織音
2025-09-20 11:33:53
3045文字
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一緒に、

『アスファルトに滲む命。循環液と砂の味が味覚モジュールを満たしたまま言葉を紡ぎ、最期の約束を果たす。』
いつも『運良く』生き残ってしまう、きっとこれからもそうだと思っていたふたりの話。流血描写と破損描写あり。

……どうして、こうも生き残ってしまうのかな」
 いつだったか、指揮官がレイヴン隊として共に戦場を舞った鴉の翼――ルシアとリーフが持っていたドッグタグを傷だらけの手で握りながら、そんなことを零したことがあった。
 とある任務、とある戦場。安置された彼女達の機体を弔った後だっただろうか。比較的最近のはずなのにずっと遠い昔のような気がして、あまりよく覚えていない。
「本当に……変に運が良い」
 自嘲的に指揮官は笑う。その翳った瞳は今にも崩れそうなほど脆いのに……どこか鋭く、危うさを秘めていた。
 それはまるでガラスの破片。透き通って、罅割れて脆く崩れたというのに鋭く、迂闊に触れていけないような危うさが光る。
「指揮官」
「分かってるよ。ルシアとリーフの分もちゃんと生きなきゃいけないね…………簡単に死んでやるつもりはないんだ」
 もしかしたらこのまま消えてしまうかもしれない。リンクをしていないにも関わらず意識海に浮かぶそんな不安を感じ取ったのか、顔に影を落としながら小さく笑い……そんなことを言う指揮官が意識海に浮かぶ。
 ……変に運が良い。いつも『運良く』生き残ってはまた次の戦場へ向かう繰り返し。また生きなくてはいけないと、そう嘆いていたはずでしょう。それなのに。
……どうしてこんな時に限って、僕達は運が悪いんでしょうね」
 ――ねえ、指揮官。
 微かな呼吸を繰り返す傍の人間へ、僕はそう問いかけた。
 アスファルトに横たわる傷だらけの指揮官の姿。傷口からは絶えず人体を循環している液体が流れ出し、彼を中心にして広がっていく海は失われていく命の色をしている。
 その隣で僕も、静かに横たわっていた。
 先の戦いで下半身は大破、左腕は指揮官を庇って失ってしまった。そこから流れ出る青色の循環液は僕の失われていく命の色。鮮血色と鮮やかな青色。まるで絵の具のようなそれらが混ざり合うことはなく、静かに広がる海に流れ出ていくだけ。
 意識海を埋め尽くす警告と吐き出されたエラー。記憶領域の損傷、循環液の多量流出、各モジュールの機能低下を丁寧に知らせる警告を全て、シャットダウンした。 
 誰かがここから助けだしてどんな処置をしてくれたとしてもきっと……もう助からないのだから。僕だけでなく、この人も。
 いつの間にか、指揮官は眠りの底に落ちてしまったようだ。浅く、必死に繰り返していた呼吸の音は消え失せ、そこには何も知らない幼子のような、無垢な顔で眠る人間が失われた命の海に横たわっているだけ。
……指揮官」
 そっと撫でた頬は冷たい。呼吸を失い、最早物言えぬ肉塊となってしまったその体から勿論返事などなくて、あの暗い夜に光を灯す月明かりのような柔い声を聞く機会は永遠に失われてしまったと、理解せざるを得なかった。
 目の前の光景を受容するにはまだ『失われた』という現実味が足りなかった。リーは漠然と眺めた物言えぬ肉塊の向こう、明らかに異質な存在を捉えては煩わしそうに眉を寄せた。
……まだいたんですね」
 指揮官の姿越しに見えた、異合生物。どうやら……死にかけの脆弱な獲物を嘲笑いに来たらしい。先程僕から左腕を奪った奴と同じ大きく鋭い爪を閃かせながらこちらに向かってくる。
 ほぼ無意識的に、手に取れそうな範囲の武具を一瞥した。壊れたストークス、遠くに飛ばされた僕の拳銃、指揮官の折れた制式刀。どれも使い物になりそうにないと諦めかけた刹那、指揮官が最期まで握り締めたままだった武器が、その手から滑り落ちて、命の海の中で硬質な音を立てる。
 ――それは指揮官が愛用していた拳銃だった。
 指揮官の無事を願い、何度も何度も改造と強化を繰り返した拳銃。その拳銃で異合生物を撃ち抜くことは造作もないが――拳銃に伸ばした指先はその表面を撫でるだけに留まった。
『ねぇ、リー。約束して』
 いつか交わした約束の言葉が意識海の静謐な波間で揺れる。それは指揮官が一人にならないための約束であり、本来僕が縋るものではないが……もう助からないのなら、僕がその約束に縋っても許されるのだろうか。
 形だけの問いが緩やかに巡る意識で、この命を刈り取ろうと大きな爪を振り上げる異合生物を目の前に捉えた。その爪に宿るのは、純粋無垢な殺意。赤潮によって産み落とされたその瞬間から体に組み込まれた破壊衝動を満たすためだけに振り上げられた爪は何よりも無垢で、何よりも狂気的だった。
「指揮官」
 必死に、唯一動く右腕で指揮官の体を抱き寄せる。傷だらけになった白い肌の感触から思い出されるのは、かつてそこに灯されていた温度。今はもうそこに温度はないが、人間らしい柔い感触だけがまだそこに在った。
 脆い人の体だ。きっとこの異合生物の一撃を喰らえば、簡単に両断されてしまうだろう。貴方のこの体を綺麗なまま留めておくことは出来ないけれど……せめて少しでも。
……本当にいつか、その時が来たら――君と一緒に、』
 その体を守るように、いつの日か交わした約束と一緒に強く抱きしめて、腕の中の最愛へ柔らかく微笑みかけた。
 ――きっと、今がその時でしょう?
「指揮官、僕と一緒に」
 穏やかに響いた言葉の続きは発せられることのないまま、アスファルトへ鮮やかな赤と青が飛び散った。

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 識別コード確認……認証成功。対象機体『超刻』。
 機体の活動維持プログラムの停止を確認。残存するデータの読み取りを開始。
 戦闘データ回収完了。機体制御プログラムの初期化を実行。
 意識海及び記憶領域接続開始……エラー。データ読み取りを一時中断。エラー原因調査中。
 一件のデータに破損を確認。意図的な破損の痕跡を確認。修復を開始。
 修復中、所要時間■■分の見込み。
 
 破損データの修復完了。一件の音声データ再生可能。

 ……

 …………

……どうして、こうも生き残ってしまうのかな」

「本当に……変に運が良い」

「分かってるよ。ルシアとリーフの分もちゃんと生きなきゃいけないね……簡単に死んでやるつもりはないんだ」

……あぁ、でも、」

「もし……君が死ぬ時、僕がまだ……

「ねぇ、リー。約束して」

「状況による、けれど……本当にいつか、その時が来たら――

「君と一緒に、死なせてくれないか」

「もう…………これ以上失うのは、耐えられないんだ」

 ――戦場から回収された超刻機体に保存されていた音声データ