syanpon
2025-09-18 23:40:42
3703文字
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現実逃避には全部おそかったみたい

なんちゃってマフィアパロみたいなやつ
オトスバ
ちょっと痛い表現ある

 五体満足だからまだマシだ。
 体のどこにも穴だって空いてない。
 まずこうして生きているのだって奇跡に近い。

 己の不幸を嘆くのはあまりにも自罰的になりすぎてどうにもよくない。
 スバルはこのクソみたいな泥沼の中から砂金のような幸運を見つけ出し、自分を慰めるのがいつしか得意になっていた。自ら死を選ぶことも現状打破をすることもできない。数少ない生存本能みたいなものだったのだと思う。

 友達だと思っていた人間の連帯保証人になっていてびっくりするくらいの負債をいつのまにか背負わされている、なんてことドラマの中くらいでしかないとおもっていたのだが。まさか自分に降りかかるなんて、0がたくさん並んだ借用書をみて頭が真っ白になり、さらにそいつが借りていたところがヤクザと繋がっていたというのもまずかった。
 今すぐ耳揃えて返しますか、臓器売りますか、身体売りますか? あるようでない二者択一を迫られスバルはヤクザの下っ端として働いている。
 一生ここで働いて死ぬかどっかの抗争の鉄砲玉にさせられて死ぬか。
 おそらく良い死に方はしないんじゃないかと思う。

「あ、カラス……

 バサリと黒い翼を広げて飛んでいく姿をぼうっと見つめる。黒い毛並みは一緒だというのに自由さは段違いだなぁだなんて自嘲する。瞬間横っ面を殴られて青年の軽い体はいとも簡単に吹っ飛んだ。

「ぁ…………ぅえ」

 頭が酷く揺らされて気持ちが悪い。口の中に血の味が広がるのを感じた瞬間に殴られた頬がジクジクと熱を持って痛みはじめる。なにが起きたのかわからないまま飛ばされた方向を見つめれば機嫌の悪そうな顔をした男が煙草をふかしながら近づいてきた。身なりの良さからして幹部の誰かだろうか、末端の人間であるスバルにはそのくらいしかわからないし理由のない暴力に晒された意味もわからなかった。
「お前いまカラスって言っただろ」
「え、あ」
「うちの組が何処から襲撃受けてると思ってるんだ、あ?」
「ぅ、ぐぇ」
「それともなんだ、お前。あの死の商人の遣いかなんかか? 髪も黒いし目つきも悪いし」

 男は苛立った声でスバルの頭に煙草の灰を落とす。くぐもった悲鳴が聞こえてほんの少しだけ溜飲が下がるがなにをしても抵抗しないサンドバッグが目の前にあるという加虐心が次は首をもたげていた。
 男は幹部ではあったが先代のコネで成り上がったも同然の肝の小さい人間であった。大きな功績を上げたこともなければ女もいないし心の底から自分を慕う部下もおそらくいない。
 大事な薬の取引があったのだがそれを最近シマを荒らしている『死の商人』なんて名前のついた組織に潰されてしまい、後がない状況に追い込まれている。

「これみよがしに黒い鳥の話なんかしやがって……。死の商人に先回りされて逃げ帰ってきたなんて思って俺を馬鹿にしてんのか?」
 
 今男の着ている服は黒いスーツであったし何処からどう見ても八つ当たりなのは明白だったのだが、それを指摘するものは誰もいない。みんな自分の身が一番可愛いのだ。

「す、すみません……

 そしてスバルもこういう時は地面に頭を擦り付けて謝るしかないと経験で知っていた。

……お前のせいか?」
「え?」
「だから今日の仕事が上手くいかなかったのはお前のせいかって聞いてんの」
「え、あ」
「お前のせいか? お前のせいだよな?」

 スバルはヤクザの一員であったが本当に末端の人間でありそんな取引があったことだって知らない。
 そしてこういう時になんと答えを返せばいいのかの最適解も知らなかった。表情から読み取ろうと上げようとした頭を首肯するかのように無理矢理押さえつけられる。
 
「そうだよなお前のせいって叔父貴にも報告しよう。余計なこと言えないようにその舌も焼いておくか」
「ひ、い」
 
 前髪を力任せに引っ張られて顔を上げさせられる。ブチブチなんて髪の毛が数本抜ける音が聞こえた。乱暴に口を開けさせられそこにタバコの火を押し付けられる。髪に落とされた時よりも鮮烈な熱と痛みがスバルを襲う。反射で涙が出るが悲鳴は口を固定されているせいで出せなかった。

「裏切り者への制裁だよ」

 まだ舌だから大丈夫。
 嵐みたいなものだから。
 本当に?

 本当にこのまま裏切り者として突き出されたらスバルはどうなってしまうのだろうか。
 散々な人生だ、大人になってから親にも会えていないしいいことなんてこれっぽっちもない。それでも死んでしまうのだけは何よりも怖かった。ぎゅうと目を瞑れば涙が頬を伝って乾いた音と共にばしゃりと生暖かいなにかが顔に張り付いた。

「ああよかった。ここであってましたか」

 ――実際に天使がいたのならばこんな姿をしているのかもしれない。

 真っ白な男だった。
 汚れ一つない白いスーツに真っ白なボルサリーノ。灰色の髪が風に揺れて柔らかくそよいでいる。
 帽子の下からのぞく青い瞳はしばらく見たことのない海をスバルに連想させた。美しくて綺麗でこの世の穢れなんかいっさい知らないといった様相。
 男の手に握られたまだ硝煙ののぼっているハンドガンがその分あまりにも異質だった。
 男はにこやかに両手を合わせると笑いかける。今の銃声で敵が来たとわかったのだろう、組の人間達がゾロゾロと男を取り囲んでもその笑みは変わらなかった。
 男を指差して誰かが言った。
 『死の商人』と。
 
「今日は記念すべき日ですからね。趣向を変えて見たんです。いいでしょう? 白紙に戻すって感じで」

「そういうわけなので良い来世を!」

 男が指をパチンと鳴らす。
 そこからの崩壊はあっという間だった。内乱が起きて殺し合いが始まりあっという間にスバルの周りには死体の山が積み重なった。あとから聞いた話だが構成員自体この男に半分近く乗っ取られていた状態だったらしい。
 ハリボテとはよくいったものだ。

 何かが焼ける音、血の匂い、悲鳴と怒号と、破壊音。突然始まった世界の終わりに呆然としていると目の前に白い男がやってきた。撃ち殺した男を足先で乱暴にどかしてスバルの目を見るようにしゃがみ込む。
 
「はあ、やっと見つけました」
……俺、何も知らないです、けど」
 
 もしかしてあの友達だった男こんな怖そうなとこからも金を借りてたのだろうか。そうだとしたら間違いなく裏切り者はスバルということになる。これはいよいよバラバラにされて太平洋に沈められちゃうのだろうか、そんな現実逃避をしていると血まみれになったスバルの顔を男はハンカチで拭うとおもむろに煙草に火をつけ、そしてそのままその煙をスバルに吹きかけた。
 
「!? うぇっへっえほっ」
 
 そのままぎゅうっと抱きしめられて犬みたいにすんすんと匂いを嗅がれる。白い上等なスーツにスバルについていた返り血が染み込んでまだらに染まっていった。
 
「あの、俺ばっちいっすよ」
「ばっちくないですよ」
「美的センスに違いがあるかもしれない……
「まだくさい」
「そ、りゃ、そうだろ、でしょ」
「?」
 
 心底意味がわからないという顔をするのはやめて欲しい。俺の方が意味がわからない。なんで初対面の男に抱きすくめれているのだろうか。しかも人を殺せるタイプのヤバいやつだ。
 でも声がいい顔がいい愛嬌がある。さっき俺の職場崩壊させたけど。
 抱きしめられていた体を離され立たされるとそのままくるくると回され検分される。髪の毛をかきあげられて耳を触られた時に声を上げなかっただけすごいとおもう。
 
「耳、は綺麗。腹も……うんまぁ及第点」
「え、なにこれ品定めされてる? んんぇ」
 
 顎をグッと掴まれて無造作に舌を指で引き出されて睨まれる。ぐりっと火傷になっているところを指で押さえられて痛みで肩が跳ねた。
 
「これ、なんですか」
「ひゃばこ」
 
 瞬間チィ! と舌打ちが聞こえた。瞬きするよりも早くスバルの唇が男の唇と重なる。キスされていると理解するより早くぬるりと男の舌がスバルの口の中に入り込み、火傷している部分を舌先で重点的に嬲られじゅうと吸われた。
 
「んー……
「んんぅ!?」
 
 え、なんで俺今キスされたの? 傷口をいじられたせいで舌が酷く痛んで犬みたいにベロを出したままにしていると「あんまり可愛いことしちゃダメですよ」と指先で戻される。
 
「ちょっと時間がかかってしまったのは悔やむところですがいつまでも後悔していたって無駄ですからね。目的は果たせましたし帰りましょうか」
 
 一人で合点したのか男はスバルに自分の着ていた上着を頭から被せるとそのままお姫様抱っこの要領でスバルを抱えて歩き出す。
 
「帰るってどこに」
「もちろん僕の家にですよ。ナツキさん」
「なんで俺の名前」
 見上げた青は綺麗に微笑む。
「ずうっと前から知ってましたよ」

 これが新進気鋭のマフィアのボスとなったオットースーウェンと俺との出会いだった。