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spmm8ck9
2025-09-20 22:50:02
3601文字
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オロイフワンライ「お茶会」
ほよふぇのマスカレード🦇とイカレ帽子屋🩺
「あぁぁあ遅刻する! 遅刻してしまう!」
「あらどうして遅刻していると分かるのかしら。あなたの時計は止まっているようだけれど」
「そうさ3時47分12秒を指して止まってる! だからとにかく急がなきゃならないんだ、分かるかい⁉」
「時計を直したらいいのではないかしら? そうすれば、正確でない時間を気にしていたずらに走り回らず済むと思うの」
「直したとも! 見えるかい、このジャム! バター! クロテッドクリーム!」
「時計はスコーンではなくってよ」
「なんでそんな当たり前なことを言うんだ? 時計は時間を読むためのものだろう!」
「それが分かっているのにどうしてそんなものを塗りたくってしまうの?」
「これが僕の痩せさらばえた財布で買える最高に素敵なものだからさ! あぁ遅刻する! 借金を返さなきゃいけない時間が迫ってくる!」
「不思議だわ。わたくしとあなた、本当に同じ言葉をしゃべっているのかしら」
「不思議なもんか! 僕とあなたが全然違う言葉をしゃべってるなら、どうしてあなたが頓珍漢なことを言ってるんだと僕が分かる?」
訳の分からない会話をしながら、白いうさぎの耳を生やした金髪の男と、青いエプロンドレスを纏った銀髪の少女が木と木の間を左から右へと走っていく。
二人はずっと同じ場所を、左から右へ走り続ける。ぐるぐる回っている訳じゃない。赤いバラの木の影から白いバラの木の影へ消え、そしてまた同じ赤いバラの木の影から現れ同じ白いバラの木の影へと消えていく。ずっと訳の分からない会話を続けながら。
白い月の下、整えられた庭園の中で執り行われる奇妙な追いかけっこ。オロルンは椅子に掛け、それを見物しながら「ふむ」と腕を組んだ。どうやったら、彼らのおかしな問答に決着を付けられるだろう?
「きらきらひかるこうもりさん」
けれど深まる思考は、紅茶の香りに引き上げられる。これまたおかしな呼びかけと共に。
追いかけっこから視線を外し、長い長いテーブルの上座を見る。そこにはやはり奇妙な装いの男が、ティーポットを傾けているのだった。
ミルククラウンのような金属飾りで囲われたシルクハットの、鍔から垂れた値札を指先がピンと弾く。朝焼けみたいな色をした両目が、にんまりと笑ってオロルンを掬い上げた。
「あの二人の問答をどうにかしようってんなら、そりゃお勧めしない」
「どうしてだ?」
傾げた首が、詰まった襟元に擦れて息苦しい。夜会の為に仕立てられた衣装は、まったくオロルンの趣味じゃなかった。
眉を顰めて襟に指を突っ込む相手に構わず、帽子の男は歌うように答える。
「うさぎの兄さんは度重なる借金の所為で頭がおかしくなっちまってるし、お嬢さんの方は知りたがりが常軌を逸してる。まともに会話できる手合いじゃない、茶でもしばいてた方がましってもんだ」
そうら、と楽し気な声を上げ、帽子の男がティーカップを乗せたソーサーを指で弾く。まるで遊具のように、華美な持ち手をクルクル回しながらソーサーはテーブルを渡り、オロルンの前でぴたりと止まった。骨のように白い磁器の中で綺麗な
水色
すいしょく
がたぷんと揺れて、遅れて追いついた湯気が甘い香気を鼻腔に届ける。
「甘いもんは好きか? スコーンはないが、俺の作った火山ケーキならある」
「甘いものはいいかな。それより、君はここで何をしているんだ?」
ぐるり、辺りを見回しながら帽子の男に訊ね掛ける。
月下の庭園は、確かに招かれた城のものだ。遠目に見える窓明かりの中では、仮面をつけた紳士淑女が難解な芝居を繰り広げているのだろう。うさぎ男や少女や帽子の男がパーティの余興だというのなら、それを見ているのがオロルンだけなんてことはないはずだ。
じいっと、お茶会の上座に座る男を見つめる。
派手な装いだ。けれど決して下品ではなく、良い仕立てのものを身に纏っているのが分かる。重厚だが色味が鮮やかで、落ち着きはないが規則的。奇矯な紳士は行儀作法を放り出し、大皿に盛られた茶色の三角錐に直接フォークを突き刺した。
「見て分からないか? お茶会さ!」
「独りきりで、こんな夜中に?」
「時間なんてどうでもいいんだよ。俺は夜中にだってお茶会をするし、だから誰も来てくれやしない」
豪快にケーキを切り出した癖に、フォークに乗るのはちんまりとした欠片だけだ。それを含んだ顔には、この味にもうんざりだと言わんばかりの顰め面が浮かんでいる。
「明るいうちに開いたらいい」
「俺にはその『明るいうち』が分からなくなっちまったのさ、きらきらひかるこうもりさん」
投げ出された銀のフォークが、皿に当たってチィンと鳴る。月光を跳ね返して何処ぞへ転げていく銀器を見送ってから、オロルンは帽子の男に訊ねた。
「その、きらきらひかるこうもりさんって何だ?」
「女王様に呼び出されてな」
高い背凭れに身を預け、長い足がテーブルの上に投げ出された。荒っぽい仕草なのに、あまり音がしない。普段からそんな不調法をやりたがるタイプではないのだろうなと、オロルンは思った。
「急に詩を披露しろとか言うのさ。俺はしがない帽子屋だってのに、用意もなしに吟じられるもんか。だからこんな風に歌ってやった」
きらきらひかるこうもりさん、一体お前は何してる──聞き覚えのあるメロディと共に、傍で聞いても出来の悪い詩が歌われた。そして芝居がかった調子で、両腕が振り上げられる。
「そうしたら女王様は、盛大にお怒りになられてな。俺に罰をくださった。そんな訳で、哀れ帽子屋は時間のない時間に閉じ込められちまったのさ!」
「なるほど
……
?」
オロルンは再び首を傾げ、また襟に指を突っ込んで息苦しさから逃れた。テーブルの上の紅茶は、大分話したはずなのに未だ熱い湯気を立てている。
男はテーブルの上の膝に突っ伏しながら、ぼそぼそとさっきの詩を歌う。リズムに合わせて帽子が揺れ、そこから垂れる値札も揺れている。なるほど、あれは「帽子屋」の売り物なのだ。
オロルンは熱い紅茶の前で、うぅんと腕組み考える。だがその沈思黙考は、喧しい叫びによって中断させられた。
「閃いたぞ! 名前を変えよう!」
振り返ると、赤と白のバラの木の間にうさぎ男と少女が
蹲
うずくま
り話し込んでいた。いつの間にやら追いかけっこは終わっていたらしい。
うさぎ男が意気揚々と叫ぶ。
「例えばそうだ、借金の取立人と結婚すれば借金がチャラになる!」
「そうかしら。借金の取立人さんは、あなたと結婚してくれそうな方なの?」
「プロポーズしてみないと分からないさ! なあに僕の計算なら、十中八九受けてくれる! 賭けてもいい!」
「その計算で借金をたくさんこさえたのではないの? それならわたくし、引っぱたかれる方に賭けようかしら」
「借金がチャラになった上に賭け金まで手に入る! どうやら運が向いてきたみたいだな!」
わははと笑う声を背に、オロルンは席を立った。さくさくと芝生を踏んで、テーブルの上座へ歩み寄り
……
ゆらゆら揺れる値札付きの帽子を掴んで、天高く放り投げた。
「は⁉ な、なんだ? 何してるんだ⁉」
月光に光る柔らかな白い髪が、大慌てで振り仰がれた。きらきらひかる夜明けの色の両目を見下ろし、オロルンは声高く宣言する。
「帽子屋は廃業するといい」
「は???」
地面に下そうとガタガタ揺れていた足が、ビックリした拍子にぴたりと止まる。話を聞く気になってくれたのだと判断して、オロルンは言葉を続けた。
「君は帽子屋よりも向いてる職業があると思う。紅茶を淹れるのが巧いし、ケーキだって作れる。歌詞は微妙だが、歌だって上手だ」
ぽかんとした顔を見下ろしながら、己の目元に手を当てる。そこには真っ黒な、目元だけを隠すマスクが付けられていた。「これを付けている間だけは、きっと貴方は誰でもない」──仮面舞踏会の入り口で、建前と共に渡された蝙蝠のようなアイマスク。
それを、見開かれた朝焼け色の目の上に乗せてやった。
「きらきらひかる、こうもりさん」
帽子を失い蝙蝠になった男に、少しばかりたどたどしい調子で歌いかける。
「僕と一緒に、行かないか」
こくん、と。
まるで夢見心地の様子で、マスクを付けた顔が頷く。オロルンは嬉しくなって、その体をひょいと抱え上げた。
わあ、とひっくり返った悲鳴を残して走り出す。傍らを駆け抜けたテーブルの上で、紅茶が酷く冷めきっていた。赤と白のバラは窄まり、間で話し込む者はいない。月下の庭園にはオロルンと、悲鳴を上げるきらきらひかるこうもりさんしか存在しなかった。
これが「変人伯」の悪名高いオロルン・ビディー・ミクトラン伯爵の館に、ちょっとだけ変な白い髪の男が住まうようになった経緯である。
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