みずあめ
2025-09-22 01:34:22
4238文字
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久々綾

現パロ

「あれ、久々知先輩だ。お久しぶりです」
……おかえり喜八郎。連絡したんだけど、やっぱり見てないか」
「スマホの充電なくなっちゃって。何かご用でしたか?」
一ヶ月ぶりに会うのにまるで昨日も会ってたみたいに普通の顔で、喜八郎は持って帰ってきたたくさんの荷物をドサッと床に置いた。喜八郎の纒う土と埃の匂いがもわっと部屋を侵食し、つい数秒前まで美味しそうに香っていた肉が焼ける匂いを消し去った。
相変わらずだなぁと呆れ二割、あとは変わらない喜八郎らしさが嬉しくて、結局俺の口角は緩んでしまう。おいでと手招きすれば喜八郎はぴょんと跳ねて荷物を飛び越え俺の元へ駆け寄ってきた。
「ただ会いに来ただけだよ。食べたいものがあったら教えてって送っておいたんだけど、返信がなかったから適当に作っちゃった。今回はどこに行ってたんだっけ?」
「茨城に。あ、これ美味しいやつだ」
「うん、前に作った時おいしいって言ってたから」
…………ただいま、久々知先輩」
「ふ、いま? おかえり。……先にお風呂入ってきたら?」
「あー」
自分の服に鼻をくっつけて匂いを嗅いだ後、喜八郎はすぐに身を翻し、着替えを持ってお風呂に向かった。俺はコンロの火を消してから喜八郎の荷物を玄関から部屋の中に運び、勝手に開けて洗濯が必要なものを探して中から取り出した。
考古学研究の仕事をしている喜八郎は日々を現地調査に行くか研究室で分析をするかに費やしていて、部屋で寝ることは月に数えるほどしかないらしかった。スマホも電源が切れてることが多いし、メールも電話もほとんど返ってこない。それでも俺は自分が空いている日に喜八郎の家に行き、家主のいない部屋を掃除したり留守の間の郵便物を回収したりしていた。今日みたいに事前に帰ってくる予定を教えてくれる時には朝から手間をかけて料理を作って喜八郎の帰りを待つこともある。
つまり、まあ、喜八郎のことが大好きなんだ。生まれる前からずっと。
俺には前世の記憶がある。戦乱の時代、忍者として過ごした時の記憶が。そして忍者になるために忍術学園で学んでいた時に、後輩である綾部喜八郎と恋仲だった時の記憶が、鮮明に。長くはない人生だったけれどその中のほんの数年間が思い出すたびに鮮やかになっていく。
今世でも出会えたことが運命じゃないならなんだって言うんだ。付き合うまでは多少強引なこともしたけれど、付き合えてからはただひたすらに喜八郎とともにいることを楽しんでいた。お互いの仕事の都合で会えるのがほんの少しの時間だけだって、生きている間に会えるならいくらでも我慢できる。
料理を仕上げてあとは盛り付けるだけにして、喜八郎が風呂から出てくるまでのんびり待った。シャワーの音に混じって鼻歌が聞こえてきて一人でふふっと笑ってしまう。俺が喜八郎に会えて嬉しいように、喜八郎も俺に会えて嬉しい? そうだといいな。性格も考え方も全然違う俺たちだけど、たぶんお互いを好きって気持ちは同じだから。
「お風呂出ました〜」
「おかえり、喜八郎。ちょっとこっちきて」
「はい?」
手を広げて見せれば喜八郎はとてとてと近づいてきて、首を傾げたまま俺の腕の中に収まった。石鹸の匂いの喜八郎をぎゅうっと抱きしめて、まだ濡れている髪にキスを落とす。ふふふと笑うと、喜八郎はもぞもぞと動いて俺のことを見上げた。目を合わせたら喜八郎が首を伸ばしたから、俺も頭を下げて、ちゅっと甘く唇を重ねる。濡れた唇は少し冷たくて、でもすぐに俺の熱とまざってとろけるように熱くなった。
……髪、乾かさないと風邪ひいちゃうね」
「めんどくさいです」
「やってあげる」
「へへ、やった」
喜八郎は話を聞く限り、仕事ではどんな細かい作業でも面倒臭がらずに自ら進んでやっているようだけれど、髪を乾かしたり、ごはんを温めたり、洗濯物を干したりという、生活に必要なことは全部めんどくさいって後回しだった。俺はそういう喜八郎の世話を焼くことを楽しんでいるから、このまま俺なしじゃ生きられないくらいになってくれないかなと、言ったら重いと言われそうなことを心の中でだけ思って喜八郎の髪をドライヤーで丁寧に乾かしてやる。ソファーに座る俺の足の間で床に座って、全部俺に委ねてぐだーっと体から力を抜いている喜八郎が、可愛くて仕方ない。
「喜八郎」
「はーい?」
「一緒に住まない?」
「はい? なに、先輩、ドライヤーの音で聞こえない」
振り返って眉間に皺を寄せる喜八郎にただ笑みを返して、もうちょっとだからとドライヤーを止めることなく髪に触れる。喜八郎は「なに?」ともう一度言ったけれど、俺が答えないと分かるとため息を吐いて前を向いてくれた。
普通だったら断られないと思うけど、喜八郎は俺には分からない理屈を持っているから、もしかしたら当然のように断られるかもしれない。だから真正面から誘うのは、ちょっと怖くて。でも今よりもっと喜八郎といたいという気持ちも本当だから、聞こえるか聞こえないか微妙な時に声をかけてみたりして。かっこわるいなぁと自分を笑い、すっかり乾いた喜八郎の髪を撫でてからドライヤーを消した。
「お疲れ様。熱くなかった?」
「さっきなんて言ってたんですか?」
「うん? お腹すいたーって」
……絶対嘘ですよね。そんな顔じゃなかった」
「そんな顔だったよ」
呆れた顔でため息を吐いて、喜八郎は床からソファーに上がり俺の隣に腰掛けた。ねえ、と足をつつかれてくすぐったさにちょっと笑う。
「久々知先輩、あなたは自分で思っているより嘘をつくのが下手ですよ」
「まさか。そんなこと言われたことないよ。喜八郎にもたくさん嘘ついてるし」
「自分で言わないでください。どんな嘘ですか?」
「実は一目惚れじゃなくて前世からずっと喜八郎のこと好きだったんだよ」
……くだらないこと言ってないで。さっきは本当はなんて言ったんですか」
「本当はごはんより先に喜八郎を食べたいなって」
「うそつき」
言葉と裏腹に喜八郎は俺にキスをして、至近距離でじっと俺のことを見つめた。喜八郎が俺の嘘を見抜けるとは思わないけれど、好きな子に見つめられるのはドキドキするからやめてほしい。視線を逸らして「本当にお腹すいたかも」と呟いた。
……ごはん食べましょうか」
「うん。冷めちゃったかな。あっためるからちょっと待ってて」
「はい。……久々知先輩」
「うん?」
逃げるようにキッチンに行き、喜八郎に背を向けたまま相槌を打つ。せっかく久しぶりに会えたのに俺のせいでちょっと雰囲気悪くなっちゃったなぁ。喜八郎の好きなアイスを買ってあるから、それで機嫌を直してくれないかな。今度はもっと上手に嘘をつくから。
「来月、この家の更新があって」
「ああ、うん、ハガキ入ってたよ」
「うん。それで、引っ越そうと思うんですよ」
「え……引っ越すの……? 引っ越しがめんどくさいからってずっとここに住み続けてたのに」
思わず振り返ってそう聞くと、喜八郎はソファーに座ったまま俺を見つめてこくんと頷いた。さっきまでの拗ねた雰囲気がなくなっていてホッとする。でも、急に引っ越すなんてどうしてだろう。大学生になって一人暮らしを始めた時からずっとここに住んでいるのに、今さら引っ越し?
「面倒は面倒なんですけど、でも、そろそろ良いかなって」
「? なにが?」
「久々知先輩と別れる予定もないですし」
「え? なに? なんの話?」
「だから、一緒に住みませんか?」
幻聴、夢、都合のいい妄想。今のは一体どれなんだろうと思ったけれど、お味噌汁のいい匂いがこれは現実だぞと訴えているようだった。ぱちぱちと瞬きをして、飛びかけていた意識を戻す。
……さっきの、聞こえてた?」
「え? なにが?」
……違うんだ……?」
「なんの話ですか? というか、僕の話聞いてます? 結構大切なこと話してますけど」
「あ、うん、一緒に住む」
……そんな簡単に」
「簡単じゃないよ。俺もちょうど、喜八郎と一緒に住みたいって思ってたんだ。やっぱり運命だ」
「は? ……先輩、時々ちょっと不思議ちゃんですよね」
「喜八郎に言われるなんて」
大袈裟に目を丸くして見せれば、喜八郎はぴょんとソファーを飛び越えてキッチンに来て、俺の背中を思いっきり叩いた。遠慮のない力加減でちゃんと痛かったけれど、でも、嬉しくて笑ってしまう。
「一緒に住もう。いつ誘おうかなって、本当にずっと考えてたんだ」
……それで、お願いがあるんですけど」
「うん、なぁに。なんでも聞くよ」
「引っ越しの準備、手伝って欲しくて」
「ふふ、なんだ、そんなこと? もちろん。部屋の片付けまでちゃんと付き合う」
「あと、新しい家、先輩の職場の近くで良いのでいい感じのところ探しておいてもらっていいですか? こだわりは特にないので、久々知先輩が気に入るところで大丈夫です」
「え、喜八郎はなんでもいいの?」
「はい。先輩もご存知の通り、僕は家にずっといるわけではないので。寝られるところがあればそれでいいです」
「そうは言っても少しはこだわりとかあるもんじゃない?」
「? だって、先輩がお家にいるんでしょう?」
「うん……? ……それは、あの、俺がいれば良いって、言ってる……?」
「そうですよ?」
きょとんとする喜八郎に心臓がバカみたいに鳴って、抱きしめたらこの音がバレてしまうなと思いながら、俺は我慢できずにぎゅうっと喜八郎のことを抱きしめた。先輩熱いと言って弱い力で胸を押し返す可愛い恋人に余計に体温が上がる。
よくこんな可愛い子と別れたな、と前世の自分には何度も呆れたけれど今日もまた呆れポイントが加算された。ありえない。なにがなんでも喜八郎と一緒にいるべきだ。今世だけじゃなく、来世でも絶対また喜八郎と付き合うと決めた。何度だって出会えると信じてる。
「ちなみに、喜八郎は寝室は別々がいい?」
「え? 一緒に住むのに?」
……絶対一緒に寝る。もう、一生、ずっと、同じ布団で寝よう」
「わっ」
これ以上ないってくらいにキツく抱きしめると、喜八郎は俺の背中をパシパシと叩いて「火、火付けっぱなしです、こら」とマトモな大人のようなことを言っていた。ずっと一緒にいよう。俺の全部をかけて喜八郎を幸せにするから、喜八郎も俺の隣にいて、ずっと俺のことを幸せにして。