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花月ゆき
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赤安ワンナイト
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お題『あまのがわ』
身体の縮んだあかいさんが、正体を隠してふるやさんに逢いに行くお話。
新蘭みのある赤安です。
赤井が行方不明になってから、一年が過ぎようとしている。
組織壊滅後。赤井たちFBIが米国に帰ってから一ヶ月も経っていないある日、赤井は突然消息を絶った。組織の残党絡みの事件に巻き込まれたのではないか、というのがFBIの見解で、すぐさま赤井の捜索がはじまったが、捜索はひどく難航した。
降谷も米国に行き捜索に加わりたいと願い出たが、公安の上層部からの許可は得られないまま。時間だけが残酷に過ぎてゆく。
この一年、降谷が赤井を忘れたことは一度もなかった。米国に行くための交渉も幾度も繰り返したし、ジョディやキャメルたちに捜索の状況を聞き、自分で出来得る限りの情報収集と助言をした。日本に来ている可能性もあるかもしれないと、入国履歴を調査したりもした。しかし血眼になって探しても、赤井は見つからなかった。
FBIの中でも、赤井はもう生きてはいないのではないか、という見解を持つ人間が出てきているという。日に日に捜索に割ける人員も減っており、そろそろ捜索は打ち切られるかもしれない
――
今日ジョディから届いたメールには、そのような内容が書かれてあった。
このままでは本当に、消えた赤井に追いつけなくなってしまう。やはり自分の足で、赤井を探しに行きたい。
一年もの間、抑え込んでいた気持ちはもう止められず、何度目かもわからない交渉をしに行くために、降谷は警察庁へと向かった。
警察庁に向かう途中。ふと近くにある公園の様子が降谷の目に飛び込んできた。人が集まっているので、何か事件かもしれない。そう思い足を向けてすぐ、降谷は自分の思い違いであったことに気づいた。
今日は七月七日。公園の中には七夕のイベント用に広いスペースが設けられていて、願い事の書かれた短冊が笹の葉とともに揺れている。短冊には誰でも自由に願い事を書き込めるようになっているようだ。長机の前に人だかりができているので、そこで願い事を書いているのだろう。
老若男女問わず、皆が思い思いに願い事を書き連ねている姿を見ているうちに、降谷は何かに手引きされるように、歩を進めていた。我に返ったときには、「どうぞ」と短冊を渡されていて、今更断ることもできずに、降谷はその場に置いてあったペンを手に取った。
七夕の願い事は、織姫に届くものだと聞いたことがある。この世に存在しない者に願い事を託すなんて、自分らしくない。願い事は自分で叶えるものだ。そうは思ったが、もし、赤井の行方不明が神のいたずらならば、少しくらい天の力をかりても良いのではないかと降谷は思った。
順番待ちができはじめているので、降谷は素早く短冊に願い事を書いた。自分が書いたことがバレないように、筆跡を崩し、名前も書かなかった。
『アイツが戻ってきますように』
そう書いた短冊を笹に吊るし、降谷は公園をあとにした。
警察庁に辿り着くと、風見が困ったような表情でこちらに近づいてきた。風見は、五、六歳くらいの男の子を連れていた。迷子かと思ったが、どうも様子がおかしい。
「風見、その子は?」
「実は、警察庁(ここ)の玄関ですれ違ってからずっと、自分に付いてきているんです」
「その子の親は?」
「それが、質問してもこたえてくれず
……
」
降谷は腰を屈めて、その少年を間近で見た。黒髪に碧色の目。ベースボールキャップからは、癖のある黒髪が覗き見える。
降谷は驚いた。以前、赤井に幼少期の写真を見せてもらったことがあるが、その写真に写っていた赤井とこの少年はひどくよく似ている。
自分が赤井のことばかり考えているから、この少年が赤井に似ているように見えるのかもしれない。そうは思ったが、自分のそんな特別な感情を差し引いても、この少年は赤井に似すぎている。
降谷は少年を怖がらせないよう、優しい声音を作って問いかけた。
「
……
君、名前は?」
「ダイ」
自分には教えてくれなかったのに
……
と、風見が独り言を呟いていたが、降谷は構わず続ける。
「ダイ君か。歳はいくつ? わかるかな?」
「五歳!」
左手を広げて少年は言った。左利きだろうか。
「
……
五歳か。お父さんやお母さんは?」
「わからない!」
「君は、どこから来たの?」
「わからない!」
本当にわからないのではなく、明らかに嘘をついているような口調だった。
「どうして、警察庁(ここ)に来たの?」
「
…………
」
少年は何もこたえない。降谷は家出の可能性も視野に入れることにした。
「風見、この子に該当する捜索願いが出ていないか、調べてくれないか」
「わかりました。すぐに調べます!」
風見が駆け足で去ってゆく。本来ならば、別の部署に頼むべきことなのだろうが、なぜか降谷はそんな気持ちにはなれなかった。
取調室に連れて行くわけにもいかないので、降谷は少年を休憩室へ連れて行くことにした。自販機の前へ行き、少年の好きなジュースを買ってあげることにする。
少年の身長では自販機のボタンに手が届かないので、降谷は背後から少年を抱き上げた。
少年の手は一度ブラックコーヒーに伸びたあと、しばし迷う素振りをみせて、その隣にあったアイスココアのボタンを押す。紙コップに注がれる液体を見る少年は、何か考え事をしているような目をしていた。
降谷はアイスカフェオレを選び、二人分の紙コップを持って、部屋の壁際にあるソファへ移動した。アイスココアを手渡すと、少年は零さないように気をつけながら、こくこくと勢いよく飲みはじめた。喉が渇いていたのかもしれない。紙コップの中身がすぐに空になったので、降谷は再び自販機の前へ少年を連れて行った。
すると、少年はまたしてもブラックコーヒーに手を伸ばしたあと、しばし迷う素振りをみせて、今度は斜め上にあるジンジャーエールのボタンを押した。
「コーヒーが好きなのかい?」
ソファの上でくつろぎながら問いかけると、少年は視線を俯かせて言った。
「好きだけど、今はあまり飲まないようにって言われてるんだ」
「どうして?」
「オレが子どもだから」
自身が子どもであることに納得のいっていないような声音。
少年にとっては、早く大人になりたくて背伸びをしたがる時期なのかもしれない。降谷は微笑ましい気持ちになった。
そのあとも、降谷はいくつか少年に質問をしたが、自身の出生や住んでいる場所がバレるような質問には一切こたえなかった。五歳の子どもの姿からは想像もできないほど、少年は頭の回転が早い。どうすれば情報を聞き出せるだろうかと降谷が思案していると、膝の上にやわらかな重みが加わった。
見下ろせば、自分の膝に頭を乗せて、少年が目を閉じている。しだいに寝息が聞こえはじめて、降谷は驚いた。はじめて会ったばかりの人間の膝の上で寝るなど、普通の人間、いや、子どもでも、なかなかできるものではない。
少年が自分を信用している証であるともいえるのだろうが、出会ってまだ間もないのに、少年がそう判断した理由もよくわからない。
「これはまた随分と懐かれてしまいましたね
……
」
視線を上げると、休憩室の入口に風見が立っていた。少年を起こさないよう、降谷は声を抑えて風見に問う。
「ああ、そうみたいだな
……
それで、何かわかったか?」
「現時点で、この子に該当するような捜索願いは一切出ていませんでした。それから、玄関の監視カメラを確認したのですが、この少年がここに来たのは、どうやら初めてではないようです」
「なに?」
思わず大きな声が出てしまい、降谷は慌てて少年を見る。少年はすやすやと眠ったままだった。
少年へと視線を向けた風見が、声を抑えながら言う。
「
……
今のこの状況を見るに、この少年は降谷さんを探していたのではないでしょうか?」
「なぜ、僕を
……
」
「この少年、FBIの赤井捜査官にそっくりですよね。実は赤井さんの血縁者で、一緒に赤井さんを探してほしくて降谷さんに助けを求めに来たとか
……
何か事情があるのではないかと
……
」
「赤井の、血縁者
……
」
果たして五歳の男の子が、赤井の血縁者にいただろうか。思案しかけたところで、風見が慌てたように言った。
「ああ、いや、隠し子とかそういう意味ではなくて、親戚の子かな、と
……
。それより、この後どうされますか? 担当部署に引き継ぎますか?」
この状況であれば、風見の言う通り、隠し子を疑うのがセオリーだろう。しかし、それは違うような気がした。もしこの少年が赤井の子だとすれば、相手の女性の容姿や特徴が何かしら受け継がれているはずだが、この少年にはそれが一切ない。
工藤新一や宮野志保のように、薬で身体が縮んだ可能性も否定はできないが、彼らは記憶を保ったまま子どもの姿になっている。この少年の言動においては、少し大人びているだけで、ただの子どもにしか見えない。子どものフリが超絶に上手かった、とでもいうようなことがない限り、身体が縮んだ可能性は低いだろう。
今日は、渡米する了承を得るためにここへ来たのだが、今はこの少年の正体を探るべきかもしれないと降谷は思った。この少年を暴けば、いずれ赤井に繋がる。まだ根拠といえるような証拠は何ひとつない状況ではあるが、自分の勘がそう告げていた。降谷は風見に言った。
「いや、僕の家でしばらく面倒を見ることにするよ。君の言う通り、何か事情がありそうだしな
……
」
少年は家族のことを話したがらないし、捜索願いも出されていない。誰かが少年を迎えに来る可能性は、現時点では低いと降谷は考えていた。
「わかりました。引き続き、この子に該当する事件や捜索願いがないか確認しますので、何かあれば報告します」
「ああ。頼んだよ、風見」
自分たちの会話で目を覚ますこともなく、少年は安心しきったような顔で眠っている。起こすのはかわいそうな気がして、降谷は少年を抱きかかえ、愛車へと向かった。
助手席に少年を寝かせた状態で愛車を発進させてから、降谷はこれからこの少年とどう過ごしていくべきか考えた。家にある衣類や食器などは大人のサイズしかないので、この少年が使えるサイズのものは一通り揃えておく必要がある。冷蔵庫には食料が何も入っていないので、スーパーに買い物にも行かなければならない。
もちろん降谷は子育てなどしたことがないので、すべてが手探りの状態だ。何かあったときのために、腕の良い小児科医も見つけておくべきだろう。あれこれ考えを巡らせているうちに、赤信号に捕まった。
フロントガラスには、少年の寝顔が映っている。少年は寝返りを打ち、正面にあった顔をこちらへと向けた。少年の顔の作りがとてもよく見える。見れば見るほど、赤井の見せてくれた幼少期の写真とそっくりだ。今はいない、赤井の面影が重なっていき、自然と目頭が熱くなる。
「
……
赤井」
彼の名を呟くのと同時に信号が青へ変わり、降谷は慌てて車を発進させた。すると、自分の声が聞こえていたのだろう、少年がゆっくりと目を開く。
「
……
ん? あかい?」
ガラス越しに差し込む強かな夕陽の光に、少年が眩しそうに目を細めた。
降谷は誤魔化すように言った。
「ああ、起こしてごめんね。
……
あまりにも夕陽が赤かったから、つい、ね。今日はよく晴れているから、天の川が見えるかもしれないよ。天の川は知っているかい?」
起きたばかりだというのに、少年はぱっちりと目を開けてこちらを見上げてきた。
「うん。知っているよ。今日は天の川に橋がかかって、織姫と彦星が再会できる日なんだよね」
「そう
……
一年に一度の、特別な日だ」
天の川に橋がかかるように。今日、赤井の行方に繋がる手がかりが掴めたら良いのに。短冊にしたためた願い事を思い出しながら、降谷は暮れゆく空へ視線をやる。
「お兄さんにも、逢いたい人とかいるの?」
再び赤信号に捕まる。愛車のエンジン音が低く響く中。まるで降谷の心の中を読んだかのように、少年が問うてきた。降谷は少し考えて、口を開く。
「
……
そうだね。ずっと逢いたくて探し続けている人がいる。FBIに所属している、赤井秀一っていう男なんだけどね」
赤井の名を出すことで、何か反応があるかもしれない。そう思ったが、少年は意外な反応を返した。
「お兄さんの恋人?」
降谷は目を見開いた。少年の目は真剣だ。
降谷は右手をハンドルにやわらかくそえて、左手でギアを優しく包んだ。信号が青に変わったので、迷いなくアクセルを踏む。
「いや
……
僕の片想いさ」
ふと、フロントガラス越しに少年の顔が赤く染まったように見えたが、夕陽のせいだろうと降谷は思った。
――
後日。このダイという少年の正体が赤井であることが判明し、今度は降谷が行方をくらます出来事が起きるのだが
……
それはまた別の話。
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