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花月ゆき
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赤安かけた
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完璧で不器用なあの子
赤安で復縁ネタです。全力でハッピーエンドです。
「二人の人を同時に愛せるほど、僕は器用な性分じゃないので」
黒の組織壊滅後。別組織の潜入捜査のため、標的の娘と交際することになり、あかいさんに別れを告げたふるやさん。
三年後、あかいさんの目の前に現れたふるやさんは…
※なんでも許せる方向け
――
彼
か
の日。赤井は降谷と別離した。
夕刻の時間。赤井は降谷に呼び出され、警察庁からそう遠くはない公園へと来ていた。
人はまばらで、自分たちの足音だけがやけに大きく響いて聞こえた。天を仰げば、夕陽の光も届かぬほど、空には雲が重く積み重なっている。
今にも雪が降りそうだと考えていると、視界に粉雪が散らつきはじめた。
外の世界は、息が白くなり、手もかじかむほどの寒さだ。コートのポケットに手を入れたかったが、それ以上に、降谷と手を繋ぎたい気持ちがあった。
降谷の手を見る。ニットでできた赤色の手袋が視界に入り、赤井は静かに微笑んだ。赤色が嫌いだと言っていた彼は、自分との交際がはじまると、その発言自体が嘘だったかのように赤色の物を身に着けるようになった。この色しか残っていなかったんですよ、と言い訳を重ねる彼が愛らしかった。
降谷は一言も喋らずに、ただ静かに歩いていた。自分を呼び出したということは、何か用事があったのだと思う。だが、彼が話を切り出そうとする気配はない。
あたりはだんだんと暗くなってゆく。これ以上寒くならないうちに、ひとまず今は暖かい場所へ連れていくべきだろう。
『降谷君、どこか店にでも入ろう。このままここにいれば、風邪を引く』
降谷が歩みを止めた。自分を見つめる降谷は、今にも倒れそうなほどに血の気を失っていて、赤井は息を呑む。降谷がゆっくりと口を開いた。
『標的の娘と、交際することになりました』
彼の言葉を理解するのに、数秒時間がかかった。
『
……
それは、君が今、潜入している組織の関係者のことか?』
『ええ。標的の懐に潜り込むにはそれが最適だと上が判断したんです。先月から、水面下で動いていました』
『
……
』
彼の言葉の続きを想像して、耳を塞ぎたくなる。しかし、どんな言葉でも、彼の言葉を拒絶することは自分にはできなかった。
『だから
……
僕とはもう終わりにしてください』
『降谷く
……
』
『彼女は鋭い女性です。本気で愛さなければ嘘であることがバレてしまう。
――
二人の人を同時に愛せるほど、僕は器用な性分じゃないので』
呼吸が止まる心地がした。我に返り、思い出したように息を吸って吐くと、震えた白い息が目の前で散る。
彼の告げた言葉は、かつて、自分が口にした言葉でもある。こう言えば、自分が断れないことを彼はわかって言っているのだろう。
君はずるい男だ
――
そう言ってやりたかったけれど、喉元まで込み上げた言葉は行き場を失い、粉雪のようにどこかへ消えていってしまった。
彼の手はかわいそうなほどに震えている。それを見ただけで、この言葉を告げるために彼がどんなに苦しんだのかが手に取るようにわかってしまったから。
『
……
わかった』
そう告げるのが精一杯だった。降谷は肩を震わせた。一瞬、泣きそうに顔を歪めて、それでも笑顔を必死に作ろうとする。
かわいそうで、いじらしくて、それでも、国のために身も心も捧げようとする彼の魂はどこまでも高潔で、伸ばしかけた手は宙で彷徨うことしか許されない。
ふと、降谷の視線が自分の手に向けられているのがわかった。降谷は自身の手袋を外して、自分の手にそっと触れた。
『寒いでしょう。これ、あげますから
……
。風邪引かないように、気をつけるんですよ』
震えるその手で、自分の手にその手袋をはめようとする。彼にとって、最後の贈り物のつもりなのだろう。
彼がいま身に着けていた、たったひとつの"赤"が、自分に渡される。
自分たちはこれで終わったのだと、赤井は愛の終焉を受け入れるしかなかった。
彼
か
の日から三年が経った。
テレビに映し出された日付を見る。ちょうど三年前の今日が、自分たちの別離の日だった。
彼のいない灰色の世界には似つかわしくないほど、今日の東都の空は青色が広がっている。朝の番組では、アナウンサーが二十日以上も雨が降っていないと告げていた。全国に乾燥注意報が出され、火の取り扱いに注意するよう呼びかけもされている。
彼と別れてからずっと、自分の心も乾ききったままだ。三年前のあの日を最後に、彼との連絡は途絶え、潜入先で彼がどんな動きをしているのかもまったくわからない状態が続いていた。
FBIからも捜査官が数人その組織へ潜入したが、赤井への命が下ることはなかった。ジェイムズからの情報によると、先月、難航しつつも組織は壊滅したが、降谷の行方はわからないままだという。自分には彼に連絡して安否を確かめる権利すらないように思われて、今はただ彼が無事であることを祈ることしかできずにいた。
赤井は降谷と別れた公園に来ていた。毎年この日になると、この公園に訪れるのが自分のなかでの決まりになっていた。
昼間で快晴だというのに、今日もあの日と同じようにひどく寒い。ニットの手袋に包まれた手だけが、ほんのりと温かかった。
赤井は、今もなお、未練がましく降谷からもらったあの手袋を使い続けている。ほんの少し糸がほどけてしまったが、なんとなくそのままにしていた。
「大丈夫かい?」
近くで聞こえた声に、赤井は目を見開いた。声のした方向を見れば、ひとりの男が、転んでしまったのだろう小さな女の子に手を差し伸べているのが見えた。その隣には、その男と同年代だろう黒髪の女性が立っている。膝を擦りむいて痛いのだろう、小さな女の子は大きな声で泣きはじめた。
痛いの痛いの飛んでいけー。そう告げる男の瞳の優しさに、時の流れの残酷さを見た。三年という歳月は、偽りの愛が真実になるには十分な長さだ。
標的の男は警察に身柄を拘束されているが、その娘に罪状はなかったと聞いている。愛が芽生えたあと、彼が彼女と愛を育ててゆく未来があったとしても不思議ではない。いや、不思議どころか、実際に目の前に存在しているのだ。
赤井は、震える自分の手を強く握り締める。自分はこの光景をもっとも恐れていたのだと、改めて思い知る。
ふと、その男が自分の視線に気づいたのがわかった。目が合うのと同時に、男の目が驚きで大きく見開かれる。
「あ
……
赤井?」
赤井は咄嗟に言葉を発することができなかった。
降谷は三年前と変わらぬ姿のまま、自分の目の前に立っている。もし自分が今、三年前の自分だったならば。きっと彼の腕を引いて、ここから連れ去ってしまっていただろう。
だが、今の自分は、何もできずに佇んだままだった。ただひたすらに、自分は彼にとってどうあるべきかを、頭の中で考え続けていた。
この三年間の想いを叩きつけてやりたい気持ちが半分、ただ静かに彼の幸せを祈りたい気持ちが半分。答えが出ぬまま、静かに時間だけが通り過ぎてゆく。
自分たちの間にある空気に、何かを悟ったのだろう。隣にいた女性は降谷に何かを言い、子どもは降谷にバイバイと手を振った。降谷も手を振り返し、二人を見送る。
そしてこの場には、自分と降谷だけが残された。
「
……
元気そうで良かったよ」
そう告げるのが精一杯だった。降谷は肩を震わせた。一瞬、泣きそうに顔を歪めて、それでも笑顔を必死に作ろうとする。
「
……
ええ、あなたも」
そう告げた降谷の視線が、自分の手に注がれているのがわかった。三年前に彼からもらった赤色の手袋。ほどけた糸もそのままに、まるで形見のように大事にしていた彼からの最後の贈り物。
降谷は何も言わずに、しばらく赤色の手袋を見つめ続けた。「ずっと持ってたんですね」そう呟くと、堰を切ったようにその瞳から涙を零した。その美しさに、赤井は目が離せなくなる。周囲から彼の泣き顔が見えないように、赤井は降谷のすぐ目の前まで近づいた。
「
……
降谷君」
三年振りに名を呼ぶ。ひどく胸に沁みる名だ。降谷は目を伏せた。地面に涙の跡がいくつも落ちていく。
「僕の潜入は
……
失敗したんです」
思いもよらぬ言葉が聞こえ、赤井は彼の顔を覗き込んだ。
「
……
何があった?」
「
……
僕の作戦は完璧でした。それでも、最後の最後で、彼女に嘘を見破られてしまった
……
」
「じゃあ、さっきの女と子どもは
……
」
降谷が顔を上げる。何か言いたいことがあるとき、すっと泣き止むところが彼らしい。
「僕はたまたま目の前で転んだ女の子を助けてあげただけですよ。隣にいた女性は、あの子のお母さんだと思います。あの親子と僕は、何の関係もありません。礼を言って帰って行かれました」
赤井は長く息を吐く。冷静な判断ができていなかった自分を恥じるとともに、安堵する気持ちを抑えられない。自然とそれは声音にも表れる。
「すまない、勘違いしていた。それで、なぜ君ほどの人間が失敗を
……
」
降谷にキィと睨まれて、赤井は思わず仰け反る。
降谷が自身の両手をぐっと強く握り締めるのが見えた。当時の感情を思い出しているのかもしれない。
降谷の潜入が失敗したということは、作戦の練り直しも発生しただろう。彼は自身の無力感に苛まれる日々を過ごしていたに違いない。失敗したからこそ、それを挽回するために、今までにしたことのないような無茶もしただろう。彼の抱えた辛さや苦しみは、いかほどだっただろうか。想像するだけで、胸が痛む。
怒りのような、悔しさのような、けれどそれを覆い尽くすほどの激情を纏って、彼は言う。
「あなたを愛さなければ、あの潜入は成功していたんです」
「
……
」
周囲から自分たちに視線が注がれているのにも構わず、赤井は降谷を強く抱き寄せた。降谷の涙は遂に止まらなくなった。ひどく乾ききった寒い日だったのに、身も心も溶けそうなほどに熱く感じる。
降谷の両手が赤井の胸を叩いた。赤井はそれを静かに受け止めながら、降谷の胸の内から溢れ出る言葉を聞く。
彼と自分は、逢えない間もずっと、同じ想いを重ねていたのだと知った。
「あなた以外の人を愛せなかったんです。僕は、潜入中もずっと
……
ずっと、あなたを
……
あなただけを愛していました」
「
……
零」
「赤井ぃ
……
」
先程の転んだ子ども以上に、降谷は泣きじゃくる。
降谷の痛みはどこにもやらずに、すべて自分が引き受けよう。
そしてこれから先ずっと、赤井は降谷を独り占めにすることを心に誓う。
手袋のほどけた糸は、降谷に結びなおしてもらおうか。そんなことを考えながら、赤井は自分だけに不器用な彼の背中を、子どもをあやすように優しく叩き続けた。
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