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2025-09-20 22:33:16
3328文字
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250920カピオロワンライ お題①『月、月夜』

2025.9.20開催ワンライのお題①『月、月夜』

「うーん、ここにもないみたい……やっぱりナタで準備するのは難しいのかな」

聖火競技場の市場で、カチーナは困り顔を浮かべていた。ナタの中でも一、二を争う品揃えを誇るこの市場でさえ見つからなかったのだ。他の店を回ったらあるかなぁ、でもここで見つからないんだもんなぁとうんうんと唸っている彼女の背を、黒い影が捕らえた。

「せっかく瑞希お姉さんに教えてもらえるんだから、ちゃんと材料を揃えたいんだけど……
「こんにちは、カチーナ。何か困りごとか?」
「ひゃあ!びっくりした!……オロルンお兄さん、こんにちは」

背後から現れたのは、蝙蝠耳を持つ青年だった。

「えっと……実は、瑞希お姉さんに稲妻のお菓子を教えてもらえることになったんだけど、ナタじゃ材料が見つからなくて……『米粉』ってどこに売ってるか、オロルンお兄さんは知ってたりする?」
「米粉か、どれくらい要るんだ?」
「ええと、沢山はいらないの。これくらいあればいいみたい」

カチーナがミトンをした両手を器の形にする。おおよそ、スープボウル一杯分といったところだ。オロルンは唇に指をあてて少しだけ考え、頷いた。

「そのくらいであれば、僕が用意しよう。米を臼で挽けばいいのか?」
「え、うん!そうやって作る粉だって聞いたよ」
「なら今から僕の家に来るといい。臼はあるから、問題ないはずだ」
「え!オロルンお兄さん、もしかして」
「ああ、ほんの少しだがお米を育ててみていたんだ。あまり量がないから、沢山必要というわけじゃなくて助かった」

困り顔でうすらと目に涙すら浮かんでいたカチーナの顔がぱぁと明るくなった。だが、少しだけと聞いてまたすぐにしゅんとなる。

「少しだけ、ってことは貴重なんだよね。本当にいいの?」
「ああ、貰ってくれ。……ところで、どんなお菓子を作るんだ?」

カチーナは瑞希から聞いていたおおよそのレシピをオロルンに伝えた。菓子の名前を聞いたオロルンの目が少しだけ大きく見開かれたが、またすぐにいつも通りの表情に戻る。

「カチーナ、一つお願いがある」
「米粉のお礼になんでもするよ!何をしたらいい?」
「そのお菓子の作り方、僕も一緒に習いに行っていいだろうか」
「もちろん!あ、瑞希お姉さんに聞いてみないとだけど……でも、きっと大丈夫!」
……よかった、じゃあ、米粉を二人分持っていこう」

カチーナを連れ、オロルンは自宅の畑、正確に言えば収穫物を一時保管している倉庫へと向かった。

「お米たちも本来の目的を果たせるから、きっと喜ぶはずだ」

ぼそりと一人呟いた言葉は、カチーナの耳には届いていなかった。





それはまだアビスとの決着がついていない頃。もっと言えば、秘源装置の発掘がまだ完了していなかった頃。草木も静まりかえる深夜のことだった。
元来夜を行動時間としているオロルンと、不眠を強いられている隊長――これは、後に知ったことだったが――は共に夜の番をすることが多かった。もちろん隊長の部下であるファデュイ数名も夜の見張りを行ってはいる。協力者であるが部外者でもあるオロルンはそうする必要などは無かったのだが、元々夜は自分の領分なのだと頑なに譲らなかったオロルンに折れる形で夜の番をし始めたのだ。一人ないし隊員と二人きりにさせるわけには行かないと、隊長が一緒に番をすることになるのは自明だった。

「隊長、今日も月がきれいだな」
……ああ、そうだな」

ナタの開けた夜空には、静かな光を湛えた月が、いつ見ても真ん丸と天高く昇っている。月明りに負けじと輝く星々も、降り注ぐのではというほどに空いっぱいを彩っていた。
長い夜に焚火を囲みつつ、辺りに気を配りながらもぽつぽつと他愛のない話をする。隊長もオロルンも自分の身の上などはあまり話題に出さなかった。今日調べた事柄がどうであったかとか、途中見つけた薬草は実は結構珍しい種類だったのだとか、夕餉にした魚は美味かった、とか。今日の話題は、月だった。

「ああも丸いと、殻を剥いた真っ黒たまごみたいだ」
……何だ、腹でも減っているのか?」
「いいや、ただそう思っただけだ。ほら、真っ黒たまごもこのくらいの大きさだろう?一口でぱくりだ」

オロルンは人差し指と親指で輪を作ると、空に浮かぶ月へと重ねる。目を細めて月光を浴びつつ、んあっと大きく口をあけた。常人より幾許か鋭い歯が覗き、唾液で濡れ光るそれが月光を受ける。
隊長はひとつ咳払いをすると、輪を作るオロルンの手を掴み、咎めた。

「何するんだ?別に良いだろう、本当に食べるわけじゃないんだ」
……そういう問題ではない」
「ん?」

何が問題だったのか全く分からないオロルンは、首をかしげながらぴこぴこと耳を揺らした。更に一つ咳ばらいを加え、隊長は無理やりに話題を変える。

……月を模した食べ物だったら、テイワット各地に様々なものが存在している」
「そうなのか?例えば?」
「璃月の月餅や、稲妻の月見団子などがそうだな。食べたことはあるか」
「いや、どれも食べたことがあるどころか、初めて聞いた名だ。どんな食べ物なんだ?」

ぱちぱちと枝を燃やす焚火を囲みながら、取り留めのない話をする。そんな他愛のない、だが確かな幸福に満ちているこの時間こそ、護るべきものなのだろうと、心の奥底でぼんやりと考えていた。


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「月見団子、本当に作れる日が来るとは思っていなかったな」

大戦が終わって復興も落ち着き、今までと変わらぬ日常が、否、今までよりもはるかに穏やかな日常がやってきた。
時間にゆとりのできたオロルンは、今まで育てたことのなかったものを育てようと、色々書籍を読み漁っては様々な植物の栽培に挑戦していた。米の栽培も、その一環であった。
いつの日だったか隊長と月を見上げたあの夜に話した月見団子をいつか食べてみたいとの思いで、とりあえず米だけでも育ててみるかと育成し、収穫し、はてそういえば作り方を知らないぞとなっていたところで、たまたま「月見団子」を作りたいと言っているカチーナと遭遇したのだ。幸運という他なかった。
カチーナと共に瑞希に団子の作り方を教えてもらったオロルンは、こしらえた団子を手に遺構を登っていく。時折吹きすさぶ冷たい風にあおられながらも、通い慣れたいつもの場所へとたどり着く。
いつもと違うのは、今が深夜だということくらいか。

……月を見れたらと思ってこの時間に来たけれど、どうもここはどの時間に来ても景色が一緒みたいだ」

月の輝きは陽の輝きを返したもので、ならばその源泉たる太陽すら覆い隠す灰色の雲海は、月明かりも同様に覆い隠す。色鮮やかなナタの景色とは裏腹の、眼前に広がる無味の景色は、何度見ても慣れない。
オロルンは懐から団子の包みを取り出してひとつ摘まむと、本来であれば月があるであろう場所に掲げた。

……君には、月が見えるだろうか」

夜神の国で月が見えるか。否ではある。否ではあるが、幾度も夜をともにして見たあの美しい月の光を、忘れずにはいられなかった。
オロルンは掲げた団子を口に放り込む。ミツムシの蜜をつかって優しい甘さに仕上げた団子をもきゅもきゅと咀嚼しながら、玉座の横に腰かけた。月があるであろうぼんやりと輝く雲の先を見つめながら数刻、静かな時間が流れた。

……『月』はここに置いていくよ、また来る」

隊長の眼前に供え物をするかのように幾らかの団子を包み置き、オロルンは日が昇り始める前に玉座を後にした。オロルンが離れて暫く経った後、供えられた包みが淡く光を纏った。





「美味しい~、あの子、料理の才能もあるんじゃない?」

供物を回収した夜神は、手間賃としてせしめた月見団子に舌鼓を打っていた。

……勝手に食べるな」
「持ってきてあげたんだから一つや二つや三つくらい」
「俺のために供えられた物だ」
「ちゃんと半分は残してあげてるんだからいいじゃない、ケチね」
……何とでも言え」

隊長は何一つない夜神の国の空を見つめ、眩い月明りにすぅと目を細めた。