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sentouryoku
2025-09-17 02:01:53
3349文字
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俗世
フォロワーさんからリクエスト、ボロアパートに住む貞カヲシンで誕生日小説となります。
「5号、4000円
…
」
高いな、というのが第一の感想だった。
シンジは大学の最寄り駅からほど近いケーキ屋の前に立ち尽くしていた。
駅前には活気ある商店街が広がり、その中でも一、二を争う人気店のケーキは、白く美しい丸い形に飴でコーティングされた表面が艶やかに輝き強い存在感を放っている。
その中で大きめの
……
そう、渚でも満足できる大きさとなると、どうしてもそれなりのサイズになってしまう。
3号では小さすぎる。あの大きな口と胃袋なら、数口で食べ終えてしまうだろう。
4号も心もとない。できるならめいっぱい楽しんでほしい。そうなると必然的に5号になる。
(食費からは出せない。いつも渚にたくさん食べてほしくてギリギリまで使っているから
……
4000円も消えたら厳しい。他のところから削るしかない
……
)
1週間後の9月13日は、渚の誕生日だった。
切り詰めた生活の中でも、やはり誕生日は祝いたい。そう思ってはいたが、現実はなかなか厳しい。
「よし!ケーキは諦めるか
……
」
誕生日にケーキを食べてほしいなんて願いは、シンジの勝手な思いだ。渚はきっと望んでいないだろう。
(渚は別にプレゼントを望むタイプじゃない。僕が渚の事を考えて準備したって事がアイツが嬉しがるポイントなんだ。それぐらい分かるさ。だから難しいんだ
…
。)
ケーキ屋をあとにしたシンジは、人混みをかき分けながら当てもなく歩いた。
おしゃれなカフェの中では、きれいな女性たちが楽しそうに語らっている。
古びたパチンコ屋には、草臥れたスーツ姿の男が吸い込まれるように入っていった。
駄菓子屋には子供たちが、ブティックには妙齢の女性たちが迷いなく入っていく。
迷っているのはきっと自分だけだ。
トウジやケンスケなら、こんなに悩まないだろう。
喜んでほしくて、嫌われたくなくて
――
それに加えて、自分も渚の笑顔を見て嬉しくなりたい。そんな勝手な気持ちが混ざっているからこそ迷うのだ。
フラフラと歩き回り、結局答えが出ないまま「そういえばシャンプーが切れていたな」と思い出して入ったドラッグストアで、シンジははっと気づいた。
見えてしまったのだ。
それはまぁ、金もかからず、すぐに用意出来て、けれどなんとも俗物で、それでいて今の生活では我慢していて、男ならどうしても出てしまうーーーー。
ーーーーーー
「
……
誕、生日、おめで、とう、渚」
「えっ! ありがとうシンジくん!」
当日、午前零時。いつものちゃぶ台を囲みながら、シンジは渚の顔を見ることもせず、下を向いて囁くようにその言葉を告げた。
心臓が痛くなるほどバクバク鳴っている。口を開けば今にも火が噴き出しそうだ。
「いやぁ、時間ぴったりにシンジくんからこの言葉が聞けるなんて、生きててよかったよ。ホントはさ、シンジくんのことだから恥ずかしがって言ってこないんじゃないかと思ってたんだけど、僕の杞憂だったね!」
(
……
この言葉だけでもいいんじゃないか? 何もしなくても渚は喜んでるじゃないか
……
! もうこれで『おやすみ』でもバレないだろ
……
!)
「僕たち今お金もないからさ、プレゼントなんて無理だと思ってたんだよ。だから言葉だけでも嬉しいよ。出来ればもうちょっと大きな声で言ってくれたらもっと嬉しかったけど、まーこのアパートちょっとした物音でも筒抜けだだから仕方ないね。この間も下の爺さんに歩く音が煩いって注意されてさ〜。僕がここ選んだから仕方ないんだけど。あ、話逸れちゃったけど、誕生日っていうのは気持ちの問題だし、シンジくんだってそう思
……
シンジくん? おーい? なんでこっち見ないの?」
渚が何か騒いでいるが、今のシンジの耳には届かない。
(これにしようと思ったのは僕。実行しようとしたのも、そのために準備したのも僕だ。ここで何もしなかったら、後悔する
……
かもしれない
……
!!)
「シンジくーーん???」
「うるさい!静かにしろ!」
「えっ!?なんで!?」
(あああ、やってしまった! つい癖で
……
!)
渚の、主人に見捨てられた飼い犬のような瞳に、申し訳なさが込み上げてくる。こういう表情をさせたかったわけじゃないのに。
(くっ、男は度胸、男は度胸、男は度胸
……
!!!)
「な、渚!プレゼントなんだけど!」
「!あるの!?」
「あ、あるというかその
……
あーー
……
」
「???」
「こ、これ」
ズボンのヒップポケットから、シンジは手のひらに収まる程度の小箱を取り出し、震える手でちゃぶ台の真ん中に置いた。
箱のパッケージには、大きく「0.01」の文字。
「
……
え? これ
……
」
「ほ、本当はケーキを買おうと思ったんだ。でも今、原材料の高騰で値上がりしてて、結構高くて
……
渚は別に絶対食べたい訳でもないだろうから、別のものって考えて、それで色々考えて、その
……
」
(う、ヤバい、息が
…
)
緊張のしすぎか、息を吸わずに話していたせいか、その両方か。渚は慌てて、過呼吸に陥りそうになるシンジの背中をさすった。
「シンジくん一旦落ち着いて。深呼吸、深呼吸
……
」
「ッ
……
ハァッ
……
フッ
……
!」
(クソッ、何やってるんだよ僕は
……
)
いつものようにサッと言って終わらせればよかったのに。
“こういうこと”を自分から言うことに慣れていないシンジに、できるはずもない。
それが分からないほどに、シンジはずっと緊張していた。
「
……
セコすぎって、思っただろ」
「え?」
ようやくシンジの息が落ち着いたとき、口から出てきたのは自虐だった。
「僕だってそう思ったよ。安直だし、下品だし、馬鹿みたいだよな」
(
……
違う。そんなことが言いたいわけじゃない。今の僕にできることで、喜んでほしかっただけだ。そのためなら、恥だって何だってかぶってやろうと思ったんだ)
「ストップシンジくん」
背中を撫でていた渚の掌が、シンジの口を塞ぐ。
これは渚がよくやるシンジの悪い癖ーーー自虐を止める行為だ。
それは数十秒程の短い時間しか行われないけれど、自分で止められないシンジにはありがたい事だった。
少しして、渚はシンジの口元を覆っていた掌を離し、ゆっくりと話し始める。
「
……
ねぇ、シンジくん。本当にいいの?」
「
……
うん」
「壁が薄いからって、気にしてたじゃん」
「
……
下のお爺さんは今日検査入院でいないんだ。斜め下のーーさんも、友達の家に泊まるって」
「え、なんで知ってんの」
「
……
お願いしたんだ。今日はどこかに泊まってきてほしいって
……
」
シンジの言葉に、渚は一瞬だけ目を見開いた。
それから、堪えきれないように小さく笑う。
「
……
シンジくんって、いざって時にすごい大胆だよね」
「っ、バカにするなよ」
「してないよ。すごく嬉しいんだ。だってさ
――
そこまでして、僕のこと考えてくれたんだろ?」
渚の指先が、シンジの手の甲に触れる。そこから指先へと這い上がる動きは、さっきとは打って変わって官能的で、その意味にシンジの奥が期待に震える。
「
……
ねぇ、何回までしていいの?」
「
……
ひと箱分」
「
……
えっ?」
「いいよ。誕生日だろ。その
……
好きにしていいから
……
」
渚が身を乗り出し、シンジの唇にそっと触れるように口付けた。
触れただけのキスなのに、シンジの心臓は爆発しそうなほど跳ね上がる。
「ホントにいいの? 多分
……
いや、絶対止まらないよ」
「いいって言ってるだろ
……
。逆に僕が嫌がっても止まるなよ」
「アハッ、流石シンジくん。惚れ直しちゃった」
不器用に視線をそらすシンジを、渚は抱き寄せた。
耳元で囁く声が徐々に熱を帯びていく。
「ありがとう、シンジくん。すごく嬉しい。」
「
……
どうも」
言葉と同時に、今度は深く重ねられる唇。
さっきまでの軽い口づけとは違い、渚の舌先がシンジの下唇を舐める。その合図に、シンジは待っていたかのように口を開いた。
背中をなぞる渚の手は優しいのに、熱を帯びていて逃げ場がない。
「
……
ふっ」
声にならない吐息が漏れる。
渚の腕に包まれながら、シンジは抗うことなく、ただ身を委ねていった。
終!
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