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花月ゆき
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Heartfelt Memories
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Heartfelt Memories(旧題:記憶は心の底に)⑤
秀零の日。
記憶喪失&身体だけ縮んだ赤安(中学生)が、工藤邸で一緒に住んでいる設定です。
―
降谷Side 2月
―
毎月十日は、赤井と自分の記念日となった。
特に決まりはないが、その日は普段はしないようなことをするようになった。
手の込んだ料理を作ったり、どこかへ遊びに行ったり。毎月思い出がひとつひとつ増えていく。
先月は、阿笠博士からプレゼントをもらった。
赤色の車は赤井に。白色の車は自分に。コナンから手渡されたそれは、自分たちにとっての宝物だ。
ネットで調べると、赤色の車はマスタング、白色の車はRX-7というらしい。車のフォルムが美しいからだろうか。理由ははっきりしないが、心惹かれる車だ。
二月九日、金曜日。
目を覚ますと、家の中に赤井はいなかった。
降谷はリビングへ行き、自分たちの宝物の前に立つ。阿笠博士のくれたプラモデルは、ただのプラモデルではない。ボイス機能付きだ。
赤井と話し合い、赤色の車には赤井が、白色の車には自分が、相手に何か伝言があるときに声を吹き込むルールを作った。
赤井が自分に黙って先に学校へ行くとは考えにくい。おそらく赤井からの伝言が、この赤色の車に残されているはずだ。
予想していた通り、マスタングを裏返してスイッチを押すと、赤井の声が聞こえてくる。少し元気のない声だった。
『零君、おはよう。今日はピアノの練習があるから、先に学校へ行くよ』
「
……
そういえば今日からだったっけ」
来月の卒業式。一年生としては珍しく、赤井は式で歌う曲のピアノ伴奏をすることになったのだ。
事の発端は、つい先日、音楽の授業が終わったあとのこと。
人もまばらになった音楽室で、赤井が何か思い立ったようにピアノを弾きはじめたのだ。両手ではなく片手だったが、赤井がピアノを弾けることを知らなかった降谷は、ひどく驚いた。
音楽室に残っていた生徒たちと音楽教師は、彼が奏でるピアノの音色、そして彼がピアノを弾く姿に釘付けになった。
あとで聞いた噂話だが、卒業式にピアノ伴奏をする候補者は、二人いたらしい。二人は互いにライバル同士だったため、どちらを選ぶか音楽教師は頭を悩ませていた。
そのタイミングで、赤井のこの演奏である。音楽教師の目に留まったことで、赤井に白羽の矢が立ったのだ。
卒業式でピアノの伴奏をしてほしい。そう教師に懇願された赤井は、「見ての通り、片手しか弾けませんよ」と訴えたが、「これから一緒に練習しよう!」と、教師は一歩も引かなかった。
そのような出来事があり、赤井は音楽室でピアノの練習をすることになったのだ。
降谷は急いで支度をし、いつもより早く登校することにした。
あまり乗り気でなかった赤井の様子が気になったのもあるが、ピアノの練習をする赤井の姿を見てみたいと思ったのだ。
少し駆け足気味で学校に着くと、始業までまだ時間があるせいか、校内には人がほとんどいない。音楽室の前に辿り着いて、ようやく人の気配を感じた。
音楽室の窓からは中の様子がよく見える。そこには音楽教師だけではなく、なぜか複数の女子生徒たちがいた。赤井が弾く姿をうっとりした表情で見守っている。
音楽室の中に入らせてもらおうかと考えていたが、このタイミングで中に入ると、練習の邪魔になるかもしれない。
降谷は窓越しにこっそりと中の様子を窺うことにした。
しばらくすると、校内も賑やかになってくる。音楽室の前方にある時計を見ると、朝のホームルームの時間が近づきつつあった。今朝の練習は終わりのようで、教師が音楽室を出て行くのが見える。降谷は音楽室の出入り口へと向かった。赤井に練習の感想でも聞きながら、一緒に教室へ向かおうと思ったのだ。
ドアが半開きになった音楽室の前。降谷は中に入ろうと足を踏み入れようとして、ふと立ち止まる。ドアの隙間から、クラスメイトの女子たちが赤井を取り囲んでいるのが見えた。なんとなく息をひそめて、会話に聞き耳を立てる。
「赤井君はどんなチョコが好き? やっぱりビターとか?」
「
……
いや、チョコレートは苦手なんだ」
赤井の言葉に、どくりと胸が鳴る。
「そ、そうなんだ。じゃあ他に好きなお菓子はある? クッキーとか、スコーンとか
……
」
「いや、その手の物はどれも得意じゃなくてね」
「そ、そっかぁ
……
」
赤井の放った言葉を、降谷は信じられない気持ちで聞いていた。
つい先日、自分の作ったチョコレート入りのパンケーキを、赤井が美味しいと言いながら食べていたからだ。
あれはもしかして、嘘だったのだろうか。
パンケーキだけではない。クッキーもスコーンも、降谷が作ったものを、赤井は食べたことがある。そのときの赤井は、本当に美味しそうに口にしていたはずだ。あれは、自分を傷つけないための演技だったのだろうか。
予鈴が鳴り、音楽室の中にいたクラスメイトたちが慌てたように廊下に飛び出してくる。
赤井と一緒に教室に向かうつもりだったが、今はそんな気にはなれず、降谷は赤井に見つかる前に急いでその場から去った。
休み時間はいつも、赤井と一緒に話をしたり、校庭で遊んだりする。だが、今日はそんな気にもなれず、予習をし忘れたと嘘をついて、休み時間もひとりで黙々と教科書と向き合っていた。しかし、授業がすべて終わってしまえば、そんな言い訳も通用しない。
放課後は赤井と買い物へ行くことが多いので、いつもの流れで、赤井と一緒に下校することになった。よく行くスーパーに入ると、目立つ場所にバレンタインコーナーができている。赤井の視線がちらりとそちらに向かい、そっと戻ってきた。やはり、チョコレートは苦手なのかもしれない。
「
……
明日のことなんですけど」
「ああ。俺達の記念日だな」
赤井の声は弾んでいる。毎月、赤井も自分も、この日を楽しみにしているのだ。しかし降谷にとっては、複雑な気持ちでいっぱいだった。
「
……
チョコレートケーキを作ろうかと思っていたんです。バレンタインも近いので、材料も手に入りやすいですし
……
」
「
……
“思っていた”?」
「僕、あなたがチョコレートを苦手なこと、知らなくて
……
お菓子も、本当は苦手なんですよね? それなのに、これまで僕が作ったお菓子、全部食べてくれて
……
。その気持ちは嬉しいんですけど、もう無理はしなくていいですから
……
」
今日一日、胸の中で渦巻いていた感情を吐露すると、赤井の表情ががらりと変わった。
「零君、それは誤解だ!」
「誤解? そんなはずはないですよ。だってあんなにはっきり、クラスの女子たちに言っていたじゃないですか!」
「聞いていたのか
……
」
「あなたの練習を見に音楽室に行ったとき、偶然聞こえてきたんです」
赤井は、「あのとき、来ていたのか
……
」と呟く。自分には聞いてほしくない言葉だったのかもしれない。赤井はしばらく考えるような素振りをみせて、ようやく口を開いた。
「
……
実は、あれは嘘なんだ」
「やっぱり嘘なんだ
……
」
ここがスーパーでなければ、膝を折って地面に伏せていたかもしれない。それほどまでにショックだったが、赤井は困ったように微笑んで言った。
「ああ、違う。俺がクラスの女子たちに言ったことが嘘なんだ」
「
……
え?」
「あんな質問をされたら、バレンタインチョコを俺に渡そうとしているんじゃないかって思うだろう? だから、チョコやお菓子が苦手なフリをしたんだよ」
「なんでそんなことを? チョコでもお菓子でも、好きなだけもらえばいいじゃないですか」
「嫌だ」
「え?」
「俺は、誰からも貰うつもりはない」
はっきりとそう断言する赤井に、降谷は首を傾げた。本命以外からはもらわない主義なのかもしれないが、今やバレンタインは、親しい人や普段お世話になっている人たちとチョコレート交換をするのが主流になりつつある。チョコレートを渡す理由に、そんなにこだわる必要はないようにも思えた。
「そうなんですか? 本命チョコはダメでも、義理チョコとしてもらえばいいんじゃ
……
」
「たとえ義理でも、嫌なものは嫌だ」
「
……
そんなに嫌なのか」
こんなにはっきりと赤井から拒絶の言葉を聞いたのは、はじめてのような気がする。
「ああ。だから、君にチョコレートケーキを作ってほしい」
珍しく、赤井が前のめりになって言う。
誰からも貰うつもりがないのに、自分が作るものは良いのか。赤井の考えていることはよくわからないが、自分は一緒に住んでいる人間だから例外ということなのかもしれない。
「
……
わかりました。作りましょう。
……
そのかわり、あなたも手伝うんですよ?」
そう告げると、赤井が嬉しそうに笑って言った。
「ああ。お腹いっぱいになるように、ケーキは大きな型で作ろうか。日持ちする焼き菓子も作ろう。そうだ。甘い物の食べ過ぎはよくないから、君も、チョコやらお菓子やらは誰からも受け取らないでくれ」
自分にバレンタインにちなんだ何かを渡す女子がいるとは思えないが、赤井がもらわないのであれば、自分もそうしようと心に決める。
「わかりましたよ。食べ過ぎはよくないですからね」
実は甘い物が好きなのか。そう思いたくなるほど、自分の目の前にいる赤井は、満面の笑みを浮かべていた。
翌日、降谷は赤井と大きな大きなチョコレートケーキを作り、しばらくはおやつに困らないほど、焼き菓子も大量に作った。
そして、バレンタインの日。
なぜか自分のもとにも多くの女子生徒がチョコを持ってやってきた。申し訳ない気持ちもあったものの、赤井との約束を守り、降谷も誰からもチョコを受け取らなかった。
赤井も自分もチョコを一切受け取らなかったので、実はすでに恋人、あるいは好きな人がいるのではないかと学校中で噂になってしまった。誤解を解かなければと頭を悩ませる降谷に、赤井は、「そのままにしておけばいい」と言って笑った。
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