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花月ゆき
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赤安ワンナイト
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お題『キラキラ』
組織壊滅後。両片想いの赤安(ライバボあり)。二人の恋愛レベルを小学生まで下げました。
とあるビルの屋上で、降谷は双眼鏡を片手に不服そうに言った。
「本当にこの場所でいいんですか?」
「ああ。ここからなら、標的に気づかれずに狙撃もできるからな」
組織の残党たちが落ち合うとされているビルから何百メートルも離れた場所で、赤井は降谷とともに待機していた。
予定の時刻になったら、現場のビルを監視するのが今回の自分たちの役目なのだが、残党たちはライとバーボンの顔を知っている可能性があるからと、公安やFBIの他のメンバーと異なり、現場からは距離を置かなくてはならなかった。「君は、警察庁のモニターで監視していればいい」と赤井は降谷に言ったが、降谷は首を縦には振らず、「あなたに付いて行きます」と言った。安全な場所から指示だけを出すやり方を、降谷は好まないのだろう。赤井は降谷の意思を尊重した。
もしものときに備えて、ライフルバッグからライフルを取り出し、準備をはじめる。深夜のためか、周囲に人通りはほとんどなく、この場所は静かで集中しやすい。監視や狙撃をするには最適な空間だ。
ふと顔を上げると、降谷は空を見上げていた。街の灯りに負けじと、空には星がきらきらと輝いている。降谷が人差し指を天に向けて言った。
「今、流れ星が見えましたよ」
その瞬間。赤井の脳裏に甦る記憶があった。あの日から何年経っただろう。その記憶は、赤井がライとして、降谷がバーボンとして、組織の任務にあたっていたときのものだ。
とあるビルの屋上で、バーボンは双眼鏡を片手に不服そうに言った。
「本当にこの場所でいいんですか?」
「ああ。上からの指示だ」
とある大企業の社長と組織の人間が取引を行うとされているビルから、百ヤードほど離れた場所で、ライはバーボンとともに待機していた。取引相手の社長には黒い噂が絶えず、組織に不利なやり方で取引をしかねないリスクがあったため、取引現場を見張れとの指示が上から降りていたのだ。
「この距離
……
相手側にスナイパーがいたら、僕達の存在に気づかれてしまいますよ」
「
……
そうだな。対象の周辺が怪しい動きを見せたら教えてくれ。俺は奴を見張る」
バーボンの意見は正しいが、上の指示に逆らうのは得策ではない。そう目で告げると、バーボンは不満そうな表情を浮かべながらも、仕方がないものだと諦めたようだった。
ライはライフルを構え、スコープ越しに取引現場となるビルを視界におさめる。時刻は午前二時過ぎ。ビジネス街のためか、周囲のビルの灯りは消えている。そのおかげで、灯りのついている取引現場は視界に捕らえやすかった。
ライフルの最終チェックを終えて、あとは取引が予定されている時刻まで待つのみとなった頃。
バーボンが人差し指を天に向けて言った。
「今、流れ星が見えましたよ」
「流れ星?」
「ええ。そういえば、今夜はペルセウス座流星群がよく見えるらしいですよ。ニュースで言っていたのを思い出しました」
「
……
そうか」
ライが空を見上げると、ちょうど真上にあった星がすっと流れ、瞬く間に消えていった。バーボンも同じ星を見ていたのだろう。「あ、また!」と小さな声を上げる。取引予定の時間まで、まだ余裕がある。良い暇つぶしができたと思いながら空を見上げていると、バーボンが楽しそうな口調で話しはじめた。
「『流れ星に願い事を三回唱えると願いは叶う』ってよく言いますが、なかなか難しいですよね。多くの流れ星が一秒も経たずに消えてしまいますから」
「
……
そうだな」
「これには、『咄嗟に三回唱えられるほど、願い事を常に強く意識していれば願いは叶う』という教えも込められているそうですが
……
子どもの頃はそんなこと知らなかったので、早口で何度も何度も願い事を唱えることに挑戦したりしたものです。まぁ、難しすぎて、僕は結局諦めてしまったんですが、近所に住んでいた女の子たちは全然諦めなくって。『好きな男の子の名前を一回でも唱えられたら、両想いになれる』っていうおまじないを新しく編み出したりして頑張っていたようです。年頃の女の子たちの願い事は、恋にまつわるものが多いですからね。瞬く間にそのおまじないは近所に広がりましたよ」
「随分と都合の良いおまじないだな」
「そうですね。でも、彼女たちはそれくらい一生懸命だったってことです。それでそのあと彼女たちはどうなったかというと
……
これがなかなか一回唱えるのも難しかったらしくて、一度や二度では成功しなかったそうです」
「子どもには難しいだろうな」
「ええ。一秒もない時間の中で、目で流星を捕らえてすぐに唱えなければいけないので、難易度はすごく高い。それに相手の名前が長ければ、さらに難しくなる。ああ、あなたのコードネームは二文字ですから、成功しやすそうです」
「それは、本名でないと意味がないんじゃないか?」
「そんな細かいことはいいんですよ」
「そういうものか
……
」
静寂が降りた。バーボンは飽きもせず空を眺めている。特にすることもないので、ライも再び空へと目を向けた。すると、ちょうど北東の方角から、眩い光を放つ流星が降りてきた。
その刹那。
バーボンが「ライ!」と声を上げるのをライは聞いた。バーボンは目をきらきらと輝かせて言った。
「ほら、僕の言った通りだったでしょう? あなたの名前、ちゃんと星が消える前に言えましたよ」
「
……
」
偽名とはいえ、“好きな男の子の名前を一回でも唱えられたら、両想いになれるおまじない”とやらをバーボンは試したことになるのだが、それは構わないのだろうか。バーボンに問いただしたくなったが、バーボンは得意気な表情を浮かべ、上機嫌である。バーボンの機嫌を損ねないためにも、ライは黙っていることにした。
取引予定の時刻になるまで、バーボンは何度も「ライ!」と自分の名を流れ星に向けて唱え続けた。まるでバーボンに愛の告白をされているようだと、ライは錯覚しそうになった。
「
……
前にも、君と流星を見たことがあったな」
過去の自分たちのことを思い出し、赤井は微笑む。降谷もつられるようにして微笑んだ。
「そういえば、そんなこともありましたね。今日もあの日と同じ、ペルセウス座流星群がよく見える日らしいですよ」
「
……
そうだったか」
「ええ。
……
赤井、あの日話した“おまじない”のこと、覚えてますか?」
「ああ。流星が消える前に、名前を唱えるまじないの話だろう?」
「そう、それです。『ライ』はすぐに成功しましたけど、『あかい』はどうですかね
……
一文字増えてしまいましたし」
まさかまた試すつもりなのだろうか。
赤井が顔を上げると、ちょうど頭上に流星が現れた。「あかい!」と降谷が声を上げる。想定通り、降谷は自分の名を唱えた。しかし、一文字増えたことで難易度が上がったようで、「微妙に間に合わなかったな」と降谷が残念そうに呟くのが聞こえた。
余程悔しかったのだろう。それから何度も、流星を見つけるたびに、「あかい!」と降谷は声を上げ続けた。しかし、あともう少し、というところで星は消えてしまう。降谷の声がだんだん苛ついていくのが面白かったが、彼の機嫌を損ねたくはないので、もちろん本人には言えない。だが、どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「なんですか、その顔。あなたも一度やってみればいいんですよ。すごく難しいんですから」
予定の時間までまだ余裕はある。赤井はライフルを置いて、空を見上げた。こうして空を見上げると、思っていた以上に、星の数が多いことに気づく。いつ、どこで、どの星が流星に変わるのか。予測するのは難しい。予測できないのならば、すべての星に意識を向けるしかない。
数分ほど待っていると、ようやく視界の左側に光を放つものが見えた。
「降谷君!」
声を上げるが、彼の名を言い終えぬうちに星は消えてしまう。降谷が挑発的な声音で言った。
「全然間に合ってませんよ。五文字に挑戦するなんて、あなたも無謀なことをしますね」
それもそうだな、と赤井は思った。脳裏に、降谷が持つ名前を思い浮かべる。降谷零、安室透、バーボン。その中から選んだのは
――
。
「零!」
流星を視界に捕らえるのと同時に、彼の名を唱える。自分が彼の下の名を呼び捨てにするのが初めてだったからだろう。隣で降谷が、驚きの声を上げた。
「なっ
……
」
「間に合ったぞ、降谷君」
「卑怯だぞ、赤井!」
卑怯も何も、彼の下の名前が二文字だっただけのことだ。しかも、彼の本名である。ルール違反はどこにもない。降谷が何と言おうと、ルールに則して成功しているのだ。
降谷が随分と悔しそうにしているので、赤井は思わず笑ってしまう。
「ところで君は、まだ成功していないのかな」
降谷がこちらを睨む。自分の挑発的な言い方に、降谷は闘志を燃やしはじめたようだった。彼はこれまで以上に真剣な目つきで空を見上げ、星が流れる瞬間を今か今かと待っている。そのとき、一際目立つ流星が視界に映った。その流星は、これまで見た中で一番眩しく、長い時間をかけて降りてくる。
「あかい!」
降谷は名前を唱え終えると、満足気な表情でこちらを見た。「どうだ! あなたより一文字も多く唱えましたよ!」と彼の表情が告げている。まるで子どものように無垢で無邪気で。目をきらきらと輝かせて。赤井がついからかいたくなってしまうほどに、降谷は可愛らしかった。
「ところで、このまじないが成功すると、何が叶うんだったかな」
赤井が問いかけると、降谷がハッと我に返ったような表情を浮かべる。
あの日のバーボンと同じように、名を唱えることに一生懸命で、おまじないの中身を意識していなかったのかもしれない。降谷はくるりと自分に背を向け、言い放った。
「そ、そんなこと、もう忘れました!」
おまじないの中身を意識しはじめた途端にこの態度。
降谷の背中を見つめながら、赤井は降谷を背後から抱きしめたい気持ちに駆られた。衝動にも近い感情に突き動かされて、一歩、前に歩み出る。
ふとそのとき、スマホのバイブ音が響き渡り、赤井は我に返った。自分のスマホは鳴っていない。
降谷が素早く自身のポケットからスマホを取り出し、画面をタップした。
「風見か」
『降谷さん、予定より早いですが、例のビルに残党が入りはじめているようです』
周囲が静かなので、赤井の耳にも、風見の声がはっきりと届いた。
「了解。各自、配置につけ」
降谷は凛々しい声でそう言い放つ。その一方で、スマホのディスプレイの灯りに照らされた降谷の顔は、赤色に染まっていた。
これは期待してもいいのだろうか。赤井は胸が高揚するのを自覚する。
今夜この仕事を終えたら、降谷と一緒に、おまじないの効果を確かめ合うのもいいかもしれない。
赤井がライフルを構えるのと同時に、一際激しい光を放つ流星が、自分たちの頭上を駆け抜けていった。その星は、人々の願いを乗せて、宇宙のかなたへと消えていくのだろう。
残された星たちは、願い事の行く末を見守るように、朝陽が灯るまで、きらきらと輝き続けていた。
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