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花月ゆき
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Heartfelt Memories
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Heartfelt Memories(旧題:記憶は心の底に)⑩
秀零の日。
記憶喪失&身体だけ縮んだ赤安(中学生)が、工藤邸で一緒に住んでいる設定です。
―
赤井Side 7月
―
まだ梅雨の終わりが見えない、七月七日。七夕の日。
隣の阿笠博士の家で、子どもたちも一緒に、ささやかな七夕パーティーをした。その場でも赤井は、“ただの中学生”を演じた。
暗くならないうちに解散となったので、夜空を一緒に眺めることができるのは、降谷とだけ。ずっと曇り空が続いているが、時折、雲と雲の間からうっすらと星が見えるので、降谷は辛抱強く空を眺めていた。
二階にある、降谷の部屋で二人きり。
一緒に星を見ようと約束をしたわけでもないが、赤井は降谷の隣に並ぶように立った。ふたりで同じものを見ていたいと思った。
しばらく会話はなかったが、降谷が静かな口調で言った。
「
……
僕、何か大事なことを忘れている気がするんですよね」
なんとなく呟いた風を装っているが、赤井の耳には、ずっと悩んでいたことを打ち明けたように聞こえた。
運動会で降谷が発した言葉を赤井は思い出す。運動会の日以降にも、降谷の身には、失くした記憶を呼び起こすような不思議な出来事が度々起きていたのかもしれない。
「大事なこと?」
「
……
はい。僕の気のせいかもしれませんが、最近、頭の中にふと映像が浮かんでくるときがあるんです。僕の前には大人の男の人がいて、僕と何かを喋っているんです」
「どんな男なんだ?」
「よく思い出せないのですが、黒い服装をしていたと思います」
「
……
そうか」
それはもしや、身体が縮む前の自分ではないだろうか。もう少し詳しく降谷から聞き出すべきか思案していると、降谷が頭に手をやった。
「
…………
ッ」
降谷の様子を見て、すぐに頭の痛みに呻いていることがわかった。
「大丈夫か?!」
「
……
大丈夫です。何かを思い出そうとすると、頭痛がするみたいなんです」
赤井は降谷の額に手を添えた。熱はなさそうだ。手の温もりがあると安心するのか、降谷が心地よさそうに目を閉じる。
記憶の混濁が頭痛を引き起こすのだろうか。同じようなことが自分の身体でも起きていたので、降谷もまた記憶を取り戻しかけているのだろう。
自分と同じように、大人であったときの記憶を降谷が取り戻す日は近いのかもしれない。
だが、降谷に記憶を取り戻してほしいと願う一方で、降谷が痛みに苦しんだり、記憶がうまく取り戻せずに混乱してしまわないか、赤井は心配だった。
「
……
無理して思い出そうとしない方がいい」
額に触れた手をそっと離す。どこか名残惜しそうな目をした降谷に、赤井は一瞬どきりとした。今の表情は、中学生のそれではない。
「
……
赤井」
「ん?」
「僕があなたと初めて逢ったのは、瓦礫の中でした」
降谷の静かな告白に、赤井は息を呑んだ。
「
……
君、あのとき意識があったのか」
「いえ、ほとんど意識はありませんでした。でも、薄く開いた目で、あなたの姿を見ました。あなたが僕の手をずっと握っていてくれた
……
そのことはとてもよく覚えています」
「
……
そうか」
「
……
でも、その前のことはほとんど思い出せません。僕が覚えているのは、ひとりで中学校から下校していたところまでです。なぜ、瓦礫の中であなたと一緒にいたのか、何も覚えていないんです。
……
赤井は? 赤井は覚えているんですか?」
互いに怪我を負い、病院で目覚めたときのことを、これまで二人で話したことはなかった。降谷が大人であったならば、話をしていただろう。だが、降谷はまだ子どもだ。記憶の傷口に触れてしまわないか懸念が残るうちは、まだ話すことはできない。
降谷の目がゆらゆらと揺れている。「僕だけ覚えていなかったらどうしよう」そんな降谷の心の声が聞こえたような気がした。
見知らぬ場所で、今にも置いてけぼりにされそうな子どものようだと赤井は思った。中学生の降谷が持つ、繊細な部分だ。
「覚えている部分もあれば、そうでない部分もある」
赤井は言葉を選んだ。それを聞いて、降谷は身を乗り出すようにして懇願してきた。
「
……
あなたが覚えていることを、僕に教えてくれませんか?」
直接すべてを教えるべきか。それとも記憶を取り戻すための手助けだけをするべきか。
迷いはあったが、赤井は降谷に頷いた。
「わかった。だが、また今度にしよう。また頭痛を引き起こすかもしれないし、もう夜も遅い」
「はい」
降谷は素直に頷いた。聞き分けの良い子どものような声を発しながら、絶対にいつか教えてもらうぞという意気込みを感じる目を降谷はしていた。しかし赤井は、降谷が自身で記憶を取り戻すことを願わずにはいられなかった。自分が降谷に直接教えるのはあくまで最終手段で、まずは降谷が記憶を取り戻すための手助けをしていきたいと思った。
夜風が部屋に入ってきて、赤井は窓の外を見る。そこで、小さな光が雲と雲の隙間を縫うように落ちてゆくのが見えた。
「「あ」」
二人の声が揃う。降谷は目を輝かせた。
「さっきの見えました?」
「ああ」
「願い事すればよかった
……
」
実に悔しそうな声音だ。窓の外へと再び目をやる降谷の横顔を、赤井はじっと見つめた。
君の願い事は? そう降谷に問いかけて、赤井は口を閉ざした。
七月十日。今月の記念日は、赤井から提案し、二人で花火大会へ行くことにした。
徒歩で行ける場所ではないため、学校からまっすぐ家に帰り、荷物を置いて駅へと向かう。もちろん、降谷の作ってくれたニット帽を頭にかぶって、だ。
同じ目的の人が多いためだろう。電車の中もとても混み合っていた。恋人同士と思われる男女も至るところにいて、手を繋ぎ合っていたりする。降谷は落ち着かない様子で、ちらりちらりと恋人たちの様子を見ていた。随分と初々しい反応だ。
降谷はまだ思い出せていないだろうが、自分たちは恋人同士だ。手を繋ぎ合うどころか、もっと濃密な時間を過ごしている。もちろん本人に告げることはできないので、降谷の可愛らしい反応を観察するに留めた。
帰宅ラッシュも相まって、電車から降りると人の波が幾重にも重なり、なかなか身動きが取れない。
ようやく駅の外に出ると、ちょうど花火が打ち上がりはじめたところだった。音はよく聞こえるが、花火からはまだ距離がある。ビルとビルの隙間から、ほんの少し見える程度だ。もし自分が大人だったら、背丈の高さを利用して周囲の様子を把握することができたかもしれない。だが、中学生である自分には、まだ満足のいく高さがなく、遠くまで見渡すことができなかった。
「随分と混んでいるな」
「こんなに混むものなんですね」
花火の鳴るほうへ進みたいが、なかなか前に進まない。このままでは、十分に花火を見られないまま帰宅しなければならなくなる。赤井は周囲を見渡し、人の少ない路地を見つけた。
「降谷君、とりあえず人混みから離れよう」
「ええ、そうですね」
赤井は降谷の手を取り、路地へと向かった。路地に入ると、花火はまったく見えなくなる。だから、人も少ないのだろう。入り組んだ路地を花火の鳴る方向に向かって進んでゆく。しばらく花火は見られなくなるが、このまま進むほうが花火に最短で近づけるはずだ。
花火の音がすぐ間近に聞こえるほど近づいたところで、古びたビルを見つけた。非常階段が外についている。施錠さえされていなければ、屋上に上れるかもしれない。そう思っていると、ちょうど非常階段から若い女性が降りてきた。“中学生らしく”を意識しながら、赤井はその女性に話しかけた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
「花火を見たいんですが、屋上に上ってもいいですか?」
女性は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔でこたえてくれた。
「
……
ああ、大通りは混み合ってるもんね。どうぞ」
「「ありがとうございます」」
二人で頭を下げると、女性が手をひらひらと振って去ってゆく。一瞬、女性の目が、繋ぎ合っている自分たちの手に向けられたような気がしたが、赤井は降谷から手を離さなかった。
非常階段で、上へ上へと上ってゆく。七階建てのビルなので、すぐに屋上まで駆け上ることができた。鍵などもかかっておらず、非常階段から屋上へは直接繋がっている。初めて花火を見るわけでもないのに、赤井の胸は期待に高鳴っていた。
屋上へ出ると、ほんの少し視線を上げた場所で、大きな輪が花開いた。
まるで足場が揺らされるようなけたたましい音とともに、次から次へと花火が上がってゆく。
「赤井、すごいですね!」
「ああ」
夜ではあるが、街と花火の灯りのおかげで、周囲の様子がよく見える。赤井は花火を見るフリをしながら、降谷の顔を見た。
花火のやわらかな色が降谷の顔を照らしている。今の降谷は本物の子どもだ。無邪気な表情をしている降谷に、赤井は釘付けになった。
このまま記憶を取り戻さないほうが、彼にとって幸せなのではないだろうか。一瞬、そんな考えすら浮かんでしまう。
赤井は降谷の手を握り締めた。降谷はそれに気づいているのかいないのか、よくわからないが、目をきらきらと輝かせて花火を見ている。しかし、しばらくすると降谷の表情が大きく揺れ動いた。降谷の瞳から、一筋の温かな光が零れ落ちるのが見えた。
声を発することなく、赤井は降谷を見つめた。
降谷の口がゆっくりと開いてゆくのを、降りてゆく花火の光を見守るようにして見ていた。
「赤井」
「ん?」
「
……
場所は違いますが、以前、あなたと一緒に花火を見たことがありましたね。いや、見ていたというよりは、花火の近くで闘っていた
……
と言ったほうがいいかもしれませんが」
「ああ。あのときは少し痺れたよ」
降谷と自分にとって、かの日の出来事は特別な思い出のひとつだ。
「
……
もしかして、僕の記憶を取り戻すために花火を?」
「
……
半分だな」
「え?」
「これで君の記憶が戻らないかと期待した気持ちが半分。もう半分は
……
君と二人きりで花火を見たかった」
花火大会もフィナーレなのだろう。あたりの音がまったく聞こえなくなるほど、打ち上げの音が鳴り響き、花火が次から次へと天に昇る。
夜とは思えないほど、自分たちのまわりが光で溢れてゆく。これまでで一番、降谷の顔がよく見えた。表情は大人びているのに、顔は可愛らしい中学生のままだ。赤井は繋いだ手を強く引き寄せ、降谷の頬に小さなキスを落とした。降谷がくすぐったそうに笑うのが愛おしかった。
家に帰り着き、玄関の鍵を開ける。家の中に入り、赤井は降谷の手を離した。
まだ灯りのない暗闇の中で、赤井の手を追いかけるように、降谷の手が伸びてくる。途端、我慢できなくなり、赤井は降谷の腕を掴んでぐいと抱き寄せた。小さくよろける降谷を支えながら、構わず口づける。ただ触れるだけではすぐに物足りなくなり、降谷の唇を割って舌を差し入れた。久しぶりに味わうキスの味に、頭がぐらぐらとする。降谷の舌は、自分が知っているそれよりも小さくてどこかたどたどしい。
気づけば、降谷を壁側に追いつめていた。これまで触れ合えなかった分を取り戻すように、角度も変えて、降谷の唇を攻め立てる。
びくりびくりと身体を震わせる降谷を、赤井は無意識のうちに両手できつく抱き締めていた。
ふと、何かに気づいたように、降谷の手がそっと自分のニット帽に触れる。
「記憶を失くしてるのに、あなたに黒色のニット帽をプレゼントしただなんて、自分が怖くなりますよ」
「君の心の奥底に俺の記憶が残っていたからだろう。嬉しかったよ」
すぐそばで感じる降谷の温もりに、身体の中心が昂ってゆくのを感じる。降谷が一瞬驚いたように腰を引いた。自分の熱が降谷に触れてしまったのだろう。赤井は降谷の耳に囁いた。
「今の君に挿れたりはしない」
安堵するかと思いきや、降谷は真逆のことを言ってきた。
「で、でも
……
慣らしたらたぶん大丈夫だと思
――
」
「
――
いや、ダメだ」
降谷の甘い誘惑にそのまま押し倒しそうになったが、赤井はぐっと堪えた。赤井は降谷の臀部を軽く撫でる。
「あっ
……
」
小さな声を漏らす降谷に理性を切り崩されながらも、赤井は言った。
「こんなに小さいんだ。俺のが入るわけないだろう」
はっきりと理解させるために、赤井は降谷に昂りを押しつけた。
「わっ、わかりました! で、でも、どうするんですか? それ
……
」
「
……
自分で処理するよ」
「じ、自分で?」
「君は気づいていなかったかもしれないが、俺は記憶を取り戻す前から、君のことが好きなんだ。
……
あとはもうわかるだろう?」
何度、君を想ってひとりで達したかわからない。そう言外に匂わせて、赤井はそっと降谷から離れた。
「あ、あなたも気づいていなかったかもしれませんが、僕だって、記憶を取り戻す前から、あなたのことが気になってしょうがなかったんですからね!」
「
……
そうだったのか」
「修学旅行の日、あなた言いましたよね。“今夜、君は俺のもの”って
……
」
「ああ、言ったな」
「歌の内容だってわかってても、あのとき、僕、どきどきしたんですよ!」
「
……
そうか」
記憶を取り戻す前から、自分は降谷を振り向かせることができていたのだと知って、赤井は微笑む。
記憶がまだ戻っていない頃の自分の気持ちを、赤井は思い出した。いつまで降谷と一緒に過ごせるかわからない。そんな切なる想いを抱えながら、せめて降谷と過ごせる間だけでも二人で幸せに暮らそう。そう思いながら、あの曲を弾いたのだ。
まさかその曲を弾いた晩、降谷とひとつの布団の中で過ごすことになるとは思いもしなかったが。
一時間にも満たない時間だったが、赤井にとっては片想いの相手との特別な夜となった。
しかしもう、降谷との別れを考える必要はなくなったのだ。中学生の赤井秀一の片想いは、自分の気づかぬところですでに実っていた。
「本当は、今夜も、あなたのものにしてほしかったけど
……
」
降谷が熱を帯びた声で、小さく呟く。
「セックスはできんが、今夜は一緒に寝ようか
……
零」
「
……
はい」
深夜。誰も見ていないというのに、まるで隠れるようにして二人で布団の中に頭まで潜り込み、互いの熱がおさまるまで触れ合った。
子どもなのにいけないことをしている。そんな背徳感が、赤井の熱を絶え間なく煽り続けた。
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