ojinuko
2025-09-19 17:15:51
2964文字
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紅葉デート🍁

ジョシュクラが紅葉デートする秋の小話

ちるどさんのかわいい紅葉デート兄弟を見て突発的に書き上げました🫶

 天高く秋も深まる昼下り。
 柔らかな日差しと通り抜ける秋の香りのそよ風に、ベランダで洗濯を干し終えたクライヴは高い空に大きくひとつ背伸びをした。振り向けば窓越しになにやら分厚い本を開いてソファで転がるジョシュアが見える。コーヒーでも入れてやろうかと考えたが、せっかくの秋晴れにちょっとふたりで外を歩きたい気分になった。
「ちょっと散歩にでも行かないか、ジョシュア」
 洗濯籠を抱えたまま散歩に誘うと、二つ返事で起き上がったジョシュアは開いていた本のページへいそいそと栞を挟んだ。
 
 足を向けた近場の公園は芝生広場と散歩道コースに分かれていて、芝生広場ではレジャーシートを敷いた家族連れがめいめいにこの短い季節を楽しんでいる。それを横目に散歩道コースへ入ると、緑色だった木々はいつの間にやらもうすっかり秋色を身につけて、枯れ葉の絨毯が舗道に色を敷きつめていた。
 ぎゅっと高い密度を誇った夏の大気は、長い残暑を経てようやくさらりと軽やかな空気に入れ替わった。ずいぶん長いこと世話になった半袖を仕舞い、引っ張り出してきた長袖も気づけばもう薄手では肌寒いほどだ。
「ずいぶん涼しくなったなって思っていたけど、そうか。もう秋なんだよね」
 額に手をかざし、ジョシュアはしみじみと当たり前のことを確認するように天を仰いだ。クライヴも一緒に見上げると、抜けるような透明感の青に薄い雲が流れるようなすじを描き、そこへ伸びた落葉樹の枝葉が見事に赤や黄色の彩を乗せている。もう少しすればこの葉も全て落ちて黒い枝だけになってしまうのだろう。
「ああ、そうだな。空が澄んで気持ちいいな」
 ジョシュアが風の集めた落ち葉溜まりへ軽く跳ねるように着地すると、かさりと軽快な音を立てて色付いた枯れ葉が足元で舞い踊る。秋はつれないほど足早に先を急ぎ、それに追われるように木々もあっと言う間にその装いを変えてゆく。
「そんなにはしゃぐと転ぶぞ」
 子供のように落ち葉を踏んではぱりりと小気味よい感触を靴裏で楽しんでいるジョシュアに、チャコールグレーのブルゾンのポケットに手を入れたクライヴが頬を緩める。はしゃぐって子供じゃないんだから……と唇を尖らせ、舞い散る落ち葉よろしくひらりと後ろ髪をなびかせてジョシュアが振り返った。
「兄さん、ほら見て。どんぐりだ、昔よく拾ったね」
 秋風に少し乾いた白い手が、ポケットに仕舞われていたクライヴの手を引っ張り出す。袖口からひやりとした空気が手首を撫でた。きゅっと握られた手のひらから伝わる体温に、この手の温もりにほっとできる季節がやってきたと、自分の手よりも少々筋張ったそれを握り返した。
「ああ、懐かしいな。笠を被ったどんぐりがいいと言ってお前はずっと探していた」
 ふふ、と嬉しそうにクライヴの顔を覗き込んだ碧眼が柔らかに細められた。なんだ、と微笑み返すと、なんでもない、とスニーカーの足先が地面に積もった紅葉の絨毯を蹴った。
……兄さんの手、あったかい。ずっと変わらないね」
 つないだ手の甲を確かめるように白い指先が撫でる。まるで子供のころと変わらない仕草に、思わず口許が緩む。
「お前も同じだ、変わらないな」
 なにが、と笑う横顔にもう一度、同じだよ、と繰り返してつないだ手を握り直す。無理に歩幅を合わせなくても、今はほとんど身長の変わらないふたりだから何も考えすに並んで歩ける。くすくすとふたりの笑みが乾いた風に乗って落ち葉と共に空へ舞った。

「兄さん、ねえほら、いい匂いがする」
 ジョシュアに肩をつつかれ深く息を吸い込むと、風に乗ってかすかに焦がした醤油のような香ばしい香りが漂った。そういえばたしかこのもう少し先に、秋から冬の期間だけ営業をする小さなな団子屋があったはずだ。
「ああ、団子か。もうそんな時期なんだな」
「せっかくだし食べて行かない? 秋の風物詩ということで」
 行こうよ、と手を引かれるはいいが、さっき昼食を食べたばかりでまだそれほど腹が減っていない。ふたりともそれほど食が細いわけではないが、記憶の通りならたしかそこの団子はそれなりに大きさがあったはずだった。
「さっき昼を食べたばかりだろう、それほど腹は……
 言いかけたクライヴの言葉を遮り、ジョシュアは悪戯に顔の前で長い指を一本立ててみせた。
「ふたりで一本にすれば大丈夫じゃないかな」
 お願い、とわざと少し下から上目遣いをされたらもう適わない。仕方がないな、とため息をつくふりをしながらも満更ではない自分がいる。当たり前のように肩にかけたボディバッグから財布を取り出すクライヴを見て、ジョシュアは自分のバッグを探り同じように財布を出してみせた。
「僕はコーヒーをひとつ買うから、それをふたりで飲もう?」
 
 団子はひと串に五個刺さっていて、てっきりジョシュアが三個食べるものだと思っていた。残りがひとつになったところで突然始まったじゃんけんに面食らって反射的にクライヴはグーを出した。パーを出したジョシュアが勝ち誇ったように笑う。
「兄さん、いつも最初はグーなんだよね。じゃあ最後の一個は半分こにしよう」
「不意打ちはずるいぞ、ジョシュア……
 しかしそれではじゃんけんをした意味もなかろうとも思ったが、それよりも一個を半分とはどういうことなのかとクライヴは首を捻った。
「ほら、こっち来て兄さん」
 ひときわ大きな木の幹の後ろへ引っ張られたかと思うと、口で残りのひとつを串から抜いたジョシュアがそれを咥えたまま「ん、」と差し出した。このまま半分齧れということだろうが、こんな誰でも通るような公園の遊歩道でそれはさすがに気が引ける。
 「おい、ジョシュア……
 躊躇っていると、落ち葉を踏んで一歩間合いを詰めたジョシュアに太い幹へ背を追い詰められた。ほら、と有無を言わせぬ上目遣いに降参してそれに口を寄せると、弾力ある団子の感触と一緒に柔らかな唇が押し当てられた。齧った半分を舌で口内へ押し込まれ、ついでに甘口のたれがついた唇をぬるりと拭われる。
 仕方ない弟だと髪を撫でれば、いつの間についていたのか綺麗な朱い紅葉がその手にかさりと収まった。そんなものですら愛おしく、気づかれないようクライヴはこっそりとそれをポケットに仕舞い込んだ。
「ごちそうさま、美味しかったね」
 悪びれもせず、ぺろりと口端を舐めてジョシュアが笑う。綻んだ白い頬が紅葉を映してか、少し赤い。
 あまりに整いすぎているがゆえにともすれば少し冷たくも見えてしまう弟のこういうところを、他の誰にも見せたくない。クライヴの小さな独占欲だ。

 ふたり並んで大きな幹に背を預け、甘えるように肩口へ凭れかかるジョシュアの髪へ頬を寄せる。ふわりと耳許を掠める猫っ毛がくすぐったい。落ち葉に隠れていたどんくりを足先で転がしながら、ジョシュアが呟いた。
「ねえ兄さん、今夜は鍋にしようよ」
 ころころと転がった小さな実がクライヴの靴の先に当たって止まる。
 そうだな、と凭れた木から背を離し差し出した手を、顔を上げたジョシュアが迷わず取った。
 微笑みだけのやり取りをして、来た道をまた同じように歩き出す。

――きっともう冬もすぐそこだ。