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花月ゆき
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ゆる赤安ドロライ
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第4回お題「桜」
「もし君が俺を受け入れてくれるなら……来週、二十二日の夜十時、一年前に君と一緒に見た桜の木の下へ来てほしい」
鈍いれいくん。赤→安っぽい話。ハッピーエンドです。
一年前の春。
桜の木の下で笑う彼に、恋をした。いや、正確には“恋を自覚した”というべきか。
時は、組織の主要メンバーを逮捕した日の夜に遡る。
現場から少し離れた駐車場の片隅には、大きな桜の木があった。駐車場には救急車や消防車などの緊急車両や警察車両などがひしめき合っていて、けっして情緒ある雰囲気とはいえない。
しかし、桜の木の下へ来てみれば、そこは別世界だった。
頭上から降り注ぐ月の光がこちらを照らしていて、薄桃色の花びらがひらひらと宙を舞っているのが見える。しばらく散ってゆく花びらをぼんやりと眺めていると、ふと、よく知る人物の気配を感じて、赤井は視線を移した。
そこには、怪我の治療を終えた降谷がいた。彼は緑茶のペットボトルを二本持っている。今、彼がここにいるということは、腕の怪我は重症ではなかったのだろう。彼の腕に巻かれた包帯を痛々しく思いながらも、赤井は安堵する。
『お疲れ様です、赤井』
『ああ。ありがとう』
よく冷されたペットボトルを受け取る。どちらからともなくキャップを開け、ごくごくと緑茶を喉に流し込んだ。暴れまわった身体に、冷たい緑茶が心地よい。降谷はあっという間に一本飲み終えて、気持ちよさそうな顔をして頭上を見上げた。きらきらとした彼の金色の髪が、やわらかな風に吹かれて揺れている。一際強い風が吹くと、彼を取り囲むように桜の花びらがぶわりと宙を舞った。
幻想的なその光景に目を奪われていると、頭上を見上げていた彼がふと口を開いた。
『きれいですね』
『ああ』
満開の時期を迎えた桜の木は、あとはもう散りゆくばかりだ。その儚さを美しいと感じながらも、赤井の目は降谷に釘付けだった。
いや、見惚れているといったほうが正しいのかもしれない。
降谷が視線を下ろしてこちらを向く。
『僕達には色んなことがありましたけど、あなたが一緒にいてくれてよかった』
降谷は目をきらきらと輝かせて、微笑みながら言った。
赤井は息を呑んだ。胸は大きく脈を打ち、呼吸の仕方がわからなくなる。こんなことは生まれて初めてだった。
激しく、彼に心惹かれる。自分の知っている愛とは形の異なる愛の存在を知った瞬間だった。
自分がこれまで降谷に対して抱いていた感情は、他の人間に向けることはけっしてない特別なものだ。その正体を突き止めようとしたことはなかったが、まさか自分の中にこんな感情が眠っていたとは、思いもしなかった。
その日から、赤井は降谷を追い続けた。
己の感情を自覚してからというもの、降谷の一挙一動に心が揺り動かされるようになった。
と同時に、彼を誰にも渡したくないという想いが日に日に強くなっていった。
突然アプローチをすれば彼を驚かせてしまうかもしれない。そう思い、赤井は少しずつ距離を詰めていくことにした。時間が合えば食事を共にしたり、休日を一緒に過ごしたりした。しかし、自分たちは友人の域を越えることはなかった。
ついつい感情のこもった目で降谷を見つめてしまうことが度々あったが、何も知らない彼は、いつも無邪気に自分に微笑み返してくれた。
想いを重ねていきながら、関係を変えるきっかけとなる言葉を、赤井はずっと胸の内で温め続けた。
季節が一巡し、道沿いの桜の木がそろそろ蕾をつけはじめるかという頃。
休日に花見でもしようかと降谷と話をしている最中、赤井は降谷に告白をした。“あの日”からそろそろ一年が経とうとしていた。
「君が好きだよ、降谷君」
「
……
え?」
降谷は戸惑うような表情をみせた。そして、「それは
……
どういう意味ですか?」と真剣な目で問いかけてきた。彼のことだ。親愛の意味での“好き”ではないことを直感的に察したのだろう。
「俺の恋人になってほしい、という意味だ」
赤井がはっきりそう告げると、降谷の目がゆらゆらと揺れはじめた。
「
……
僕が、あなたの、恋人に?」
知らない世界にたったひとり取り残された子どものような目を、降谷はこちらに向けてくる。
今まで彼が、自分と“そういう関係”になる可能性を一度も考えたことがないのは明らかだ。
これまでの彼の言動から、降谷にとって自分が特別な存在であることは紛うことなき事実である。しかし、その“特別”の中に、恋愛的な意味が果たして含まれているのかどうかは判断しようがない。そもそも彼は、意識したことすらないかもしれない。
赤井は頷いて言った。
「もし君が俺を受け入れてくれるなら
……
来週、二十二日の夜十時、一年前に君と一緒に見た桜の木の下へ来てほしい」
「
…………
」
今はまだ、何の答えも持たない彼に、赤井は優しい声で言った。
「来週まで、考えてみてくれないか」
「
……
わかりました」
降谷の声は緊張していた。
彼を混乱させたりしないよう、それ以上何も言わずに赤井はその場を去った。
そして赤井は、来週まで降谷と距離を置くことにした。彼の思考を邪魔しないよう、静かに待つことを心に決めたのだ。
所要で警察庁を訪問した際、降谷が何か話したそうにこちらを何度も見つめてきたが、赤井はあえて気づかぬふりを続けた。
二十二日、夜の九時五十分。赤井は約束の場所にいた。
本当はもう少し早くここに来るつもりだったが、緊急の仕事が入り、到着が遅くなってしまった。
月がちょうど雲に隠れ、数少ない街灯だけがかすかに辺りを灯している。一年前に見たときと同じように。満開の桜は、風に吹かれると薄桃色の花びらをひらひらと零した。
赤井が再び時計を見たときには、十時を過ぎていた。彼は遅刻をするような人間ではないから、“ここへ来ない”ことを選んだのだろう。
これが、自分の告白に対する彼の返事だ。
散ってゆく花びらを視界におさめながら、赤井は苦笑した。
ただの友人として花見をしていれば、これまで通りふたりで楽しく過ごせたのかもしれない。一瞬そんな考えすら浮かんだが、それはいずれ後悔を生んだだろうと赤井は思った。
今年の桜ももう間もなく見納めだ。幾ばくかの名残惜しさを感じながらしばらく佇んでいると、腕時計が十一時を指した。
春とはいえ、夜はまだ冷える。それそろ帰ろうかとマスタングへ向かおうとしたところで、ふと、よく知る人物の気配を感じた。
雲に隠れていた月が姿をみせる。
月の光の下を、彼の影が進む。
全力疾走でもしたのか、降谷が息を切らしながら近づいてきた。
「お、遅れて
……
ごめんなさい」
怪我はしていないようだが、彼の様子は明らかにおかしい。何か尋常ではないことが起こったのだろう。
「いったい何があったんだ?」
荒い息の間に、降谷は言葉を絞り出すようにして言った。
「今日は朝から夜までずっと事件続きで
……
。挙句、犯人を追っている最中に僕の車が壊れてしまって、修理が間に合わないので仕方なく電車に乗ったら、今度は踏切の故障で停止して、復旧を待っていたらこんな時間に
……
」
「それは
……
災難だったな」
思わず本音が零れ落ちる。
なぜ、よりによって今日という日に、こんな不運が立て続けに彼に押し寄せたのか。赤井は天を恨みたくなった。
苦しそうに息を整えながら、降谷は言った。
「今日まで、僕は必死に悩みました。いつの間にか、僕にとってあなたはかけがえのない親友のような存在になっていて、これからもずっとそんな関係が続いていくと思っていたから
……
。だから、毎日、毎日、あなたのことを考えて、今日、答えを出しました」
「
…………
」
赤井の脳裏に、ある可能性がよぎる。
律儀な彼は、告白を受け入れるためにではなく、丁寧に断りの言葉を伝えるために、ここへ来てくれたのではないのか。
ショックではあるけれど、この一週間、彼は自分たちの関係について真剣に考えてくれた。
ある意味、彼の心を独り占めできたといってもいいだろう。それだけでもう十分なのではないかと赤井は自分に言い聞かせた。
しかし、降谷はこう続けた。
「神様に試練でも与えられているのかと思いましたよ」
「試練?」
予想もしない言葉が降谷の口から飛び出して、赤井は驚く。
「待ち合わせの時間に行かせないように、次々と事件が起きるから
……
」
「
……
」
赤井は目を見開いた。
どこか恥ずかしがっているような声音で、降谷は続ける。
「
――
でも、今夜、この桜の木の下で、僕はあなたに逢えた」
降谷がわずかに目を潤ませて微笑む。
「それが、君の答えなのか?」
信じられない気持ちで、赤井は呟く。降谷は大きく頷いた。
「ずっとあなたの想いに気づかなくて、ごめんなさい。今になって、ようやくわかったんです。あなたはいつも優しい目で僕を見ていましたね。その眼差しは、友人に向けるようなものじゃなかった
……
。そして僕は、そんなあなたに見つめられるのがとても好きだった
……
。僕を待っていてくれて、ありがとうございます」
一年前。“あなたが一緒にいてくれてよかった”と言って微笑んだ降谷の姿と重なる。彼自身は、あの日から何も変わっていなかった。
「礼を言うのは俺の方だよ。ありがとう、降谷君」
両腕を広げて、赤井は降谷へと近づく。しかし降谷は慌てたように後退った。
「だっ、だめですよ! 今、汗びっしょりだから
……
」
随分と可愛らしいことを言う。降谷は抵抗したが、赤井は構わず降谷を抱き締めた。
春の優しい風に乗って、自分たちを囲むように桜の花びらが舞う。
待ち合わせの時間を過ぎても自分たちが出逢えたのは、桜の美しさが自分をここに引き留めてくれたからなのかもしれない。
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