ちゆき
2025-09-16 22:30:10
2795文字
Public ワンドロ
 

秘密の森のひみつ

2025.9.16非公式スタバレワンドロ「秘密の森」
セバスチャン×女牧場主
♡2〜4くらい、たまにはPC以外の仕事もやればできる子らしいので

 今年の春にこの谷へ来て忙しないままに時が過ぎ、季節は秋。西にある小さな森へマホガニーの木材を集めに来たときのことだった。
「え? うそ、なんで?」
「あぁ、お前か」
 変なところを見られたなと言いながら汗を拭うまさかの先客に言葉を失う。それもそのはず、今この静かな森で斧を振るっているのはこの町で一番と言ってもいいくらいに屋外活動の似合わない男、セバスチャンだ。引っ越してきたときから少しずつ会話をするようになったものの、他の住人よりも未だ壁を感じる彼。私はそんな思いもよらぬ人物との遭遇に森の入り口で目を疑い立ち尽くした。
「なにしてるの?」
「母さんが何度も仕事の邪魔をするから仕方なくだよ、次の祭りで大量に使いたいんだと」
 話を聞けば彼の母親が秋の中頃に行われるスターデューバレー祭りで大量に木材を使いたいらしく、インドアを極める彼もまたそれに駆り出されたのだと言う。そういえば先日新設された町の掲示板の前で彼の母親がセバスチャンもPC関係以外の仕事だってやればできるのだと自らの用事を任せようとしていたのを思い出した。きっとそれがまさに今なのだ。私は器用に木材を集めていくセバスチャンを横目に見ながら手つかずであろう森の奥へと進んだ。
「私もちょっとだけ欲しいんだけど、いい?」
「いいよ、お前に集められるならね」
「集められるに決まってるでしょ、セバスチャンよりは外で仕事してるもん」
「はいはい、そうかもな」
 おそらく彼はここの木材はほかに比べて堅いからとでも言いたかったのかもしれない。しかしそれにしては適当な返しにむっとした私は手入れをしてもらったばかりで新品同様の斧の切先を彼に向けその場に仁王立ちをした。
「そこまで言うなら勝負しようよ」
「はぁ……ただでさえ面倒なのに嫌に決まってる、というか向けるなよこっちに」
「いいから! 負けた方がサルーンで一杯奢りね!」
「だからやらないって……
 そう呆れ調子で溜息を吐くセバスチャンを無視して私は手近な木に思い切り斧を叩き込んだ。こんと小気味のいい音がしたあと次いで手にじんとした痺れが訪れる。それを何度か繰り返していけば不揃いながらもいくつかの木材を形にすることができた。どうだとセバスチャンを振り返ればちょうどこちらを見ていた彼と目が合い、彼はなにか言いたげにふるふると首を振ってみせる。
 彼の傍に集められた木材はもちろん彼の母親に比べれば少しは劣るものの私のものよりずっと綺麗だった。この間の母の言は身内の贔屓目によるものだと思っていたのに、そんな事実に若干ショックを受けながらも私は悔しさに踏ん張り次の木を探し求めて彷徨った。

 そうしてこの小さくも深い森にふたつの斧の音が響く。セバスチャンも喋る方ではないし、私も勝負を仕掛けた以上は雑談を振るわけにもいかない。そうむきになって一心不乱に斧を振り上げたとき、背後の方でがさりと草木の鳴る音がした。
 この森にはなぜだかモンスターが出る。暗いところを好む習性か、はたまた近場にある古ぼけた塔の主人のペットか。どちらでもよいが動物の他にモンスターが出ることを思い出した。背後にはセバスチャンがいるとわかっていたけれど、どう考えても彼が低木を掻き分ける音ではない。私が振り返ると案の定そこには鉱山でよく見かけるスライムが一匹、セバスチャンの後ろで今にも飛びかかろうとせんばかりにその身を震わせていた。
「──だめ! セバスチャン!」
 私は斧を放り投げ、鞄に潜めていた小型のナイフを取り出しスライムの方へと直走る。危険を知らせるこの声にセバスチャンがはっとこちらを向いてはくれたがスライムは目標をこちらに定めたようでいきなり襲いかかってくる。
「わっ、やだ、ちょっと待って……だめ、来ないでよ!」
 今日は鉱山へ行く予定もなかったため鞄におさまる程度の小さなナイフしか持ってきていなかった。それが仇となり小振りのスライム一匹満足に倒せない。こいつは服をどろどろにしてしまうからなるべく触らず倒してしまいたいのに。そう闇雲にナイフを振り回す腕を避け、スライムがこの顔を目掛けて飛んできたときだった。
 思わず固く目を閉じたけれど覚悟をした感触はいつまで経っても降りかかってこない。それどころかぶんとなにかが空を切る音が聞こえ、そのあと遠くで小さな鳴き声がした。そして更においと私を呼ぶ声があって恐る恐る目を開けると、そこには集めたばかりの木材を両手で握りこちらを覗き込むセバスチャンがいた。
「大丈夫か?」
「え……あれ?」
「その様子だと間に合ったみたいだな」
 目配せをする彼の視線を追いかければ若干形の崩れたスライムがよたよたと森の奥へと逃げていくのが見えた。つい今し方まで私へ襲いかかってきていたものと同じ色で、セバスチャンの握る木材にも同様の飛沫が付着している。
「もしかして助けてくれたの?」
「そりゃお前、あんなに必死な顔でナイフ振り回してる奴がいたら……
 そこまで言ったセバスチャンは堪え切れないように肩を震わせ吹き出した。賑やかな友人達とは違い静かに、それでも珍しく声に出して。私がそんな彼の様子に呆気に取られながら、漸く馬鹿にされていることに気づきねえとその場で地団駄を踏んだ。
「なんで笑うのよ!」
「あんまり情けない声でさ……
「そんな変な声出してないし!」
「出してただろ……でも、そうだな」
 それを言うならそっちだって笑い方が下手くそだとかせっかく助けてあげたのにだとか言いたいことはたくさんある。しかし大きく息を吐いたセバスチャンは一拍のあと私の名を呼び、そうして満足そうに微笑んだ。
「ありがとな。助かったよ」
 眦を拭うその指先と表情に一瞬心が揺れるのを感じた。久しく覚えのない感覚、しかもそれはたったの一瞬でどんなに頭や胸元を弄ってももうどこにも見当たらない。今のは一体どうして、なんで突然。訳のわからぬ感情にざわつく胸を押さえると、セバスチャンがスライムを弾き飛ばした木材をその辺は放り投げこちらを覗き込んだ。
「どうしたんだ? また変な顔してるぞ」
「してない!内緒!」
 私が慌てて首を振るとセバスチャンは変な奴、とだけ残してまた斧を握った。そうしてなにごともなかったように木材集めを再開する。その背中をちらと盗み見ればやっぱりまだ胸がちくちくとするようで、その理不尽な心地に私は思い切ってねえと声をかけた。
……セバスチャン」
「なんだ?」
「ありがと」
 私が小さな声でそう言うと、セバスチャンは礼ならその木材で構わないと言って鼻で笑った。その横顔にまたちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、むきになってふっかけた可愛げのない勝負を投げ出したくなる。けれどその理由を飲み込み、私もまた再び斧を握った。