


カブミス(カブ→ミス)
わりとさっさと情緒回復した系ミスさん

ヨーロッパっぽいメリニにスズメもススキも分布してないと思いますが あの世界の似たような何かってことでよろしくです

地方視察の帰り道、午後から会談するはずだった相手の都合が悪くなり、半日だけぽっかりと時間があいた。
一度宿に戻ったカブルーは、女将に勧められるまま、なだらかな裏山をぶらぶらと登っていく。
空気は澄み、空が高い。トンボの群れを見上げて、ふう、と息をついた。
こんなふうに、ただ気を抜いて歩くのは、いったいどれくらいぶりだろう。

木々のあいだから、やわらかな風が吹き抜けてくる。
その先にひらけた一帯には、ススキが群れ咲いていた。
朝晩の冷え込みが増したせいか、まだ若い穂は、銀色に光りながら風を受け、さらさらと涼やかな音を立てて揺れている。まるで、草の海が波打つようだった。
その光景を見ているうちに、ふと、しばらく顔を見ていない誰かのことが脳裏をよぎった。
銀色に光る、もっと細くて緩やかなカーブを描く、すっかり綺麗になった――あの髪。


ススキの海がふいに割れた。

銀の穂を押し分けて現れたのは、紛れもなく、今思い浮かべていた相手であった。
風になびかせた肩まで伸びた髪。手には、摘みたてのススキの束。

ミスルンが、目を見開いて言った。
……カブルーか。久しいな」

――彼の髪は、こんなに長かっただろうか。



最初の頃は、ふたりとも王都にいた。
ミスルンの様子が心配なのもあって、「時々、食事をしましょうね」と自然に約束を交わしていた。
定期的に顔を合わせていた時期も、確かにあったはずだ。

だが、近頃は――

めきめきと、春に伸びる新芽のように感情と欲を回復させたミスルンは、己の好奇心の赴くままに各地を旅し始めた。
「糸の切れた凧のように」とは共通の知人の評だが、あながち間違ってはいない。
ミスルンは、いつの間にか向いていなかった外交官の真似事もやめてしまったらしい。正式に退官したとも聞いていないが、王都に姿を見せることはほとんどなくなった。

ちっとも帰ってこないから、見かけた瞬間に追いかけて、見失う前にその夜の約束を取りつけなければならない。
そうして「みやげだ」と渡してくるのが、変な木彫りの人形やら、メリニ辺境の地名が書かれた三角形の旗。すごくいらない。

一体どこを旅しているのやら。
どうも、迷宮に潜っている気配もある。
前回は、休憩中のライオスの執務室から楽しげな声がすると思ってドアを開けたら、そこにいたのは予想したマルシルではなく、ミスルンだった。

ライオスの座る椅子の手すりに腰を引っ掛けて、何やら興奮して質問攻めにしてくるライオスを、ミスルンは穏やかに見下ろし、丁寧に答えてやっていた。

主君であり友人でもあるライオスと、奇妙な縁ながら年齢を超えた友人ミスルン。ふたりとも、よく知っている相手だ。
決して彼らが色めいた関係にあるとは思わない。カブルーにはわかる。誰でもわかる。あのライオスは、ただ魔物の話に興奮しているだけだ。

魔物の話なんて、聞きたくもない。
それでも、自分だけ蚊帳の外に置かれるのは――やっぱり、面白くない。

それにしても、ライオスも配慮がない。あんなふうに、肘掛けに賓客を座らせるなんて。
椅子くらい、ちゃんともう一脚出したらどうだ。

結局そのときは、明日でもよかった書類をライオスの机にドスンと置き、「休憩時間は終わりですから」とミスルンにお引き取り願ったのだった。

――おかげで、その日はミスルンを食事に誘えなかった。


気づけば、呼びかけていた。

「ミスルンさん、昼食まだなら、ご一緒にどうですか?」


ススキ野原を見下ろす小高い丘の上に、ふたりで腰を下ろす。

荷物からパンやワイン、林檎に焼き菓子と、次々に取り出すカブルーを見て、ミスルンが尋ねた。

……元々、誰かと落ち合う予定だったのか?」
「いや、これは午前中に伺った役場の人たちが、いろいろ持たせてくれて。全部、この地方で採れたものですよ。パンは宿屋のもので、採れたての新小麦だそうです」

「相変わらずだな」
「お気づかいなくって言ったんですけどねぇ」

あははと笑って、パンを一口かじる。小麦の甘みが舌に沁みた。

ワインは瓶しかなかったので、どうしようかと迷っていると、ミスルンが自分の荷物から木のコップをひとつ取り出した。彼の分はそれに注いでやって、自分は瓶から直接飲む。

シャクリと林檎に白い歯を立て、小さな歯型をつけたミスルンは、味わうようにゆっくり咀嚼し、飲み込んでから口を開いた。

「食事ができてよかった」
「お腹、減ってたんですか?」
「いや、空腹はまだ自分では感じ取れない」

ミスルンは、なんとなく手の中の林檎を振りながら答えた。

「この前、城で会った時は、食事を一緒にできなかっただろう? あとでお前の執務室に行ってみたのだが、不在だったからな。――だから、よかった」

……なんだ、探してくれてたのか。
あの後ライオスがサボらないように、付きっきりで見張ってたりするんじゃなかったな。

面映ゆくなって、話題を変える。

「ええと、ミスルンさんはどうしてここに?」
「女王からの非公式の命で、メリニ国内の調査をしている。この辺りは魔力が濃いから、魔術に使える素材も多く採取できる」

ミスルンが足元に生えていた小さなキノコを摘み取り、そっと魔力を込めると、キノコは、ぱふん、と破裂し、きらきらと金色の粒子をまき散らした。
「ほら、魔力への反応がよい。このキノコは干しても効果が落ちにくい。薬の触媒にもなる」

「国内調査って……そんな許可をあなたの国に出した覚えはないんですけど?」
じとりと青い瞳を眇めたカブルーに、ミスルンはひょいと肩をすくめてみせた。
「非公式だと言ったろう。現状、ただの旅行者である私が、旅の記録を"親しい友人"に書き送っているだけだ」

いたずらっぽく笑って、茶色い革の表紙の手帳を見せてきた。

はあっとわざとらしくため息を吐いてやって、あぐらをかいた膝の上に頬杖をついたカブルーは、「それ、俺に言っちゃっていいんですか?」と聞いた。ほんとに外交官むいてないな、この人。

ミスルンは、くすくすと笑った。

「いいんじゃないか?貴国にとっても悪い話ではない。採取したサンプルは、いくつか本国に発送してある。西方では手に入りにくい素材もあったから、もし輸送に耐えられるようなら、近いうちに輸入したいという申し出があるだろう」

……そのススキも、素材なんですか?」

カブルーは、先ほどミスルンがどっさり抱えていたススキの束を指した。

「いや、これはスズメだ」
「スズメ?」
「昨日、土地の娘に教わった。こうして重ねて、折って――

ミスルンの指先が、するすると動く。
穂先で小さな頭と羽根をかたどり、茎でそっと留める。
仕上げに、シロヤマブキの種を目にあしらえば――ふわりと丸く膨らんだ、愛らしいスズメの姿が現れた。


ふたりで並んで、スズメを作る。
若いススキの穂は、しっとりとした、なめらかな手触りだった。
その感触を、カブルーはひどく意識していた。――横にいる彼の、今の髪も、きっとこんなふうなんだろう。

風に揺れるその髪は、つややかで、秋の日差しに透けるように光っていた。

「なんだ?」
――あっ、いや!おんなじ色だなって、思って!」

視線に気づいて訝しげに見上げてきたミスルンの顔の横で、軸を持ったススキを掲げてくるくると回す。

「手触りも……同じかなって……

自分は何を言ってるんだ、とカブルーは思い、思わず口をつぐんだ。
ミスルンは、何でもないように小首をかしげて言った。

「触り比べてみるか?」

ふいにそんなことを言われて、心臓がどくんと跳ねた。
指先が、凍ったように動かない。

――いいのか?

冗談のふりした本気か、あるいはその逆か――ミスルンのことだから、何にも考えてないだけかもしれない。

かつて、迷宮で彼の頭を拭いてやったときのことを思い出す。
指に絡んで、ぷつぷつと切れた。ぱさついた髪の感触が、指先によみがえった。
あのときは、介護だったから。ノーカン。


カブルーが固まっている、ほんの数瞬のうちに、ミスルンは視線を落として、スズメ作りを再開してしまった。
その口元には、なんとなく笑みが浮かんでいる。

「そういえば、この辺りはもう収穫は終わっていた。掘り返された畑の色が、豊穣の色だと思った。土が陽の光を吸い込んで、暖かそうでな」

……はい」

「おまえの肌の色を思い出したよ」

――

あれ、なんか……すごいことを言われたような気も、する。

「触ってみます?」

ちょっと、なんて返したらいいか分からなくて、先ほどのミスルンの真似をした。

「うん」

何のためらいもなく、あっさりと伸びてきた指先に、カブルーは声を失った。

ぺたりと顔に触れたかと思うと、指先が熱を残して、すいっと撫で上げ、離れていった。

手元で、くしゃりと音がする。



……カブルー」

覗き込んだミスルンが、呆れたように息をついて、カブルーの手の中でつぶれたスズメを指先でつついた。

「お前、案外不器用だな」


――誰のせいだ。



できあがったスズメたちは、ススキの茎で小枝に結わえて、並べてとまらせた。
ミスルンはその姿を手帳にスケッチしている。
まさかそんなものまで「親しい友人」に書き送るのだろうか。

カブルーは、並んだスズメの一羽だけ、そっと包んで持ち帰った。


後日、王都に戻ったカブルーの自室の机の上に、そのスズメがとまった。

銀の穂がふくらみ、羽のように丸くなったころ。
次の食事の約束が、きっと果たされる。


あの日カブルーの作ったスズメは、ミスルンが連れていったのだから。