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mishiadd
2025-09-17 00:54:55
3321文字
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ロッシュ限界に至れぬのが月である
【SFパロ】外宇宙からの侵略生命体・宮本伊織が咄嗟のところで冷徹になり切れずヘマして取っ捕まって生体実験されてクソデカ培養槽に入れられてテーマパークの見世物になるところが見たいという特殊性癖の展覧会【その他】※某ピンクの(可愛い)悪魔パロ/タイトルでお察しください
培養液越しの視界は緑色に染まり、すべてはぼわぼわとぼやけて聞こえた。
ガラス越しにこちらを覗き込んでいる目が見える。手をついて必死に顔を近付けている子供の目が見える。その後ろでやや距離をとってこちらを見ている母親の目が見える。その隣で興味深げにこちらを注視している男の目が見える。その後ろにいるカップルの目が見える。目、目、目、目、目。
「お母さん、これは何」と子供が尋ねているのがくぐもって聞こえる。「あんまり近づかないのよ」と母親が言い、子供の体を引っ張るのがぼんやりと見える。
ぼわぼわとガラス越しに陽気な女性の声の場内アナウンスが響く。何千回、何万回と聞いた、まったく同じ音声だった。
「被検体405の水槽へようこそ! 被検体405は、はるか遠い外宇宙からやってきた侵略生命体です。その存在は太古の我が星でも知られており壁画にも残されていましたが、彼らの生態は長らく謎に包まれていました。その研究が一気に進んだのが、何を隠そうこの被検体405のおかげなのです!
被検体405は三十年前に我が星に飛来し、我が星への侵略活動を開始しようとしました。しかし、被検体405の行動パターンに弱点があることを突き止めた外宇宙侵略種対策チームが
ある秘策
を用いたところ、見事被検体405の捕獲に成功したのです!
以降、被検体405から採取された
多種多様な検体
は我が星の科学の発展に大いに役立ってきました。これもすべて、我々人類の科学と真理への飽くなき探究心が成した偉業なのです」
アナウンスを聞いているのかいないのか、甲高い子供の声が「宇宙人なの? でも人間にそっくりだよ、お母さん」と言うのがぼわぼわと反響して聞こえる。「そうねえ、気味が悪いわね」と母親が口許に手を当てるのが見える。
まるでその疑問を耳にしたかのように、アナウンスが告げた。
「被検体405は外宇宙侵略種対策チームに発見されるまで人間に擬態し、我々人類の社会に溶け込み隠れ潜んで侵略開始の機会を窺っていました。こうして培養槽の中に囚われている間も、見学に来ている皆さんの姿を視覚で認識し、擬態をしています。
度重なる実験の結果、被検体405に強力な電流を流すと一時的に擬態を解くことが解明されました。
――
それではご覧ください、被検体405の真の姿です!」
「それではご覧ください」のアナウンスの度に流される電流が培養液に迸り、全身を焼くのを知覚する。一日に何十、何百と繰り返される拷問に、表皮の神経は既に焼き切れていた。体内を巡る衝撃と焼けつくような痛みをぼんやりと認識しながら、望まれるままにその体の擬態が解け、培養液の中でどろりと本来の姿を晒すのをされるがままにしている。
己の体が培養液の中で膨れ上がるのを感じながら、培養槽の外が一瞬暗くなり、わざとらしい効果音と演出と共にスポットライトが当てられるのを感じる。ぼやけた視界の中の人々が一様に息を呑むのが見える。好奇と嫌悪の入り混じった顔だった。
再び会場が明るくなると同時に、培養液に流されていた電流が止まる。それと同時に体が再び擬態の姿をとるのを知覚する。生理現象のようなもので、自分の意思で止められるものでもなかった。
ざわつく来場客の声が培養液を通じて鼓膜に響く。電流が流される前よりもより一層じろじろと自分の姿を眺め回している数々の目が、まるっきり奇異なるものを見る目であることを理解する。
「被検体405は人間の世界に隠れ潜んでいる間、『ミヤモトイオリ』という名前を使って生活をしていました。恐ろしいことに周囲の人間の記憶を操作して、自分が家族の一員であるかのように洗脳し、偽装していたのです。
皆さんの家族は、本当に皆さんの家族でしょうか? 今日ここに一緒に見学に来ている人は、本当に皆さんが思っている人でしょうか? そんな恐ろしい想像が湧いてしまいますね。ですがご安心ください、被検体405の捕獲とその生体実験により、外宇宙侵略種対策チームは侵略生命体の生体反応を感知するセンサーを開発しました。これにより、現在この星には被検体405以外の同種の生命体が存在しないことがわかっています。もしかすると、被検体405は同族の中でも時期外れに我が星に飛来してきたうっかりさんなのかもしれませんね。唯一の生き残り、ということもあり得るかもしれません」
「へえ」と別の男が培養槽のガラスに顔を近付ける。そちらに目を向けると、脅えた顔をして一歩退くのが見えた。
「さて、皆さん。被検体405の行動パターンには弱点があることを外宇宙侵略種対策チームが突き止めた、というお話をしましたね。
被検体405は周囲の人間を洗脳し、自分がまるで元からそこに存在していた『ミヤモトイオリ』という
人間
であると誤認させました。その結果、被検体405はある匿名の女性の義理の兄として擬態することに成功し、何食わぬ顔をして生活を続けていたのです。
一方、被検体405が飛来した際に共に落ちてきたと考えられる隕石の成分調査をした外宇宙侵略種対策チームは、この星のどこかに被検体405が潜伏している可能性を感知しました。そして捜索の結果、ついに被検体405の潜伏先を突き止めたのです」
一日に何百、何千と聞かされる同じ内容のアナウンスをぼやけた聴覚に聞く。もはや何も感じなくなっていた。
「洗脳した匿名の女性と共にいたところを外宇宙侵略種対策チームの捕獲部隊が追い詰めると、なんと被検体405は自ら洗脳した女性を庇うような行動をとったのです!
このような行動原理は、一見すると情や優しさの表れのように見えますが実際には異なります。これは『資源死守行動』と呼ばれ、一部の攻撃的で危険な犬などにも見られる現象です。
この女性の存在が被検体405の判断力を著しく低下させることに気付いた捕獲部隊は、洗脳された女性の身柄を確保。身動きの取れなくなった被検体405の捕獲に成功しました。
このような捕獲部隊の機転や、侵略生命体にも臆さない勇気こそが、今日の我々の科学の基礎を築いたのだとも言えます。皆さん、捕獲部隊に大きな拍手を!」
ぱらぱらと鈍い拍手が響くのを培養液越しに聞く。電流による痛みがようやく引いてきているのをどこか遠くに感じていた。
「被検体405が捕獲されると同時に、女性は外宇宙侵略種対策チームの医療部隊による治療を受けることとなりました。診察の結果、被検体405の洗脳能力は非常に強力であることがわかりました。
女性は自分が洗脳状態にあることを受け入れられず、被検体405の身柄の解放を求めて外宇宙侵略種対策チーム及び政府を告訴しました。その告訴状は、三十年が経過した現在も取り下げられておりません。
――
我々は、この匿名女性の氏名を公開することはいたしません。彼女は侵略種・被検体405の直接的な被害者であり、現在もなお被検体405の恐ろしさを伝える生き証人なのです」
「さて」とからりと口調を変えたアナウンスが、再び明るい声を響かせる。
「いかがでしたか? 当テーマパークでは、被検体405以外にも様々な科学の発展にまつわる知識をさまざまなアトラクションや展示物で楽しく紹介しています! 被検体405の解析から発展しつつある恒星間航行技術は近い未来には実用化が期待され、私たち人類がこの星を飛び出すのも決して夢物語ではなくなりました。
我々がこの星からいなくなった後も、被検体405はこの星の行く末をこの培養槽の中から見守り続けてくれる筈です。
――
では皆さん、被検体405に手を振ってあげてください! 被検体405、さようなら!」
言われるがままに培養槽に向かって手を振った人々が、次のエリアへと向かうのを見る。やがて、「被検体405の水槽へようこそ!」のアナウンスと共に、次の来場客の群れがやってくるのを見る。
――
何万回、何億回と繰り返されるアナウンスが、やがては無人の会場の中に響き渡るのだろう未来を、培養槽の中に幻視した。
ロッシュ限界に至れぬのが月である・了
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