夢篠
2025-09-21 20:00:00
4200文字
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発熱しんどかった

押都長烈の好い仲が熱出しちゃった

自分の身体の中に溜まっている熱が不自然に中心に集まっているような気がした。身体の内側で言葉には上手く出来ないけれど、熱の持ち方がおかしいのだ。肌に近い所は少し冷たい気がするのに、中心は嫌な風な熱の持ち方をしている。熱が溜まっているというか、同じ所に滞留しているというか。もしかしたら発熱するかも、ふとそんな気がした。

立っていても座っていても脚が酷く重くて、これはいよいよ嫌な予感がして、今日のやらなければならない事について思いを巡らせる。いくらか考えて算段を立てようと思ったけれど上手く頭が回らない。何とか優先順位を立ててから、今日中に終わらせなければならない物以外は後回しにして、今日はもう休もうと思って動き出した。明日は長烈様が里に帰ってくる日だから、ちゃんと準備をしてお迎えしないと。

掃除も洗濯も終わらせた頃、咳が出るようになり始めた。ごろごろとした湿った咳だ。私は熱が出る前に咳が出る事が多いから、これはいよいよ良くないと思い、まだ宵の口にも間があるけれど、湯を浴びて夜着に着替えて早々に眠る事にした。最近疲れが溜まっていたから、きっと無理が祟ってしまったのだろう。寝る時間も最近は遅い日が続いていたし、やっぱり、規則正しい生活は大事だなあ。眠る前、そんな事を考えていた。長烈様の事を思い出す。長烈様がいる時は良く、早寝早起き、健康的な食生活、規則正しい生活をするようになんて小言を言っていたっけ。

(これじゃあ、ひとのこと、言えないな……

お布団に潜っているから熱いのか、それとも私の身体の熱が上がっているからなのかは分からなかったけれど、布団の中がいつもより熱い気がする。なのにお布団の温もりと自分の熱の差のせいか、酷い寒さを感じて大袈裟なくらいに身体が震えている。我慢出来る内に寝てしまわないと。無理矢理目を瞑って呼吸をするに留める。最初の内は外の音が気になっていたけれど、やはり身体は疲れていたようで、私の意識はあっという間に深い所へ落ちていった。最後の最後に少しだけ冷えた物が額を触った気がしたけれど、私の意識を呼び戻すには足らなかった。でもほっとする感触だったから、きっと悪い物じゃない。長烈様の夢を見たいと思ったけど、仔細を思い描くより何も考えられなくなる方が先だった。

次に意識が浮上した時、私は何だか今まで自分が本当に眠っていたのかすら良く分からなかった。さっき目を閉じて、今、目を開けたような気分だったからだ。身体は目を閉じた時からひとつも動いていない気がしたし、それに「眠った」という気もあまりしなかった。でも、明らかに身体の熱は高くなっているし、喉もおかしいし、喉を正常にしようと思って咳き込んだらいつもする咳とは明らかに違う変な音がした。お水が飲みたいな、と思ったけれど、眠る前に用意するのを忘れていた。途中で目が覚めるなんて思わなかったから。喉乾いたな。身体が怠い。寂しい。でも、今は家に独りだから。ああ、明日になれば会えるのは分かっているのに。はやく、長烈様に、あいたいな。

…………っ、」

考えれば考えるだけ思考が悪い方に向かっていく。ただ水が無いだけなのにどうしてこんなに、私は泣きそうになっているんだろう。こんな事ならちゃんと水差しを用意しておくんだった。涙が思った以上に沢山溢れてしまう。声を出して泣いたってどうせ家には誰もいないから別に構わないのに、声を我慢してしまうのは昔、長烈様に泣いている事を隠した名残だったのかも知れない。長烈様は昔から、私が泣く事にとても敏感だった。一緒になる前、恋仲になるよりももっと前からどこで隠れて泣いていてもいつも見付かって、安心出来る腕に抱かれて背中を摩られた。でも今、長烈様はいない。私を慰めてくれる方は。

寂しい。身体が熱いのに寒い。汗をかいたせいか気持ち悪い。辛い。お水が飲みたい。でも、起き上がるのはつらい。長烈様は今、どこにいるのだろう。無事に帰ってきてくだされば良い。

何でもない事でこんなに涙が出てしまう事もあまり無い。涙が出たせいで枕がしっとりと濡れて気持ち悪い。ああ、もう何もかも嫌な感じになってしまう。早くまた、眠ってしまって忘れてしまおう。明日になったらきっとまた、気持ちは上向いている筈だから。ぎゅうと目を瞑ると、涙が溢れた。どうしてだろう、とても近くに長烈様の気配を感じてしまう。願望なのは分かっているのに。今にも、戸が引かれそうな。

「嗚呼、目が覚めたのか」

「っ!」

急に音も無く戸が開いて、そこには長烈様がいた。予想だにしていなかったから、つい目を瞬かせてしまう。咄嗟に身体を起こそうとして眩暈のせいで失敗して、中途半端な体勢になってしまう私に笑いながら長烈様が近付いてくる。なん、で。

「な、んで、あの、お帰りは、あ、あしたでは……

「なんだ?お前の顔を早く見たいと先んじて帰ってきた私を労ってはくれないのか?」

私に視線を合わせるように目の前でしゃがんだ長烈様はもう雑面を着けていない。涼やかな切れ長の目が私を見ている。もう湯を浴びられたのだろう。長烈様の髪は少し湿っていて、ほかほかとしたお風呂の匂いがした。長烈様の熱を感じてつい、手を伸ばしてその頬に触れてしまう。湯上がりのしっとりとした肌の感触と、お髭をまだ、整えていらっしゃらないのかいつもより少しざらざらとした手触りが逆に長烈様を私に感じさせる。

……あ、の、お、かえり、なさいませ。お帰りがはやく、て驚きましたけど、う、れしいです……

「はは、帰った。寝ていろよ。調子が悪いのだろう?さっき触れた時、酷く熱かったぞ」

「え、ぁ、は、はい……

何だか、出端を挫かれたような気分になりながらもゆっくりお布団に戻る。見上げた長烈様が満足げに喉を鳴らしながら頷くのを見ていた。骨張った手が私の髪を遊ぶようになぞってから、頬を引っ張るように摘む。不思議だ。さっきまでとても身体が怠かった筈なのに、長烈様の存在を感じるだけでこんなに「マシ」になるなんて。

「殊勝な心掛けだな。水が欲しいのだろう?ほら、飲むと良い」

頭を支えられて唇に当てられた器からゆっくりと口の中に水が入ってくる。とても冷たいのはきっと、井戸から汲んでくださったばかりなのだろう。小さく飲み下した時、あまりの冷たさに喉が締まるような気がして咳き込んでしまった。唇の端から溢れてしまった水を指で拭うより先に長烈様の顔が近付いて長い舌が伸びてくる。零れ落ちた水滴を舐るように舐め取られる。

「ごめ、なさ……っ」

「構わない。もう少し温くしておけば良かったな。まだ要るか?」

……では、あと、すこし、だけ」

それを言ったのは私の中に我儘な期待もあったからかも知れない。だって予想通り直ぐに、長烈様が器に口をつけたから。長烈様の口に含まれた水が、触れ合わされた唇を通して口内に落ちてくる。先ほどより少しだけ温くなっている水を飲み下すのは容易かった。もう飲み終わったけど、まだ長烈様が足りなくて、私の唇を喰んでいる長烈様のために口を少し開けたのに、それは目論見通りにならなかった。

す、と唇が離れて、私の喉からはとても寂しげな息が漏れていた。そのあからさまな音に長烈様が声を上げて笑う。「もう寝るべきだ」と大人びた声で長烈様が笑うと支えられている頭が微かに揺れる。その振動すら、今は気持ち良い。目許を緩める。心が手で握られているような気がする。眦から雫が一筋零れ落ちた。

「愛らしいな。私を想って泣いたのか?」

湯を浴びてなお、乾燥しているのか硬い指先が私のまだ濡れている目の端を擦っていく。加減無く擦られたせいでひりひりと痛むのすら、今はまた、涙を滲ませる。だってずっと。

「さび、しかった、のですもの。どうか、早く帰ってきて、くださらないかなって」

夜半の静けさに私たちの呼吸の音だけが聞こえていた。でも私が長烈様の温もりに堪え切れなくて幼子が母親を求めるようにしゃくり上げるから、長烈様はまるであやすように私の身体を抱えて少し強めに撫で摩る。「あア、可哀想になあ。これ程健気なお前を誰が泣かせたのだ?」なんて、少しわざとらしい大仰な言葉にも涙は止まってくれない。

「熱、のせいです、きっと。だって、夕過ぎからきゅうに、寂しくなって」

「ははッ、そこは嘘でも私の出立の日から寂しさに身を焦がしていたと言うべきだ」

「ん……?わ、かりました。おされつさま、の出発、のころからさびしくて、」

「嗚呼、良いな。素直な娘は好ましい」

髪をなぞる手が気持ち良い。発熱に伴う疲労感に上乗せされて規則的に撫でられるせいかじわじわとした眠気が襲ってくる。でも、この眠気はあまりに急過ぎて不思議だ。先程は感じなかったのに、目の前が急にぼやけ始めてくるせいで、意識を保たせるために何度か瞬きを繰り返す。ほろほろといまだに頬を伝う涙を拭うのも億劫で、それ以上に目の前の長烈様の顔と声に焦点を結ぶ事が難しくなる。急に受け取る感覚刺激の全てが遠くなる。どうして、だろう。

「この熱冷ましには眠気を催す副作用があるからなあ。暫く眠ると良い」

私の疑問に答えを与えてくださっているのだろうに、空気を揺らすような低い声がふわふわと遠くから聞こえるせいで、理解が殆ど能わない。熱を測るように額に当てられた手の熱は私の物より低くて気持ち良い。目が細まって喉が鳴るのが自分で良く分かる。一緒にいて、と声にしたつもりだったけれど、出てきた声は私にさえ音にしか聞こえなかった。でも、長烈様には聞こえたのだろうか。低い音がごろごろと降るように鳴って、長烈様の機嫌の良さを表しているように聞こえた。

……愛らしい娘だ。本当に」

うっとりとした重みのある声。蜜のようにとろみのあるような。隣に伏した長烈様からしっとりとしたお風呂上がりの香りがして、ほ、と息を吐いた。長烈様が表情を緩めるのが見える。目蓋が落ちるのが勿体無い。でも、我慢が出来ない。

最後の足掻きとばかりに長烈様の夜着の袖を握った。長烈様の口が動いている。何て、言っているのかな。

おきるまで、ここにいる

そう唇が動いたように、見えたけど。