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花月ゆき
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赤安ワンナイト
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お題「♡」
ツンツンな降谷さんのデレが見たい赤井さんの話。
交際をはじめてからの降谷は、ずっとツンツンだ。ツンデレではない。デレがないので、ツンツンである。
赤井は降谷から届いたメッセージを見て、思わず微笑んでいた。
『たまたまその日は空いているので、いいですよ』
これは、赤井が送ったデートの誘いに対する降谷の返事である。
赤井がデートに誘うと、降谷は、“たまたま空いていたから”という言い訳を枕詞にして返事をしてくる。もちろん、それは嘘だ。多忙な彼がたまたま暇になることなど、まずあり得ない。その証拠に、降谷の部下である風見から、「赤井さんとの約束を守るために、降谷さんは鬼のように仕事してますよ」と、たびたび密告がある。
自分に対する言葉、態度とは裏腹に、降谷は自分とのデートの時間も大事にしてくれようとしているのだ。そんな降谷の様子を、彼の周囲にいる人間から聞くたびに、赤井は嬉しくてたまらなくなる。と同時に、なぜ、自分の前ではツンツンした様子しか見せてくれないのだろうかと、疑問に感じてもいた。
素直ではない彼も、とてつもなく可愛らしい。だが、たまには、素直な彼の姿も見てみたい。
少しでいい。次のデートで、その片鱗でも見せてはくれないだろうか。そんな期待も込めながら、赤井は降谷にメッセージを返した。
『ありがとう。楽しみにしているよ』
デートの約束の日。
約束の時間までには、まだまだ時間のある昼下がり。
待ち合わせは、十八時。降谷がポアロでの仕事を終えた後、二人で食事に行く予定になっている。
今日はたまたま夕方までのシフトだと言っていたが、降谷のことだから、自分とのデートに合わせて時間を調整したに違いない。彼のそんなところが、いつも愛おしい。
夕方になれば降谷に会えるとわかっていながら、赤井は待ち合わせの時間までおとなしく待つことができなかった。気づけばマスタングを走らせ、喫茶ポアロの前にいた。
ポアロでバイトをしている彼は、降谷零ではなく、安室透である。安室を演じる彼の前に姿を見せれば、降谷は演技をおざなりにして、自分を睨みつけてくるかもしれない。
そうは思ったが、それはそれで見てみたい気もして、赤井はポアロのドアを開いた。
「いらっしゃいま
……
」
入口に向かって微笑んでいたはずの彼の表情が、みるみる険しいものへと変わってゆく。
「ひとりなんだが」
あくまでも客として彼に接すると、降谷はすっと表情を変えて、カウンター席へと案内してくれた。ホットのコーヒーを頼み、店内をゆったりと見渡していると、スマホのバイブ音が鳴る。今、目の前で働いているはずの降谷からメッセージが届いていた。
『なんで来たんですか』
『君に会いたくて』
すぐに返事を書いて送る。降谷は素早くスマホを見てポケットにしまうと、自分に背を向けてしまった。
しばらくすると、降谷がコーヒーをトレイに乗せて運んでくる。すぐに去っていった彼を名残惜しく思いながら、赤井はカップを傾けた。コーヒーは普段から愛飲しているが、やはり降谷の淹れてくれるコーヒーが一番美味い。
ランチの時間は過ぎているので、店内には数人客がいるだけだ。その客もひとり、またひとりと減っていく。
会計後、降谷が客ひとりひとりに何か手渡しているのが気になったが、今は静かな空間と美味しいコーヒーを楽しむことにした。コーヒーのおかわりを頼んだタイミングで、店内にいる客が自分ひとりだけになる。すると、降谷が手のひらサイズの小袋を持ってやってきた。透明なラッピングの中にはクッキーがひとつ入っている。
「これ、どうぞ」
「
……
これは?」
「持ち帰り用のお菓子として、クッキーの試作品を作っているんです。今、お店に来てくれた人に配っているんですよ。本当は会計後に渡すんですが、あなたには今、渡します。このクッキー、コーヒーとよく合うので」
「ありがとう」
ラッピングの上には、油性マジックで『またのお越しをお待ちしてます♡』と書かれてある。ただ試作品を渡すだけではないところが商魂たくましい。とはいえ、語尾に“♡”を入れるのはどうなのか。まじまじとその記号を眺めていると、降谷が首を傾げた。
「
……
どうかしましたか?」
「この♡は
……
」
「ああ、それは梓さんの案です。文字だけだと味気ないらしいので
……
」
降谷が自ら書くとは思えない記号だが、ポアロの女性店員の案だったらしい。
「意図は理解できるが、あまり感心はできんな。勘違いする人間がいるかもしれん」
「勘違い? それはないですよ! これはリップサービスみたいなものなので」
降谷は無邪気な笑みを浮かべた。
降谷は、自身が周囲からどんな目で見られているのかをよくわかっていないらしい。女だけではなく男も、彼に惹かれる人間は山のようにいる。そんな人間が、彼から♡付きのメッセージをもらったら、どんな気持ちになるのか。もしも、カフェの店員がカップに電話番号を書くのと同じ類のものと受け取られてしまったら。勘違いする人間が出てもおかしくはない。
だが、もし勘違いする人間が出たとしても、彼はそれを巧みにかわしてゆくのだろう。それが“安室透”という人間でもある。
「他の人間の案とはいえ、君がこんなことをするとはな」
「今の僕は安室透ですからね」
「では、降谷零だったら?」
そう問いかけると、降谷は目を瞬かせたあと、眉を吊り上げた。
「は
……
絶対しませんよ、こんなこと!」
降谷の返事に、赤井は思わず笑みを零す。
彼の言う通り、降谷零がこういうことをするのは想像ができない。だが、見てみたい気もする。もちろん、他の人間に対してではない。自分に対してだけ、こういうことをする降谷が見てみたいのだ。
「俺にはしてくれないか。たまにでいいから」
俺は君の恋人だろう? そう続けると、降谷の顔がみるみる赤くなってゆく。
「で、できませんよ、そんなこと!」
「なぜ?」
その問いかけに、降谷は明らかに困ったような顔をした。「なぜって
……
」そう呟く彼の瞳は、ゆらゆらと困惑の色を浮かべている。
話題を変えるべきかと考えていると、降谷が小さな声で心の声を打ち明けた。
「恥ずかしいじゃないですか
……
」
「
……
」
降谷の言葉に、赤井の中で衝撃が走った。顔を赤らめて顔を背けた彼から、赤井は目を逸らせない。
これは初めての“デレ”ではないのか。
「そ、それより、コーヒーのおかわり淹れますね」
「あ、ああ
……
」
降谷が逃げるように自分のもとを去っていく。
それから彼と目が合うことはなかった。しかし、心が満たされているからだろう。クッキーはもちろんのこと、おかわりのコーヒーも、さらに美味いと感じた。
その後。店の中は再び客で満たされ、降谷と会話することはかなわなかった。
降谷のシフトが終わるタイミングで赤井は店を出て、マスタングを店の前に停める。店から出てきた降谷は、首に巻いたマフラーに顔を埋めて、もじもじとしていた。
赤井は目を見張った。彼と出逢ってもう何年も経つというのに、こんなに初々しい態度を見せてくれるとは。
これから食事に行くというのに、赤井は今すぐ二人きりになれる場所に降谷を連れ去りたくなった。
翌週。赤井は再び降谷をデートに誘った。
『今度の日曜はどうかな?』
『大丈夫ですよ』
降谷からはすぐにメッセージが届いた。いつものように“たまたま空いていたから”という言い訳はない。
『では、君の家に迎えに行くよ』
そう返事を送り、しばらく待つ。彼からの返事はない。
多忙な彼のことだ。もう仕事に戻ったのかもしれない。そう思っていると、再びスマホのバイブ音が鳴った。画面をタップすると、降谷から返事が届いている。
『ありがとうございます。楽しみにしています♡』
見間違いではないかと、赤井は目を見開く。驚きなのか、歓喜なのか。心臓が激しい音を立てている。混乱の最中、続けて降谷からメッセージが届いた。
『打ち間違えました。先程のメッセージは破棄してください』
まるで業務連絡のようなメッセージだ。きっとまた、彼のツンツンの源である“恥ずかしさ”が顔を出したのだろう。
赤井は笑みを堪えきれないまま、スクリーンショットを撮り、メッセージに保護をかけた。
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