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花月ゆき
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ゆる赤安ドロライ
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第18回お題「狐の嫁入り」
雨の降らない夏。狐化が進むれいくんと、すこし不思議なお話です。
本来ならば“梅雨”の最中である六月。
まだ六月が始まったばかりだというのに、例年にはない速さで梅雨前線が消え去り、青空の向こうからは太陽がぎらぎらと地上を照らしていた。
ネットニュースなどで“梅雨明け”が西から順に報じられていく中、警察庁の会議室で行われた合同会議の休憩時間に、降谷は窓の外を見ながらこう呟いた。
「このまま雨が降らない状態が続くと心配ですね」
何気なくこぼした言葉だったのかもしれないが、赤井の心にはそのときの降谷の姿や声音が焼きついて離れなかった。
関東地方の梅雨明けが報じられると、降谷はますます空の様子を気にかけるようになった。水不足、気温の上昇、農作物や生態系への影響
……
梅雨の時期に雨が降らないことによるデメリットは相応にあるが、それ以外にも何か理由があるような気もした。
いつしか六月も終わり、驚くべきことに、おおよそひと月、雨が一滴も降っていない状況が続いていた。
そうして迎え入れた七月。降谷の身体に異変が起きた。降谷の頭上に獣らしき耳がふたつ、突如現れたのだ。珍しく助けを求めるように赤井の滞在しているホテルへとやってきた降谷は、深く帽子をかぶり、顔を真っ青にしていた。
赤井はすぐさま、過去の事件で世話になった研究者、スコットをアメリカから呼び寄せた。スコットが日本に到着する頃には、降谷の臀部からは大きな尻尾も生えており、降谷は外出することすらできなくなっていた。耳は隠せても大きな尻尾は大きなスカートや袴を履かない限り隠せるようなものではなかったからだ。スコットは降谷の耳や尻尾を観察し、「It’s a fox.」と信じられないような声音で言った。
降谷は体調不良ということにして連日仕事を休んでいたが、覚悟を決めたように公安の上の人間に連絡をとった。すぐに機密性の高い病院で精密検査となり、スコットも同行した。そこでわかったのは、ヒトのDNA配列の一部が、キツネに類似した配列に変異しているということだった。
なぜそんなことが起きたのか。原因は不明で、降谷自身にも心当たりは何ひとつなかった。
今のところ、降谷の体調に影響は出ていない。しかし、今後どんな影響が出てくるのかはわからない状態だった。公安の上層部の判断で降谷は休職扱いとなり、赤井もFBIに休職願を出した。赤井の決断に降谷は戸惑い、休職届を撤回するよう何度も懇願してきたが、「恋人の一大事だ」と告げて、降谷を説得した。
休職により自由な時間を手に入れることはできたが、人の目が多い都会では、降谷は窓の外に一歩も出ることができない。そう思った赤井は、降谷を連れて、東京から少し離れた田舎に一軒家を借りた。外から家の様子がほとんど見えないように、庭に植物や木を植え付けたりもした。近所からは怪しまれるだろうが、降谷を他人の目に触れさせないようにするためには必要なことだった。
一軒家にふたりで引っ越したあと。東京にいた頃と変わらず、降谷は空をよく眺めていた。陽のよく当たる縁側で、降谷は多くの時間を過ごした。梅雨明けが発表されてからずっと、夕立の多い季節でありながらも小雨すら降っていない。地上波やネットニュースでは“異常気象だ”と騒ぎ立てられていた。
八月に入ると、降谷の身長が少しずつ縮みはじめた。一七〇センチ以上あった身長は一三〇センチ程度になり、子ども用の服が必要になった。体型が子どものそれになっても、降谷の知識や思考が退化するようなことはない。しかし、どこか感情の抑制が難しい様子が見られることもあった。
夜、家中の灯りをすべて消すと、「眠れない」と言って、小さくなった降谷が赤井の布団の中に潜り込んでくることが増えていた。布団の中で縮こまりながら、「このまま本当に狐になってしまったらどうしよう」と涙声混じりに降谷は言う。「大丈夫、そんなことはない」と赤井は降谷の背中を撫でて、彼の口から穏やかな寝息が零れるまで見守る日々が続いた。
八月のお盆の時期になると、降谷の身長は一〇〇センチにも満たなくなり、金色の薄い体毛が肌から生えはじめていた。定期的に東京の病院で検査を受け、スコットとも連絡を取り合ってはいるが、狐化の進行を止める方法は誰にもわからなかった。
ある日の夜。いつものように赤井の布団の中に潜り込んできた降谷は、小さな声でこう言った。
「赤井、もし僕が本当の狐になったら
……
僕のことは山にでも放して、あなたはあなたがいるべき場所に戻ってくださいね」
静かで落ち着いた声だった。心の底からそう思っているのだろう。赤井は降谷を強く抱き締めて言った。
「何を言っているんだ、君は。仮にもし君が本当の狐になったとしても、俺は君を手放したりなどしない」
降谷は何も言わず、自分の背中に細い腕を回した。小さく鼻を啜る音が聞こえる。いったい彼は、どんな想いで日々を送っているのだろうか。
降谷の背中を優しく撫でながら、赤井は自分が何の力も持たないただの人間であることに、息苦しさをも覚えた。
もし自分が神だったなら、彼を人間に戻し、枯れた地に雨を降らすのに
――
。
翌朝、腕の中にふわふわとした感触と温もりを感じて、赤井は目を覚ました。布団の中には、狐が一匹。目を閉じて、すやすやと眠っている。
自身が人間から狐になってしまったことに、降谷はまだ気づいていないのかもしれない。あるいは、人間であった頃の記憶を失っている可能性もあるのではないか、赤井はそう思った。
赤井はそっと、目の前にある黄金色を撫でた。彼はゆっくりと目を開いて、こちらを向いた。目の前に人間がいることを認識すれば、彼は驚いてしまうかもしれない。そう思ったが、彼はあたりをじっと見渡したあと、赤井の顔を見つめたまま静止した。
「人間の言葉はわかるか? 零君」
そう問いかけると、彼は赤井の頬にすりすりと顔を擦り寄せてきた。「わかるのか?」もう一度問いかける。
「キュッ」
狐特有の声を上げて、彼は小さく上下に頭を振った。姿は変わってしまったけれど、彼は彼のままだ。凛とした佇まいをしている。しかし、彼はどこか不安そうな顔をして、こちらを見ていた。
昨晩、降谷の言っていた言葉を、赤井は思い出す。胸から込み上げてくる感情を、赤井は抑えることができなかった。
「ここで一生、俺と一緒に暮らさないか」
赤井がそう告げると、彼は小さな身体をぴくりと動かし、目を潤ませてゆく。
ふと、降谷の耳が大きく動き、彼は縁側へと走り出した。彼を追って縁側へ行くと、外は晴れているが、雨の音がする。久しく聞いていなかった音だ。
降谷は引き戸に頭を擦りつけている。外に出たいのだろうか。「庭の外には出ないでくれよ」と告げて、赤井は戸を開いた。すると、降谷は庭の中央へと一目散に駆け出してゆく。
降谷は後ろ脚だけで立ち、前脚を浮かせて空を仰ぎ見た。
夏の太陽に黄金色の毛が触れて、きらきらと輝いている。そこへ、さぁぁぁぁぁと雨の滴が降り注いだ。その様は、神聖な儀式のようだった。
幻想的な雰囲気に見惚れていると、彼のまわりにぼんやりと霧のようなものが広がった。
赤井は信じられない気持ちでその光景を見た。霧が晴れると、自分のよく知る降谷がそこにいた。一糸纏わず、狐の耳も尻尾もない、人間としてのありのままの姿で。
素足のまま降谷のもとへ駆け寄り、赤井は彼を強く抱き締めた。
「零」
「僕
……
」
「戻っている」
自分の掠れた声に、降谷がぴくりと身体を動かす。
降谷は自身の両掌を確かめて、こちらを見上げてきた。雨の粒か、涙の粒か、きらきらとした水滴が彼の頬を伝ってゆく。
雨が優しく自分たちを濡らしてゆくのを感じていると、降谷が天を仰ぎ見ながら、「あ、狐の嫁入り
……
」と小さく呟いた。空が晴れているのに雨が降る、この現象のことだ。奇しくも、降谷が狐となり、そして人間に戻ったその日に訪れた、奇跡のような出来事だった。
降谷はすりすりと頬を自分に擦り寄せて言った。
「さっきのあなたの言葉は、プロポーズ?」
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