スズ
2025-09-16 23:03:52
8716文字
Public あつおさ
 

【証言者】銀島結

治が一年生セッ夕ーと部活外でも仲が良いと知って、無自覚だった侑が自分の気持ちの輪郭を掴みだす、のを観測するギンの話。あつおさ成立前。
⚠侑に彼女がいますが別れます。




 二年生の終わりに彼女ができたことを、最初に報告した相手が自分だと。
 そう侑本人から言われたとき、銀島は率直に「ああ、そこが主題じゃないな」と思った。

 なぜなら侑がいきなり彼女を作ろうと思い至った理由が、単純に彼女という存在が欲しかっただとか、彼女に一目惚れしただとか以外のものがあるだろうことは、銀島から見れば一目瞭然だったからだ。でもなければ侑がまず自分の身の上にあったことを真っ先に報告する先は、銀島ではなく治と決まっている。
 さらに言えば、侑は治よりも先に銀島に彼女ができたと報告した割に、その事実だけを伝えてくるだけでそれ以上の話を続けようとしなかったことも不自然な部分だった。一年生の頃に彼女ができたときのことを思い出すと、侑はとにかく彼女ができたことを言って回りたかったし、付き合うことになった女子がどんな子で、どれだけ可愛くて、なにがよくて、と見せびらかしたくて仕方ないと言わんばかりに話題にしていた。だが、今回は一言もそういった話をしてこない。
「今回オッケーしたんは、なんか理由あんの?」
 最近はそういった告白の類は軒並み断っていたのに。
 数日前に彼女ができたと唐突に休み時間に言われて、そのときは「おう、おめでとさん!」しか言わなかった銀島だったが、その後いくら待っても侑がそれ以上のことを言ってこなかったため、教室移動で階段を降りる途中で尋ねてみる。
 隣を歩く侑はといえば「別に、なんも」とさらりと返してきた。だが〝なんも〟などと返してきた時点で〝なんもではない〟。
「可愛いと思ってたとか。そういうのもなかったん」
「かわいい子やなーとかは思っとったで。チアで応援席にいて目立ってたし、目ぇくりくりっとして。パッと見、清楚系で。よく見るとちょいケバいけど」
「前からいいな思ってたとかとちゃうんや」
「まー、タイミングやろな。そういう気になったときに、そういう感じになったってだけで」
 くぁ〜とあくび一つして答えるあまりにフラットな、いつもの侑。
 それが逆にまったくフラットではないと銀島の目には映るのだが、他の人間からどう見えるかはわからない。
「さすがにもう治には言ったんよな?」
 いつも四人で食べていた昼休みだが、ここ数日は侑がいない日が続いている。
 下校するのも、これまでは帰る場所が同じ双子の兄弟は当たり前に連れ立って帰っていたが、ただでさえ部活の体制が変わっていく時期で主将を任された侑、それに残された最高学年でレギュラーでもある治と銀島と角名、それぞれでやることが増えていて揃って居残り練習ができる日ばかりではなくなっている。そのため、以前よりばらばらに帰ることが多くなっていたが、加えて侑には彼女と帰る日が生まれた。
 それで治に伝えていないわけがないと銀島は思っていたが、予想外に侑は首を左右に振った。
「面と向かっては言うてへん」
「は? なんで」
「なんでって。お察しってやつやんか。……サムもなんも聞いてこぉへんし。それに」
「それに?」
「俺はなんでもかんでもサムに言うてたけど、サムは違った。そしたら俺ばっか言うのも、なんやおかしくなるやんか。せやから、練習」
 俺もアイツもここまでずっと一緒だったもんやから、ふたりでおるのに慣れすぎてたし、当たり前に思いすぎてたのかもしれへんなって。
 そう言って階段を降りる侑の横顔は、思うよりずっと感情の乗りが薄く、一体どういうつもりで言っているのか銀島でさえ計りかねる程だった。
 春高が終わって少し経った頃に勃発したあの双子の喧嘩(治が高校でバレーをやめると侑に伝えたことで発生した大喧嘩だ)について、銀島は普段のそれとは異なるものであり、どんな道を歩いても──たとえそれが別々の道であったとしても、互いが死ぬまで変わらず侑と治だということの確認行事だと思っていたし、いまも思っている。ただ、それでもふたりの距離感がこれまでとまったく同じとはいかなくなったことも事実で、それについては仕方ないことで、避けられないことだとも銀島はひっそりと思っていた。
 ふたりにとって、これまで十七年間生きてきて経験のない波風がその身に降りかかっている。
 治がやはり一足先にそれを覚悟していて意を決して自身の進路を伝えた分、侑にとっては寝耳に水になってしまった。そのことで、ふたりが波風を乗り越えるための試行錯誤がどうもすんなりとはいっていない。その様子には、ふたりの近くにいる銀島もなかなか難儀なものを感じている。
 誰しもいつまでも同じままではいられない。
 変わっていくものは止められない。
 道は後戻りできず、留まることは本人たちが拒絶する以上、残される選択肢は進むことのみ。
 そんなことはふたりとも十分承知していて。けれど気持ちがまるで追いついていない。

(そんでも。こんな方法で、離れる練習なんかせんでもええのに)

 侑が彼女と付き合うことにしたのは、治と違うことをするため。
 治以外の人間との世界を作るため。
 そう言っているようにしか聞こえなかった銀島は、目的はともかく手法は他にもあったのではと思わないこともない。
 が、いまの侑にはおそらくうまく響かないだろうこともまた、わかっていた。
 伊達に高校生活のほとんどを共に過ごしてきていない。侑も治もとにかく頑固で、納得できないことには適当に首を縦には振らないし、しっかり自分の中に落としこむことができないと譲ることも曲げることもしない。おそらくこれはタイミングや時間が必要なのだと。

 そうこうしていると春がやってきて、銀島たちは最高学年になった。

 新入生が稲荷崎高校に入学し、バレー部にも監督が呼んできた期待の新人やら、県内屈指の強豪で全国区であるバレー部に期待を胸に入部する人間やら、例年通り大人数が入部して、そして例年通り二ヶ月も経たず半分近くが辞めた。推薦の人間は多めにしぶとく残っていくが、それでも辞めていく者もいる。
 その中で、推薦ではなく自力で入学してきたという一年生の中に、目を引くほど正確なセッティングをする後輩がいた。セッターを希望しており、今年はまず侑以外に正セッターは誰も考えていないが、逆を言えば侑がいなくなったあとの稲荷崎のセッターはおそらくこいつだろうと梅雨に入る頃には部員の殆どが思ったことで、それは治とて例外ではなかった。
「こいつ、やるなぁ……!」
 自分の手元に吸い付くようにセットされたボールを板床に叩きつけて着地したとき。溢れるように治が言ったその言葉についてきた表情は、いつもの落ち着いたものとは異なって、それはまるで侑と燥いでいるときのようだった。
 そしてその治の言葉と、新しいものを見つけた子供みたいな表情は、一年生セッターのモチベーションにも大いに刺さった。当然だ。高校バレー界の最強ツインズ。そう言われて久しい双子のセッターとスパイカー。特に侑は全日本ユースから声がかかって、候補ではなく正式に選手として招集も受けている。高校No.1セッターと呼ばれる侑のセッティングを、いちばん打ってきたスパイカーである治から、あれだけ期待される眼差しを受けて、昂らないセッターはいない。
 それからというもの、一年生セッターが時間を見つけては治に練習に付き合ってほしいと嘆願する姿を見かけるようになった。意外だったのは、治が思うよりその一年生セッターの面倒を見てやるようになったことだ。
 普段から治は、特に人当たりが悪いわけでも、無愛想なわけでも面倒見が悪いというわけでもない。侑に比べればむしろ見ず知らずの相手ともそれなりに上手くやる。けれどそれはあくまでも侑と比べた時の話で、そこまで全方位に愛想がいいとか、誰にでもいい顔ができるということもない。大多数の人間には当たり障りなく。もちろん、親しくなればそれなりに自分から絡んでくるし、年相応のやんちゃな部分も表には出すが、大抵がそういう場面には侑がいる。侑がトリガーとなって、治のオブラートが一枚剥がれる。
 そんなイメージを漠然と持っていた銀島からすれば、治にしては二学年も離れた後輩の面倒を珍しくよく見ているなと思ったし、面倒をみてもらっている一年生セッターもまた、治になかなか懐いているなと思っていたのだ。
「結構したたかだよね、あの一年。治に居残り練でセット練習したいって言うとき、絶対に侑がいないとき狙ってる」
「あー。やっぱそうやんな」
 部室で帰り支度をしていると角名がぼそりと言うので、銀島はやはり自分の気のせいではなかったのだと知る。
 衣替えは目前で、それでも湿度が高くなってきているから多くの生徒がすでにブレザーは着ていなかった。ふたりもブレザーとネクタイはエナメルバッグに突っ込んである。銀島は練習着から長袖のワイシャツとズボンに着替え腕を捲りながら、角名もまた同じことに気づいていたのだと知って小さく頷いた。
「今日も一年から治を誘ってたもんな、居残り練」
「侑、今日は監督とコーチと遠征のこと話すから自主練に残れないってわかってたし」
「それにあいつら、ふたりで帰ってったよな」
「一年が先に上がるっていうから、治がそれなら一緒に駅まで行くって言ってたし。そうなんじゃん?」
「仲ええな、最近」
「一年の方もけっこうグイグイいってるなと思うけど、治も珍しいね。後輩に自分からあれだけ構ってあげてるの」
「治、アイツのセットたのしそうに打っとるし」
「まあ、ほら。セットの献身度合いが先輩後輩だとやっぱちょっとだけ種類違うよね。先輩のスパイカーを、どれだけ気持ちよく跳ばせるか、みたいなのは後輩セッターだと持ち上げがうまかったりするよ。相性は悪くないんじゃない」
 もちろん互いに一切の遠慮も妥協もし合わない侑と治の、あの恐ろしいほどピタリと合いすぎる呼吸だとか。それが流れに嵌ったときの脅威的な攻撃力だとか。そういったものとは比べようがないけれど。
 角名の支度を、室内の真ん中に置かれたベンチに座って待ちながら銀島が言葉にして続けようとしたところで、不意に部室のドアが開いた。ふたりは揃って入り口を見る。
「なんや、サムおらんのか」
「おお。噂をすればなんとやら」
「えええ〜〜? イケメンでバレーもめっちゃうまいあつむくんのこと噂しとったん〜〜?」
「ははは」
「おい角名、から笑いやめろや。せめてツッコミを入れんかい、ツッコミを」
 入ってきたのは、侑だった。制服のワイシャツ袖を捲り上げて、肩にエナメルカバンをひっかけている。練習後、監督らと話をするから着替えて行ったので、てっきり部室に寄らず帰るのだとばかり思っていたし、それは銀島だけでなく角名も同じ認識だったようで「忘れ物?」と言いながらカバンのチャックを閉めた。
「いや。サムも残ってんなら一緒に帰ろ思って」
「侑、今日は彼女と帰るとちゃうんか」
「別になった。せやからサムのやつに連絡してんねんけど、既読にならんし」
「治なら俺らよりちょっと先に帰ったよ。一年生と」
「一年?」
「ほら、セッターの」
 角名があの一年セッターだと教えると、侑の飄々としていた顔付きが心なしか引き締まった。へらりとした空気を引っ込めて、どこか眉間にあたりに力が入った侑は「……なんでアイツとサムが一緒に帰ってんねん」とぼそりとつぶやく。すると角名は間髪置かずに「なんでって。別に治が誰と帰ってもいいじゃん」と返した。
「侑だって、最近は彼女と帰る方が多いし」
「まぁ……そら、そうやけど」
 角名が至極当然という顔をして言えば、また当然のように侑も言い淀む。
 そして侑のその反応は、銀島の目にはやや珍しく映ったため、僅かに目を見開いた。
「あの一年、いいセッティングしよんな」
「へえ」
「なんやねん」
「俺たち打つ側はもちろん、いいヤツ入ってきたなーって感じだけど。侑が言うくらいってことはやっぱ相当いいんだなって」
「俺には及ばんけどな!!」
「いや小学生かよ」
「俺ほどじゃないにせよ、いいセットはしとる。センスがいい。しかもいまはあえてスパイカーに併せます〜ってカマトトぶっとるみたいやけど、ほんまはもう少し引っ張れるんやろ。様子見しとる。そんでそれをサムもわかっとるから、ええよ、好きに寄越してみって一年坊主相手になんやテンションあげとるのは気に食わんけど」
「ははは。同じ遺伝子」
「はぁ!? なにが! どこが!!」
「胸に手を当てて考えろよ、頼むから。身に覚えしかないだろって」
「その一年坊主、サムに勝手に懐いとるみたいやな。アイツもなんで甘やかしとんねん。しつこいなら断りゃええのに」
「断るも何も。今日は治の方から誘って帰ってたけど」
……は?」
「侑と帰らない日は、治からも誘って一緒に帰ってたりするよ。自主練同じくらい遅くまでやってるし」
 これまで同じセッターとしての評価をする、部活の先輩であり主将としての顔つきを辛うじて保っていた侑。けれど治の方から帰ろうと誘っているのだと知り、その瞬間に見せた綻びを、銀島はつい目ざとく見つけてしまう。
 侑は自身のバレーに関与するすべてのことには基本、感情はいくらでも入るが、一方で私情は一切入れない器用なところがある。コートの中でいくらその連携が取れるようになったり、関係が良好だと言われても大きく私情が揺れることはない。が、治が体育館の外に出てもなおあの一年生の面倒を見て、自分から構ってやっているのだと今知ったことで、途端その面構えに揺らぎが生まれた。
「アイツと帰っとったとか、俺、知らんかってんけど」
「侑は彼女と帰ること多いから最近あんま一緒に帰らないし、いちいち言わないだけでしょ。それにあのふたり、普通にプライベートでも気が合ってる感じじゃん」
……そんでも、俺は聞いてへん。サムがそんなにあの一年とつるんどるとか。……またアイツから聞かされてへん」
 侑のトーンがどこか変わってきたことに流石に角名も気づいて、会話を意図的に少し止めた。
 なんで勝手に帰っとんねん!とやかましく騒ぐというよりは、どこかショックを受けているような侑の言い振りに、カバンを肩にかけて準備を終えた角名が、思わず銀島を見つめてくる。銀島は「うーん」と唸りながらベンチから立ち上がると。
「それで言うと、侑も彼女作ったこと治に直接話してないしな?」
 つい、思うところを口から出してしまえば、侑はまるで今この瞬間に気づいたとでもいうようなハッとした顔をして、その隣に立つ角名も「あ。それ言っちゃうんだ」と小声でごちた。
「結局、治には直接は言うてないんやろ?」
「言うてへんけど。でも、そんなん言う義理ないし……!」
「ほんなら、治が誰と仲良くたって、言う義理はないのも同じことなんちゃうん」
「たしかに?」
 銀島の尤もな感想に、角名もうんうんと頷きながら「とりあえず部室の鍵、返してきたいから出よう」と外に出るように促し、三人は部室から出て職員室に向かうため連れ立って部室棟から渡り廊下で校舎へと入る。
 陽が伸びていて、まだ空は西の方角がオレンジ色に明るい。
 まばらに人の気配がする校舎の中を歩きながら、侑はというと何かを考え込むように珍しく黙っていた。いつもは賑やかな侑の静けさに、銀島も角名もどこかつられて黙っていたが。

……先に俺の知らんとこで、色々決めてたのはサムの方やんか」

 職員室を目前にして独り言のようにぼやいたため、銀島と角名はまたしても顔を見合わせた。
「え、なに。だから侑も、治離れしなきゃって思ったってわけ?」
「は、はぁあ!? べっつに、サム離れもなにも。今までずっとくっついてたわけちゃいますし!?」
「そんなら彼女できたことくらい、言うてやればよかったやんか。治、気にしないふうにしとるけど、ほんまは気にしてるんとちゃうん」
「気にしてる気にしてる。すっげー気にしてる」
「そんなん……! 自分のこと、ひと言もなしに決めて、先に話してくれへんかったのはアイツやぞ!」
「じゃあ侑は前もって話してもらえてたら、治の進路の話は納得できたってことなん?」
 言われた侑はここでとうとう露骨に「うっ……」と言葉に詰まり、その様子に角名は「おおー」と軽い感嘆をあげてから職員室に入って行った。
 職員室の外の廊下で、侑と銀島は隣立って壁に寄りかかり、入っていった角名を待つ。侑は自分の携帯を確認し、相変わらず治へ送ったメッセージが既読にならないと言って、眉間に皺を刻んだ。
「今日、彼女はどうしたん?」
「終わりの時間読めんかったし、先に返した」
「練習終わって、俺らが自主練してる間も侑のことしばらく待っとったで。今から連絡すれば、治よりかは連絡つくかも」
「あの子とは今日もう会う用事ないし……
「あの子より、あの一年と帰ってる治のが気になるん?」
 侑の視線が、携帯の液晶画面からゆっくりと隣に立つ銀島に映る。
 銀島は侑の視線を受け止めて「どうなん?」とやわらかに尋ねると、侑はどこか観念したように小さく頷いて。

……知らんことが増えてくのは、やっぱ慣れんし、我慢できへん」

 慣れることができない。
 慣れたくない。
 どうしても我慢ならない。

 その気持ちの意味も、置き所も、何もかもがまだ侑の中であやふやで、朧げで、覚束ない。
 ただ、治のことで知らないことが増えていくことに慣れようとして。
 けれど慣れるということ自体に、慣れることができなかったことだけははっきりとしていて、それは当事者ではない銀島から見ても明らかだった。
「あっちがそうすんなら、こっちだってサムの知らんこと増やせば、それでトントンになるって思った。思ったけど……ぜんぜんやった。そんなうまくいかんな」
「なるほどなぁ。侑は、トントンにしたかったんや」
「だって俺ばっかは嫌やんか。……あいつがバレーから離れてくの。俺ばっかが嫌やなと思って、どうにもできんのは腹立つし、納得いかん。いかんけど……でも自分でどうにかせなあかんことだってのも、わかっとんねん」
「そら、どうにかせんといかんのやろうけど。そんでも侑が腹立って納得いかんもんはいかんもんで、もうしゃーないんちゃうか。頭でわかってたって、気持ちがどうにもならんこともあるわ」
 銀島にだって覚えがある。生きていれば、いくら理屈は通っていて正しいことで、それが正しいと自分もわかっていても気持ちが収められないことくらい、いくらでも。
 すると侑はぱちくりと、ただでさえ大きい目を見開く。そして次の瞬間には、どこか安堵したように目尻を下げていた。
……しゃーないで、ええんかな」
「こればっかりはなぁ。しゃーないって、外から見てても思うくらいやから、しゃーないしゃーない!」
「しゃーない言いすぎ。ゲシュタルト崩壊だよ」
「おん。角名、鍵ありがとな。で結局、侑はどうすんねん。治まだ連絡よこさんの?」
「同じ家に帰るんだから、もう連絡とれなくたってよくない?」
「よかないやろ! あいつ、金欠のくせして後輩に見栄はってなんか奢ってるかもわからん!」
「そんなの治が自分で自分の首しめてるだけなんだし、侑に関係ないじゃん」
「角名……、お前はサムのこと、なんもわかっとらん」
「あ。もとよりわかるつもりないから大丈夫です」
「いやそこは最後まで聞くとこやろがいッ! あいつはな! 俺の財布も自分のと思ってんねんぞ!! あいつの財布がすっからかんになったら俺の財布から出せばええと思ってんねん……!」
「あれだ。生計?が一緒ってやつだし。そこはどっちから出しても変わんないっしょ」
「せやなぁ」
「せやなぁちゃうわ! 生計ってなんやねん!! 夫婦ちゃうねんぞッ!」
 ようやくいつも通りの賑やかさを取り戻し、肩を並べて下駄箱で靴を履き替えながら。
 それでもなんだかんだと理由をつけて、あの一年セッターと仲良く放課後を過ごしている片割れが気に入らない侑に、このときの銀島ははっきりと気づいていた。気づいていたが、だからといって部外者の自分が憶測と勘だけで触れるには、あまりにも繊細な部分だということもまたわかっていた。
 途切れることのない会話をしながら三人揃って校舎を出れば、夕暮れが通学路を赤く照らす最後の時間帯だった。

 バレーから離れていくことは、自分から離れていくこと。

 まるで自分がバレーボールそのもののような言い振りの侑が、あまりにも侑らしく。
 バレーと侑。それらをきちんと切り離して考えているはずの治の気持ちに、侑とていつかはたどり着くだろうけれど、銀島にはその侑らしさこそ自分には持てなかったものなのだと少しだけまぶしく感じる。
 そしてこのまぶしさを一番近くで見つめ続けてきただろう治は、あえて違う道を選ぶという選択をした。その気持ちの破片を拾ったような、そんな気分になったのだ。

 次の日。侑は、二年生の終わりから付き合いだした彼女と別れた。
 始まったことは告げなかったというのに、終わったことは侑が自分の口から、きちんと治に伝えたことを角名から聞いた銀島は、そこから侑の顔つきがまた少し変わったことにひとり気づいて。やはり誰にも言うことなく、黙っていた。