草笛の下手な私
2025-09-21 21:04:44
2254文字
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ベイビー・アイ・ラブ・ユー

事後のふたり
スタゼノワンドロワンライ 第220回お題「熱帯夜」



「宝島」と呼ばれるその地にゼノの別荘はあった。ほんの二年前までロケット発射台とその設計のためのラボがあった地区、そこからほど近い高台に構えられた海を望む木造の平屋である。温暖湿潤気候の島に建てるならばと日本家屋の要素を取り入れたこの家には、高い天井までを覆う大きなガラス窓の嵌った縁側があった。窓を開け放てば波の音がうるさいくらいに響き、畳の上に寝転がれば満天の星空を見上げることもできる。恋人が月へと出発したその場所へ、その時期に訪れようという計画のもと建てられたここに、ゼノとスタンリーは滞在していた。


プロラクチン反応だ——。のしかかってくるスタンリーの背を抱いたゼノの脳裏にいつもの言葉が浮かんだ。骨と筋肉の窪みに溜まる汗が、その体の震えに従って滴り落ちる。すべらかな肌の上で指を滑らせて遊ぶ。ゼノのうなじへ高い鼻を潜らせたスタンリーは長い呼吸を繰り返している。可愛いスタンリー、もうおねむかな?そんなことを言ってしまうと目を覚ますから、ゼノの心中で思うに留めた。まだスタンリーを胎内に受け入れたままの状態で、ゼノの両脚は真上の男の腰の辺りで引っかかっているし、奥にたっぷり注がれたものがじわじわと漏れ出てきそうなのも感じている。それでも今このときをゼノは堪能していた。
今夜は暑い。湿った南風がぬるりと吹き、夜空の星々は霞んでいる。開け放った窓から注ぐ波の音だけが気休めの涼感だった。畳敷きの寝室の布団の上に組み敷かれたゼノは、背中にこもった自身の熱と上に乗った男の高い体温とに挟まれて汗だくだった。筋肉は発熱器官だ。スタンリーは平常時から体温が99℉近くもある。
…………ゼノ」
これはほぼ寝言だ。酸素が薄いだろうに未だにうなじのそばで深呼吸を繰り返すスタンリーの体はぐったりと脱力し、ゼノを押し潰していた。手を置いた背が大きく上下している。甘いため息のような深い呼気が首元で滞留し、熱を冷ませない。無防備なスタンリーを胸に抱いているこの時間をゼノは愛していた。
プロラクチン反応、つまり射精後に倦怠感や眠気をきたす現象がスタンリーは顕著だった。彼の性欲は旺盛で一度のセックスでたいてい二度は射精するが、一度目で抑えられている反応が二度目に大きく現れるたちである。数千年前にゼノが読んだものの研究によれば、スタンリーのような極限状態に身を置いた経験のある人間の性欲は安心できる相手と共にいると高まり持続しやすく、射精後のプロラクチン大量分泌——何せ射精量に比例する。スタンリーは量が多いのだ——の際の安堵感や幸福感も強まるのだという。学術論文の文面で読んだその情報を、自身の真上で体現している恋人がゼノは愛しかった。先ほどまであんなにドーパミン優位で激しく腰を打ちつけていた、発情した牡鹿のようだった男が、今はプロラクチンとオキシトシンに満たされて、遊び回り疲れ切った子供のようになっている。
「そんなに僕が好きかい」
スタンリーの呼吸に紛れ込む程度の吐息だけでそっと囁いてみる。のしかかる重みも熱も、すべてがゼノへ向けられていた。
さて、今夜はこのまま眠るわけにはいかないだろう。汗を拭いて空調を付けるべきだ。そう、この平屋にはクーラーが備え付けてある。それでもこうして窓を開け、波の音と鈴虫の声を聞きながら耽るセックスをゼノもスタンリーも好んでいた。じっとりと纏わりつく湿気、逃げようともがいても勢いのつかない布団敷きの寝床、井草の青い香りと、スタンリーの深い匂い。恋人の跳ねる鼓動や甘いため息、熱い体温が一層間近に迫るようで、好きだった。

今夜は暑い。深部体温を十分に下げてやらなくては良質な睡眠は取れない。体を離し、冷やした麦茶とバスタオルを持ってこなくては。隣に敷いたもう一組の布団へスタンリーを転がして、自分は簡単にシャワーを浴びてもいい。
「ベイビー、君が中にたくさん出したせいだよ」
アメリカの自宅にいるときには、スタンリーはゼノの後始末まで終えてからぱたんと眠りにつく。今夜はそれもままならないほど気持ちのいいセックスだったのだろう。ゼノもそれは同じだった。体の奥でオーガズムを感じるようスタンリーに作り変えられた体なので、彼のようにプロラクチン反応は出ず、ひたすらにオキシトシンとエンドルフィンがもたらす多幸感の中を揺蕩う余韻の長い絶頂がゼノのそれだ。今夜はスタンリーの長い二回目の間に三度も小さな死を味わっていた。顔中唾液と汗でべとべとにしながら的を外して口づけ合い、波音に紛れきらないほどの大きな嬌声で気持ちいいと鳴いた。
「んぁ……駄目だ……
さあ身を起こそう、脚を下ろして身を引いて、未だ収まったままのスタンリーを引き抜く。奥まで入り込んではいるけれど力をなくしかけているから大丈夫。そうしたらさすがに目を覚ましてしまうだろうから、とっても気持ちが良かったよって、愛してるよって伝えたい。そう思うのにゼノの体はぴくりとも動かなかった。耳元にかかる深い寝息を、のしかかるみっしりと重い体を、余韻を引き延ばす濡れた感触を、まだ間近で感じていたかった。
「スタン……
明日は新月だよ。今夜も月は見えない。首を反らすと、満天の星空が目に飛び込んでくる。汗ばんだ金の髪をそっと撫でながら眺める宇宙は美しかった。あのはるか彼方の空の上へ赴いた恋人はいまゼノの腕の中で少年のように眠りについている。今この瞬間がもたらされている奇跡に、ゼノは微笑んで目を閉じた。