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花月ゆき
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Heartfelt Memories
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Heartfelt Memories(旧題:記憶は心の底に)⑪
秀零の日。
記憶喪失&身体だけ縮んだ赤安(中学生)が、工藤邸で一緒に住んでいる設定です。
―
赤井Side 8月
―
赤井と降谷は、記憶を失くし身体が縮んだ日のことを、記録として書き起こしはじめた。
降谷と自分との記憶に不整合はなかった。
毒ガスのようなものを吸い込んだあと、瓦礫の中で一度意識を取り戻すまでの間に、記憶を失くし、身体が縮んだことは間違いなさそうだ。公安とFBIのデータベースから自分たちの情報が消えていることを考えると、自分たちの状況は各々の機関が把握していると考えて良いだろう。
だが、おそらく自分たちが記憶を取り戻したことを知る者はいない。学校では中学生を演じているし、この家にも、外部の人間が置いて行ったような盗聴器らしきものは何も仕掛けられていないからだ。
自分たちが手に入れたデータには二重でパスワードがかかっていた。パスワードはそれぞれ別のパソコンに残されていたので、一つ目のパスワードは降谷が、二つ目のパスワードは赤井が記憶していた。
公安あるいはFBIにパスワードを伝える前に記憶を失ってしまったので、自分たちが手に入れたデータも中身はまだ確認できていないだろう。パスワードを複数回間違えるとデータ自体が破壊される仕組みになっているので、闇雲にパスワードの解除を試している可能性も低い。
組織壊滅の動きも、自分たちが大人に戻れないままでいるように、時が止まったままなのだろうか。
「コナン君はどこまで知っているんでしょうか」
ノートパソコンのモニターを見つめながら、降谷が呟いた。
「俺達の様子を一番近くで観察できるのがボウヤであることを考えると、公安あるいはFBIの人間と連絡を取り合っている可能性は高いだろうな」
「
……
そうですよね。やはりコナン君と話をしましょうか」
「ああ。だが、ボウヤも俺達も外で見張られている可能性が高い。あくまで表向きは、遊ぶ約束ということにしておいた方がいいだろうな」
「わかりました。タイミングはまた改めて考えましょう」
「ああ」
夏休み真っ只中の八月十日。
隣の阿笠博士の家には、連日子どもたちが遊びに来ているようだった。
降谷と話し合い、スーパーで買ったスイカを持って、二人で阿笠邸を訪問することにした。大きなスイカに子どもたちは喜び、早速スイカ割りがはじまる。子どもたちと一緒にスイカ割りを楽しみながら、コナンや阿笠博士、そしてシェリーこと灰原哀の様子を赤井は遠目から窺った。博士は子どもたちの様子をそばで見守っている。灰原は地下の自室に籠っているようで、会うこともかなわなかった。
灰原は地下で何をしているのか。もちろん、気になったのは自分だけではない。降谷と目が合う。赤井が頷くと、降谷が口を開いた。
「コナン君達は夏休みの宿題は終わったの?」
「うん! 先月のうちにみんなで終わらせたんだ!」
「そうなんだ。みんな偉いね。じゃあ哀ちゃんは、何か別の勉強でもしているのかな?」
「
……
あー灰原は、今ハマってるドラマがあって、何度も繰り返し観ているみたい」
「哀ちゃんがハマってるドラマ?! 私も一緒に観たい!」
隣で聞いていた歩美が声を上げる。コナンはどこか困ったように言った。
「
……
今日はひとりで観たい気分って言ってたから、また今度な」
歩美が肩を落とすのを横目で見ながら、降谷と一瞬だけ目を合わせる。
地下に駆け込むことはできないので、コナンの言っていることが本当なのかは確かめようがない。違和感は残るが、話はここで切り上げることにした。
今日の一番の目的は、コナンを自宅に呼び寄せることである。問い詰めすぎて、コナンや子どもたちに怪しまれるわけにはいかない。
夕方。子どもたちが家に帰るのを見送りながら、コナンに話しかける機会を待った。しかし、自分たちよりも先に、コナンのほうから話しかけてきた。
「秀一兄ちゃん、零兄ちゃん、これから二人で何をするの? 今日は二人の記念日でしょ?」
「ああ。今から降谷君と一緒に夕食を作る予定になっている」
「コナン君はこれから予定とか入ってる? また作り過ぎてしまうと思うから食べに来ない?」
「
……
い、いいの?」
どこか戸惑うような素振りをみせるコナンに、降谷は頷く。
「もちろん!」
「じゃあ、蘭姉ちゃんに連絡してから、そっちに行くね!」
コナンはそう言って、部屋の奥へと入ってゆく。スマホならばどこにいても連絡できる。部屋の奥へ向かったということは、地下にいる灰原と何か話をするつもりなのだろう。コナンの後ろ姿を見送ってから、赤井は降谷と一緒に自宅へと戻った。
十分ほど経ったところで、コナンが家へとやってきた。夕食ができるまで待ってほしいと言うと、コナンは図書室から本を持ってくると言い、玄関で靴を脱ぐとすぐに図書室へと向かって行った。それからしばらくして、本を持ってキッチンへとやってくると、コナンは自分たちの近くにある椅子に腰かけた。
今夜のメニューは、ちらし寿司、天ぷら、それから副菜を二、三種作る予定だ。赤井はしばらくは静かに調理を続けた。十七時半を回ったところで、降谷が冷蔵庫の中を覗きながら言った。
「赤井、卵を切らしてました。僕、買いに行ってきます」
「俺が行こうか?」
「ちょうどセールしている店を知ってるので、僕が行ってきます! あなたは引き続き天ぷらの準備を」
「了解」
エコバッグと財布を持って、降谷がすばやく家を出て行く。家には、コナンと赤井の二人だけになった。
しばらくは降谷に言われた通りに天ぷらの準備を進めることにした。海老や魚の下処理を終えて、ようやく一息つく。
タイミングをはかって赤井から話を切り出すつもりでいたが、コナンのほうが早かった。椅子から降りて、コナンが近づいてくる。
赤井はコナンと向き合った。迷う素振りをひとつも見せずに、コナンは言った。
「本当はもう全部思い出してるんでしょ? 秀一兄ちゃん
……
いや、赤井さん」
赤井は微笑んだ。
「さすがだな、ボウヤ。どうしてわかったんだ?」
「前にこの家に来たときは、部屋の至るところに二人の私物が置いてあったのに、今は最小限に絞られている。いつでもこの家から出て行けるように準備しているとしか思えない」
「ホー」
「でも一番決定的だったのは
……
最近、二人の様子が変わったからだよ」
「俺達の様子?」
「赤井さんと安室さんの距離が
……
前よりもずっと近いような気がするんだ。赤井さんだけじゃなくて、安室さんも全部思い出してるんでしょ?」
確かに、降谷が記憶を取り戻してからは、降谷との距離感を意識することはなくなっていた。つまり、自然体でいる、ということだ。
だが、コナンは単純な距離だけを指して言っているのではないだろう。
コナンの目が泳いでいる。自分が降谷を恋人として扱っているところを見られてしまったのかもしれない。今この場に降谷がいなくてよかったと赤井は思った。もし降谷がいれば、恥ずかしがって話が前に進まなくなりそうだ。
「ボウヤの言う通りだよ」
「
……
卵を切らしたっていうのもわざと?」
「ああ。俺達二人が揃っていると、ボウヤが警戒するかもしれないと思ってね」
「
……
大丈夫だよ。僕は、秀一兄ちゃんも、零兄ちゃんも、信用しているから」
赤井は少し驚いた。コナンの瞳にも、嘘はなかった。
「ありがとう。ボウヤ」
まさか礼を言われるとは思わなかったのだろう、コナンが驚いたような顔をした。しかしすぐにいつも通りの表情に戻ってゆく。
「二人の身体が縮んだのは、毒薬によるものだと思う。二人が病院に運ばれたとき、血液を採取して、そこから灰原が原因を突き止めたんだ」
「
……
毒薬か。降谷君も俺も、薬を飲まされたときの記憶はなくてね。おそらくそのときにはもう記憶を失くしていたんだろう」
「どうして記憶を失くしたのか、二人は覚えているの?」
「正確にはわからないが
……
俺達がデータを入手した直後に、毒ガスのようなものを浴びてね。あれが原因の可能性はあると思っている」
「毒ガス
……
」
「神経系のガスかもしれん。俺達が身動きを取れなくなったのを利用して、誰かが毒薬を飲ませたんだろうな。よく命拾いできたものだよ」
「二人に毒薬を飲ませたのって
……
」
「敵側の人間だと言いたいところだが、味方側の可能性もある
……
ボウヤはどう思う?」
「
……
まだはっきりとは言えないけど、その可能性はあると思う」
「この家には、外の人間が置いて行ったような盗聴器らしきものは一つもない。時々学校で妙な視線を感じることはあるが、公安とFBIの監視下におかれるはずの自分たちが、それぞれの機関のデータベースから削除され、野放しにされていることを考えると、俺達二人をただの中学生にしておくほうが好都合だったんだろうな」
「
……
うん。二人が記憶を失くして身体が縮んだことを知っているのは、極少数に限られていて、他の人たちはみんな二人が殉職したと思っているよ」
「そして、俺達二人を見守る役目を担わされたのが、ボウヤ、ということか
……
」
「
……
え?」
「博士がプレゼントしてくれたプラモデル、盗聴器の一種と言えんこともないからな」
「あ、あれは!」
「ああ、責めているわけじゃないから安心してくれ。正確には、家の中で異常音を検知したらボウヤ達に連絡がいく仕組みで、四六時中、部屋の音を拾っているわけじゃないんだろう?」
「そ、それは、そうなんだけど
……
」
コナンは奥歯に物が挟まったような口ぶりだ。
「
……
誤動作でも起きたか?」
「誤動作じゃないんだけど
……
七月十日
……
だったかな。玄関で物音がしたのを感知して、様子を見に来たことがあるんだ。もちろん中には入っていないから、二人が何をしてたかは見てないからね!」
七月十日。降谷と一緒に花火大会に行った日だ。その日、玄関で自分たちが何をしたのかは鮮明に覚えている。まさか、そのときの音を拾われていたとは思いもしなかった。降谷がこのことを知れば、この家で“恋人らしいこと”は何もできなくなってしまうだろう。
「今のことは、降谷君には内緒にしてくれるか」
「もちろん!」
コナンの返事にひとつ微笑んで、赤井は再び天ぷらの準備に戻った。野菜も一通り切り終える頃、降谷が帰って来た。
「卵、あともう少しで売り切れるところでしたよ」
「ありがとう、降谷君。ちらし寿司には錦糸卵が欠かせんからな」
「ええ。コナン君、もうすぐできるからね!」
「うん!」
コナンに見守られながら、降谷が副菜とちらし寿司を手早く作り、赤井は天ぷらを揚げ続ける。瞬く間に、テーブルの上は二人の作った料理で溢れかえった。
三人で、「いただきます」と手を揃えたあと、赤井と降谷はコナンも交えて今後の話をした。
自分たちの記憶が戻った以上、このまま中学生として生活をし続けるわけにはいかない。一日でも早く、元の姿に戻り、自分たちが本来いるべき場所に戻らなくてはならない。
解毒薬を作れる人間は限られている。今日、会うことはかなわなかったが、コナンを通して灰原に頼めないか。赤井が提案すると、「その必要はないよ」とコナンがこたえた。コナンは続けて言った。
「二人が毒薬を飲まされたとわかってからずっと、灰原は解毒薬を作ってるんだ。あともう少しで完成すると思う。
……
完成したら、二人で博士の家に来てくれる?」
赤井は降谷と視線を交わし合い、コナンに向き合う。大きく頷くと、それに呼応するようにコナンも頷いた。
本来の自分たちの時間が、再び動き出す。赤井は左手の拳を強く握り締めた。
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