草笛の下手な私
2025-09-16 21:25:15
907文字
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I know that I could never love again

「甘き死」 ゼノ
また会えるよ



今日は公園で犬に会ったんだ。むかし向かいの家に住んでいたのと同じ中型の雑種犬だった。僕は「やあ、セオドア」と口に出していた。その犬の名前がセオドアでないことはもちろん分かっていたし、僕が口を制御できなくなったわけでもない。声に出して言いたかったんだ。きみが「よおテディ」って言い直すのを思い浮かべた。雑種犬は飼い主のリードの先でそっと僕へ寄ってきた。アニマルセラピーが効いてしまったら嫌だなと思ったよ。彼は僕の手に頭を擦り付けて甘えてくれた。セオドアと同じだね。「お前はゼノが好きだよな」記憶の中の声が聞こえたのか、雑種犬はついと鼻を上げ、風の匂いを嗅いだ。「お腹が減ったのかい」そう尋ねると、タッと飼い主のほうへ駆けて行った。きみとの逢瀬はそこで終わってしまった。
そのあと家へ帰り、玄関のドアを閉めた。きみの名前を呼ぼうって、そう思ったんだ。Sの音が聞こえたところで息を止めた。公園と違い家の中は静かで、耳の奥で鳴る鼓動が壁に反響してうるさいくらいだった。

新世界の嘆きの一つに「喪われた思い出」があった。
ほぼ全ての文明が風化した世界にかつての人々を記録したものは残っていない。写真、映像、音声といった非記号的情報をこの世界で復元することは不可能だ。
けれど僕にはそれができた。人がカメラのシャッターを押すように、重要な瞬間は頭の中のアルバムへ、フィルムで覆われ保管されていた。僕はいつでもそこでスタンリーに会えた。

きみがたまに僕を見ていたことを、僕は知っていた。僕もきみを見ていたから、同じことだと思っていた。
きみがいつも僕を見ていたことを、僕は知っていた。
知っていた。それだけだった。

きみがいない世界を僕は生きている。
公園を散歩して犬を触ったりしているよ。
今の僕を見たらなんて言うのかだいたい想像はつくよ だけど教えてくれないか
きみの口から

スタンリー
生きて再びきみに会うことはないだろう
答えは聞けないね

僕の中のきみにはいつでも会えるけれど
写真をなくした人たちは誰かと未来を築く
きみが知らなかったはずはない
きみの唯一のわがままに僕は従おう
スタンリー