約束花(やくそくか)は結実す/都松都
初めて彼を見たのは、中学二年のときの全国大会だった。トーナメント上順当に行けば当たるはずの、まるきり知らない同士ではない学校。それでも初めて見るその
“花”は、さながら凛と咲くヒマワリだ。あるいは、近所のばあさんが毎年見せてくれる月下美人にもどこか似ている。そんな柄にもないことを、まるで太陽しかしらないようなしゃんと伸びた背筋と気の強そうなまなじり、それでもどこか柔和なたたずまいによる月夜じみた妖艶さと見慣れぬ髪型とが総がかりで、俺に思わせてきた。今年初めてレギュラー入りした俺同様に、そいつも、今年からのレギュラーのなのだろう。
客席から見たそいつのサーブは、ちょっとした衝撃で俺の目を見開かせた。全身まるまるバネになったかのような、跳躍力。それなのに一切ブレぬ精確な回転軸が、一周ぶんの遠心力をその打球に重く乗せる。細身の体躯に反しパワーを有する鋭いサーブは、本人の言う通り、そこに大きな華が咲いたようにしか見えなかった。俺は、思わず目をこする。今のは、花火か? いや、やはり大輪のヒマワリだ。野草のほかにはろくに花など知らないなりに、そんなことを思うのだった。そしてその回転軸は、何度飛び跳ねても、ブレることがなかった。
――途中までは。そのことに、ただただ魅入られる。そして、その“選手としての一目惚れ”は、回転軸のブレ程度では、揺らぐことのないほどのぞっこんだった。たとえば花束じみたそのプレースタイルを、俺は柄にもなく、勝手に受け取った気になっていたのだろう。
跳躍力からも分かる通り、その選手
…松平親彦は、踏切りの力がとにかく強く、初速がすさまじい。だが、試合が長引くにつれ、その踏み切る力が徐々に落ちてくるのが客席からでさえ分かる。その野生動物のようなしなやかなバネに、名も姿も知らぬような花じみた存在感にすっかり魅了されていた俺は、いずれ対戦相手として当たるかもしれない相手だというのに、そんなことなどどうでもいいほどにぐっといかついこぶしを握り締め、声援を飛ばしそうになるのを太いのどにこらえて、がんばれ、こらえろ松平、と、ただただ念じた。きっと、届きはしなかっただろう。
スタミナの限界が、その繊細な回転軸には容易く影響するのだろう。そのくらいのことは、初見の俺にさえ簡単に予測がつく。彼のサービスゲーム。彼はそれでも、一度は回転を入れた。軸のわずかなブレで、“フラワー”には「フォルト」のコールが無情にも返る。動揺が、その眉間に見て取れる。松平はもう一度、しゃがみ込み、飛ぶ。けれど、彼も客席も誰しもが、ダブルフォルトのコールを聞くことはなかった。松平が回転を、その後一切、しなかったためだ。軸のブレが、決して偶然ではないことを誰よりも理解しているのだろう。だが、俺は少し、がっかりした。
――何故だ? ブレなくなるまで、挑戦してほしかったわけじゃない。それは、練習の場ならともかく、試合でやることでは決してない、冷静を欠く行為だと俺は思う。その意味で、松平のクレバーな判断自体は、悪くはなかったのだ。だが、そうだ、俺はきっと、もっと、あの
大輪華を見ていたかったのだろう。花火大会でも、ないというのに。
結局、松平は、負けた。チームとしては勝ち上がり、俺の学校とも当たったが、シングルプレイヤーの彼と、ダブルスプレイヤーの俺とは、当たることは当然なかった。それが、交わることのない平行線のようで胸をぎゅっと締め付ける。
試合終了時の挨拶のあと、俺は、松平に声を掛けた。急く鼓動が、試合の余韻だけでないことは何となく分かってた。
「
…っ、
……なあ、松平。俺は、都忍だ。お前、俺と、ダブルス組まないか?」
ぱちくり、と、またたく目にきらぼしの夜空を思う。
「
…あら
…お誘いは、ありがたいけれど、ワタクシ、シングルにしか興味がございませんの、ごめんあそばせ。それに、ワタクシに、転校しろとでも?」
スズランのような声が、ころりと転がるかろやかな鈴のような可憐さと無情な毒とを併せ持っているように思え、いっそう惚れ込んだ。
「いや、そうじゃない。
…今すぐに、という、わけじゃない。U‐17選抜合宿は、知ってるよな?」
ぱち、ぱちと、金色のまつげが金平糖のようにあまく煌めいている。
「ええ、もちろん。ワタクシ、そこを目指してますもの」
その言葉に、俺の顔が分かりづらく輝く。鼓動が、全身に熱を送り込むふいごになったようだった。歓喜に、こぶしが震えそうだった。
「俺っ
…、も、
…なんだ
…っ! 二年後、俺もお前も、そこに立った時
…その時まで、返事は保留してくれて構わない。お前のプレーに惹かれてダブルスを組みたがったヤツが居たことを、どこか、頭の隅の隅にでも、覚えておいてくれればうれしい」
ああ、らしくもない饒舌を、らしくないのだと松平は知りもしまい。だが、彼はこう返した。
「
……ふふ。アナタ、思ったより、饒舌なのね。コートに立つ印象からは、もっと口数が少なく見えていたわ」
「
…普段は、少ないと、言われる」
「あら。
……なら、そのおしゃべりはぜんぶワタクシのため?」
にこり、うれしそうに上がる口角がチャーミングだと感じたとき、自分が、ただ選手としてだけ彼に惚れ込んだのではないことをうっすらと悟った。
「
…っ、
……ああ。ぜんぶ、おまえを口説き落とすためだ」
「ふふ、嬉しいこと言って下さるじゃない。
…都、忍くんね。きれいなお名前と瞳。覚えておくわ。二年後、ワタクシの隣に立っているでしょう相手のことを」
「
…っ!! それ、っは
……!」
「
…残念だけど、もう時間だわ。それじゃあ、“また”ね、都くん」
ひらり、振られた手の花弁が、それでも確かな結実を俺の胸に灯し、その熱は、着火された花火のように、俺の中で爆ぜたのだ。
二年後に向けた約束が、その更にもっと未来へとずうっとつむがれつづけることを、将来のパートナーたる俺たちのどちらもまだ、この時点で確信はしていなかった。だが、なんとなく、そんな気はしてた気もしなくもない。恋愛ってのは、そんなもんなんだろう。訳知り顔ぶって、大人ぶってそんなことを思うことになることを、未来の俺も、今の俺も、まだ知らない。松平は、知ってるだろうか? きっと、同じように澄ましてオトナぶって、同じようなことを言うんじゃないか。そんな想像が、俺の口端を、にまつかせた。俺はそれを必死で隠すために、思案ぶって、くちもとを手で隠した。
投稿ページ内での絵文字ぽちやコメントも、wavebox等外部ツールでのリアクションもどちらもメチャ嬉しいので大喜びいたします、お気軽に押してやってくださいませ~!
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.