カリムは一人、スカラビア寮のある時空の空を飛んでいた。口を真一文字に引き結んで、ひたと前を見据えて。上空には月が浮かび、カリムの横顔を照らしている。
やがてたどり着いたのは、時空の果て。干上がった川の、その端だった。寮を囲う時空には果てがある。繋がるはずの水源はなく、あの冬の日に明日へと続く川となったそこは窪んだ谷となって無言で横たわっている。
カリムは絨毯からひらりと飛び降り、砂の上に着地する。絨毯に向かって手を伸ばした。
「ありがとうな、絨毯。付き合ってくれて」
魔法の絨毯のフリンジがフリフリと揺れる。物言わぬ相手に気にするな、と言われているようで、カリムのガーネットレッドの瞳が細められ、口元には笑みが浮かぶ。
「お前は最高の友達だ。……でも」
ぽつりと落とされた言葉に、魔法の絨毯は首を傾げるように動く。
「親友は、ジャミルだけだって思ってたんだ」
どっかりと地面に腰を下ろしたカリムは月の浮かぶ空を見上げ、独りごちる。
「オレが誘拐されて帰ってきたとき、ジャミルが泣きながらほっとした顔で迎えてくれた。毒で倒れた時は真っ青になってた。熱を出した時は励ましてくれた」
嬉しかった。囁くように吐き出された想いは、砂漠の風に乗って消えてゆく。
「それが全部、仕事だったなんて、思ってもみなかった」
月は孤独に夜空に浮かぶ。その光に照らされて、ガーネットレッドの瞳がキラキラと輝く。
「……今はわかってる。ジャミルは従者で、オレは主人だって。でも」
ぐ、と唇を噛む。それからカリムは笑って、
「さみしいなあ……!」
ごう、と風が吹く。カリムの独白は風に乗って、誰にも届かず消えてゆくかのように思われた。が、
「馬鹿カリム。それをなんで、俺に言わない」
ふいに投げかけられた言葉にカリムが首を巡らすと、そこには箒を手に息を切らせたジャミルがいた。
「えっ、ジャミル!?」
「そう思われているのは心外だから言っとくけどな!」
ジャミルは怒っているような、悲しんでいるような、不思議な表情を浮かべ、
「俺はお前が誘拐から帰ってきた時は本当に安心したし、毒で倒れた時は死ぬんじゃないかって心臓が止まりそうになったし、熱が出た時だって心配だったよ。もちろん自分が怒られるんじゃないかって我が身可愛さの不安もあったけど、それだけじゃない」
カリムに向かって手を差し伸べる。それを握り返したカリムを引っ張り起こしながら、目を細める。
「お前に従者と親友の違いがわからなかったように、俺だって、わからない」
チャコールグレーの瞳はまっすぐにカリムを見つめ、
「わからないまま、ここまで来てしまった」
静かに呟いてから、握った手に力をこめる。
「俺にお前に対する友情はない。でも、情ならたしかにある。それを忘れるな、馬鹿」
カリムは目を丸くして、ジャミルに握られた手を見つめた。それから困ったように笑い、
「ジャミルの言うことは難しいぜ」
「わかれ」
「……ああ、わからないままにはしないぜ!」
ジャミルはふんと鼻を鳴らすと、魔法の絨毯に飛び乗る。
「さて、そろそろ帰らないとお前はこのままでは風邪をひく。そうなると俺の仕事が増えるし、心配だからさっさと帰るぞ」
だいたいどうして毛布を持っていかないんだ、などと小言が始まる。それを聞いているカリムの瞳がキラキラと輝く。
「……ジャミルって可愛いな!」
「はあ? もう熱出して頭が朦朧としているのか?」
カリムは魔法の絨毯にひらりと乗り、ジャミルの隣に腰を下ろす。
「へへっ。なあ、ジャミル」
万感の思いをこめて、カリムは笑う。
「オレ、お前のことが大好きだ!」
「はあ!?」
ジャミルの頬がほのかに赤く染まる。それを見て、カリムは幸福そうに笑った。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.