human_hamster
2025-09-20 23:45:56
4359文字
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1680820

泡沫サタデーナイト

※❄️夢
※中将時代くらいのイメージ
※職場では地味めにしている事務員夢主

ナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエ
なんの気なしに、クザンはナマエにコーヒーを振る舞ったことがある。執務室で自分のために淹れたあと、残業中のナマエの姿が目に入ったのだ。ナマエとは業務上の会話ですら最低限しか交わしたこともなかったが、書類の山に囲まれて奮闘している小さな背中を見て、なんとなく構ってやりたくなった。

翌日、クザンが誰もいなくなった時間帯の執務室に顔を出すと、いつもがらんとしている自分のデスクの上に小さな透明の包みを見つける。「コーヒーおいしかったです」と書かれた小さなカードがリボンで括り付けられていた。クザンが包みを解くと、香ばしい香りがした。
誰もいない執務室でいつものようにコーヒーを淹れ、いつも使っている深い青のマグカップに注ぐ。ナマエの手作りと思しきナッツ入りのクッキーは、思わず唸ってしまうほどに、クザンのブレンドに合う甘さだった。クザンの味に合わせて作ってくれたのだろう。執務室のデスクに向かう小さな背中を思い出すと、ほのかに、胸に灯るものがある。
「あらら……?おれらしくないな」
クザンは一人呟くと、クッキーの包みをじっと見つめた。

***

次の日。中庭で一人、サンドイッチを食べているナマエの姿をたまたま見つけたクザンはベンチの横に座った。ナマエは食べるのを一旦止めて、「お疲れ様です」とクザンを見上げる。立っていてもかなりの身長差があったが、座っていてもそれはさほど変わらなかった。
「クッキー、置いてくれてたでしょ。美味かったよ、ありがとね」
「いえ、青雉さんのブレンドがすごくおいしかったので……久しぶりに作ってみちゃいました」
「へぇ。おれのブレンドの良さを分かってくれるなんて、嬉しいね。……こっちはどうよ」
くい、と酒を煽る真似をしながらクザンが聞く。
「少しだけなら……
はにかんでそう答えるナマエの、優しく細められた目元にクザンは見入った。
……ナマエちゃん。可愛いじゃない」
クザンも、ナマエのはにかみに釣られて口角をあげる。こんな可愛い子がうちの事務にいたなんてね。灯台下暗しとはまさにこの事だと思う。
しかし、クザンは違和感を覚えた。クザンの軽口に対して、ナマエの顔色が微妙に曇ったのだ。頭の中が急速回転する。
……まずったか?なんだこの反応?笑ってくれよ。嫌だった?おれが?軽いノリが?
ナマエはただ、クザンに揶揄われたと、そう思っただけなのだが、まさか目の前の大男がそんな風に脳内会議を開いているとは知りもせずに「昼休み、終わっちゃいますね。執務室戻ります」とベンチを立った。クザンは、あっけなくひとりベンチに取り残される。
スムーズに事が進めば、ナマエを飲みにでも誘おう。そう思っていたクザンは、しばらくベンチに佇んでいた。

***

行きつけの酒場に友人と訪れたナマエは、乾杯もそこそこに、友人にクザンの話を切り出した。いつも浮いた話の一つでも持ってきなさいよ、なんて言ってくる友人は、ナマエの話に聞き入ったあと、にぃーっと笑う。
「それで、その青雉って人のこと好きになっちゃったんだ」
「ちょっと、なんでそうなるの。上司だよ?ないって」
「でもちょっとキュンキュンきてるでしょ?顔見たらわかるよ」
ニヤニヤしっぱなしの友人に反論しようとナマエが口を開くと、友人の子電伝虫が鳴りだした。
「あ……ナマエ、ちょっとごめん。話してくるね」
席を立った友人は戻ってくるなり、両手を勢いよく合わせてナマエに頭を下げた。
ナマエ、お願い!!今度、埋め合わせするから今日はここでお開きにしてもいい?」
「え、どうしたの?お腹でも痛い?」
「違う違う、えっと……友情より恋を優先するとかじゃないんだけど……今、すきぴから飲みに誘われて……
「ええ!!大事じゃん!!私のこと気にしてる場合じゃないよ、早く行きな!!」
友人のの話は以前から聞いていた。忙しい彼だそうで、お誘いは唐突であると、友人がぼやいていたのだ。
ナマエ……。いいやつ〜!!ありがとう〜!!次は報告会ね。あんたの上司と、私のすきぴの!」
「やだ、私はもうこれ以上報告できることなんてないよ」
「何弱気なこと言ってるのよ!じゃあまたね、ナマエ。ほんとありがとうね!」
友人はナマエにハグをすると、軽い足取りで店を出て行った。うまく進展できるといいね、と背中を見送り、ナマエは一人でちびちびとカクテルを飲んだ。……友人の言う通りだ。ずっと前からクザンのことをかっこいいと思っていた。彼は、仕事はあまりしてくれないし、大きいし、怖いし、たまに赤犬さんと大喧嘩するし……。でも、本当は……
「ねぇ。ねぇってば」
「あ、はい」
「きみ、一人?」
物思いに耽っていて、話しかけられていることに気づかなかった。やっとナマエから反応をもらった若い男は、今し方まで友人の座っていた隣席に勝手に座った。ナマエはぶっきらぼうに返す。
「これ飲み終わったら帰るところです」
「ちょうどよかった。別の店で飲み直そうよ」
男は酒臭かった。一緒に飲もう、いいでしょ?しつこくそう言いながらナマエの肩に触れてくる。
「やだ、ちょっと……
ナマエが体を強張らせていると、伸びてきた大きな掌が男の手を掴んだ。男の手を通してさえ、凍るようなひんやりとした冷気を肩に感じ、ナマエは弾かれたように顔をあげる。よく見慣れたその顔は、いつも執務室で見るどこか眠たそうな表情とは全く違う、冷たい怒りを宿していた。
「お兄ちゃん。この子嫌がってるの、わからない?」
……チッ」
男は負け惜しみに舌打ちを残すと、手を振り払い席を立った。足を踏み出した瞬間に、勢いよく転倒する。床が凍結し、そこだけがきらきらと光っていた。這うようにして逃げていく男を、クザンはふ、と鼻で笑った。
「あらら、よく磨かれた床だ」
「青雉さん……
ナマエちゃん。災難だったな」
クザンは額にかかっているアイマスクを指で押し上げ、目を丸くしているナマエの肩を、ゴミでも払うようにさっと撫でた。
「隣、いい?」
バーテンダーに酒をオーダーし、クザンはナマエの横の席に腰かけた。
「眼鏡は仕事の時だけ?雰囲気変わるね。いいじゃないの」
「ありがとうございます……
ナマエはお礼を言うのが精一杯で、クザンの目も見れなかった。クザンの方はと言うと、オフの日にナマエに偶然出会うなんて口笛でも吹きたい気分である。執務室で見る彼女も可愛かったが、オフの日の装いの彼女はまた格別であった。さっきのナンパ男の気持ちもよくわかる、と勝手にクザンは胸の中で共感する。気安く触れていたのは、許し難いが。
「ここはおれの行きつけなんだけど……ナマエちゃんもよく来るの?」
「はい、たまに……。今日は本当は友人と来てたんです。青雉さんはお一人ですか?」
「クザン」
「え?」
「こんなところで青雉なんて呼ばれちゃ恥ずかしいな。名前で呼んでくれた方が、おれとしては嬉しい」
「クザン、さん……
「うん。それがいい」
クザンは流れでナマエの腰に思わず回しかけた手を、すんでのところで止める。待て。さっきの男に肩を触られただけで泣きそうな顔をしていたコだぞ。いつものノリで腰なんか抱くのは……ナシ、でしょ。
堪え性がある方では、決してない。いい女と見ると、軽々しく口説いてしまうのがクザンの常だ。しかしナマエに対しては、慎重になってしまう自分がいた。自問自答の末、行き場を失った手をぐっと握りしめる。
一方ナマエの方も、手の中に持った酒のグラスを意味もなく回しながら、目まぐるしく考えを巡らせていた。どうしよう、めちゃくちゃかっこいい。変な男から守ってもらっちゃった。こういうことがスマートにできるあたり、すごくモテるんだろうな。……好きになったりなんかしたら、報われなくて苦しい思いをしそう。深入り禁物よ、ナマエ……
少しの沈黙を、呑気にも聞こえるクザンの子電伝虫の呼び出し音が引き裂いた。
「あー、外してくるんだった……
「これ、緊急用のですよね……?」
「しゃあない、出てやるか、と……
『クザン!!わりゃあ、どこにおるんじゃ!!』
クザンとナマエは同時に子電伝虫から顔を遠ざけた。サカズキの怒声に、耳がきーんとハウリングを起こす。
「かわいこちゃんと飲んでるんだけど。邪魔しないでくれよ」
『おまえの書類だけ出とらんのじゃ!どこぞでシケこんどるんか知らんが、今すぐ戻ってこんかい!!』
(そんなヤバい書類あったっけ)
(それ、めっちゃヤバいやつですよ。今月頭からずっと催促きてました)
(マジ?言ってよ)
(ずっと言ってましたよ)
(あらら……おれが全面的に悪いのね)
『なにコソコソ話しとるんじゃ!!分かったらさっさと』
クザンは無情にも通信を切った。
「もう少し話したかったんだけどなぁ」
固辞するナマエを遮ってナマエの分も勘定を支払ったクザンは、席を立った。
ナマエも慌てて席を立つ。今日は子電伝虫に振り回される一日だ。でも、友人に報告できるだけのネタは出来たな。そんな風に考えながらナマエもクザンの後を追って店の外に出た。
「あの、ごちそうさまです。今日は色々とありがとうございました」
「いいのいいの。急に邪魔が入っちまって悪いね。また誘わせてよ」
「クザンさん……。遅くにお疲れ様です」
最初は躊躇いがちにクザンの名前を呼んでいたナマエだったが、今はそのよそよそしさは消えていた。また何気なくお誘いをスルーされてしまったが、名前で呼んでもらえるようにはなった。痛み分けと言っていいだろう。クザンはそう思いたかった。おやすみ、と告げて愛車の自転車で走り出す。
……クザンさーん!」
ナマエにそう呼びかけられ、クザンは振り返った。口の横に両手をあてたナマエが、心配そうに眉を下げている。
「飲酒運転ですよー!!」
クザンはずっこけそうになりながら、大きな笑い声をあげた。別れが惜しくなったナマエが自分を引き止めてくれたのかと、そんな都合のいいことを一瞬考えてしまった。
次に執務室で顔を合わせたら、すぐにデートに誘おう。鈍感な彼女に、また熱いコーヒーを淹れてやろう。サカズキの雷が落ちる場所に赴いていることも今は大した問題ではなかった。冷たい夜風がクザンとナマエの頬を冷やしていく。

おわり