べるどくん
2025-09-16 01:59:59
4869文字
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ゴー・アヘッド・メイク・バイ・デイ!

アン兵アンの兵に片思いしていた真とアンの会話写経 書いて出し・推敲なし

 兵部が俺をようやく懐に入れたのは、つい一週間前のことだった。
 それまでどれほど俺があの偏屈に歩み寄ってやったことか、ここ数か月を思い出すだけでも枚挙に暇がない。人の気も知らずに虚数空間だのに行くわ、真木さんに心臓貫かれるわ、挙句ビーモスと一緒に死のうとするわ、俺の方が心臓が持たないと思っていたから近くに居る許可をもらったのだ。それは俺の知る感情をかき集めて言葉にすると「好きだ」になったので口にしてみたが、兵部にそんなストレートな思いが通じたら今まで苦労はしていない。予想通り「気のせいだ」の五文字で追い返されたので、あの手この手で追いかけ回していたら数年経っていた。
「もう分かった。僕の負けだ。好きにしたまえ」
 最後の方は俺の脳内補完だ。好きにし……くらいでキスで塞いじまったから。
 ともかく根負けしたらしい兵部を抱き締めてキスしてハッピーエンド……という訳にはいかない。なにせ人生というのは映画ではなく、こうして手に入れても日々は続くのだ。映画と違っていいところは、見せ場以外にも甘い時間がたびたび訪れることだ。晴れて兵部京介を手に入れてまだ一週間、俺は今日もカタストロフィ号の物陰で愛しさのまま抱擁していた。
「毎日ほんと飽きないな、君……
「お前だって毎回ゲートで出迎えてくれんじゃん。嬉しいよ」
「不審者が船内をうろつかないように見に来てんだ、自惚れんな」
 モナーク王国と繋げてもらったテレポートゲートは、カタストロフィ号側では倉庫のひとつに配置されている。そもそもゲート自体が嵩張るので、という話だったが俺にとっては好都合だ。いつも朝飯を食べながら兵部にチャットツールで連絡を取って、何時頃に行くけど問題ないかとか短くやり取りしてから向かうことにしている。時間通りに行けば必ず兵部が壁に寄りかかって不機嫌そうにこちらを見てくるから、俺もそのまま壁に押し付けてキスをするという流れだった。
 しばらく唇の柔らかさを堪能したあと、じゃあ舌でも入れますかねと顔の角度を変えたところで事件は起こった。突如としてドアが開き、薄暗い倉庫に光が差す。ぎょっとした顔を見せたのは、他ならぬ真木さんだった。
……
……
 俺と真木さんの間に緊張が走り、兵部は俺の腕のなかで平然としていた。だから呑気な声が出せたのだろう。
「真木、取り込み中だ。なんか取りにきたんなら後にしろ」
「言われなくてもそうします」
 心なしか早口になりながら、真木さんがドアを閉める。俺がほっと胸を撫で下ろしている最中、またガッと開く。
「うおっ」
「というか、部屋でやれヒノミヤ」
「は、はい。すんません」
 今度こそドアが閉まり、真木さんの革靴が遠退いていく……
「あーびっくりした。もっと怒られると思ったぜ」
 キスの余韻も緊張が解けると同時に霧散して、ひとまず襟を正す。真木さんに言われた通り、続きは兵部の部屋ででも……と移動しようとしたところで、兵部の相槌が降ってきた。それも、思いもよらない形の。
「まあ、余程じゃないと怒らないんじゃないか。あいつ僕のことすげー好きだし」
 すげー好きって何?
「すげー好きって何? ……あ、家族的な?」
 急に俺に向かって好きとかの単語を言わないでほしかった。こちとら敏感になっているのだ。つまり、まだまだ不安を残す青二才で、こうして毎日、兵部に会いに来るのだって自分の不安を払拭させるためでもある。兵部を繋ぎ止めておきたいとか、そんな浅ましい努力なのだ。だからこそ、その努力を揺らがせるようなことを兵部には言ってほしくなかった。言ってほしくなかったのに。
「いや、告られたんだよ。僕のことお慕いしてますってさ」
 この野郎。
 行くぞ、と倉庫を出ようとした兵部の腕を、思わず強く掴んでしまう。剣呑と振り向いた兵部だったが、俺から漏れ出た思念でも読み取ったのか、すぐに眉尻を下げた。どうも兵部には俺がしょげた犬にでも見えたらしく、実際のところ俺の心象風景はそれに限りなく近いものだった。焦燥が滲む俺の手をやんわりと離させて、落ち着かせるように頬を撫でてくる。ふたりだけの時間が与えられて幾ばくか、跳ねていた鼓動が落ち着いた。
……言われたのは、君の申し出を受けた直後くらいのことだよ」
「て、どういうことだよ……
「分かってやれよ。あいつは僕にフってほしかったってこと」
 はぁ? と思わずため息のような声が出る。真向かいにいる兵部といえば、その反応に心底ガッカリしたような顔を浮かべていた。だってわからねぇんだからしょうがねぇじゃんか。物事の機微が分かるような男だったら、俺はお前を落とすまで数年かかってないんだよ。
……どういうことだよ?」
「ああもう、面倒だな。教えてやるから部屋行くぞ、甘いお菓子もあるからな、ほら」
「んな子供扱い……!」
 無遠慮に腰を抱かれたかと思えば、兵部はテレポートを実行した。ベッドサイドに置かれたスコーンは美味しかったし、ジャムもたっぷり塗ってもらったし、兵部にあーんもしてもらって機嫌は直ったのだが――どうにも煙に巻かれた気がする。……と、気付いたのは、お土産のスコーンを持たされてモナークの自室に辿り着いたときだった。
 己のことながら舞い上がっているにしても遅すぎる。唇を舐めると、まだママレードの味がした。



 それから数日が経ち、兵部から軽く注釈が入ったことでようやく、俺も咀嚼できるようになった。いやスコーンではなく、真木さんの心境を、なんとなく。
「つまり、真木さんは俺を少なからず認めてくれてるってこと……なんすよね?」
「よく本人に聞く気になるな、お前は……
 深夜の高層ビル屋上、真木さんと俺は望遠鏡と通信機を片手に作戦実行の合図を待っていた。
 パンドラの諜報活動を財団が察知して、余計なことをしないようにお目付け役として派遣されたのがこの俺だ。ブルースター財団はエスパー組織に対してすべからく中立である立場だから、俺のやることはいわば監視と報告、必要であれば仲立ちである。今回に限っては、兵部率いるパンドラは俺のことをやっかむ側にあった。正直、居心地は良いとは言えないが、こうして真木さんとサシになれたのは願ってもない状況だ。
「小細工は苦手で。それに、腹割って話した方が真木さんもいいかなって」
 望遠鏡を覗きながら、真木さんは夜風に深いため息を混ぜていく。この人は会うたびに溜息ばかりで、炭素繊維でできた髪の毛がいつか真っ白にならないか心配になるほどだ。
「それで昔はよくスパイとして潜り込んできたものだな」
「あれはまあ……必死だったんすよ、俺も」
「だろうな。エスパーは皆、自分の居場所を求めることに必死だ。俺たちも、少佐と出会うまでそうだった」
 暗い色のスーツが、月夜にかろうじて輪郭を見せる。真木さんが過去を語るときの仕草には哀愁があって、過ぎ去ったものを懐かしむ色気があった。
……いつから好きだったんすか?」
「なんだって?」
「兵部のこと」
 真木さんは一瞬だけ顔を上げたが、俺の話を戯言と思ったのか、すぐにビル街へと視線を戻す。
「忘れた」
「嘘だあ」
「お前な……。忘れたと言ったら『そうか』と返すのが大人の男だ」
「俺は大人の男じゃなくてアンディ・ヒノミヤですから。で、あんたは真木司郎さんだから……
 作戦の合図はまだ来ないようで、俺も屋上から身を乗り出してみる。眼下には車通りも少なく、飲食店も閉店している時間帯だから、暗い川のような道が横たわっているようにしか見えなかった。遠くには繁華街らしいきらめきの線が見えて、別世界のようにも思える。
「なあ、真木さん。あんたなら俺より先に言えたはずだろ。なんでずっと耐えてきたんだ。なんで今になって俺に預けた? 弱腰が砕けちまったほんとのトコが知りたいんだ」
 ビル風が吹き上げる。はためくジャケットを両手でなだめすかして、真木さんを真っすぐに見据えた。……俺的にはバシッと聞いたつもりだったのだが、すぐに鼻で笑われる。なんだよ。
「なるほどな」
「え?」
「ヒノミヤ、不安が見え透いてるぞ。ばればれだ、情けない」
「んな……
 俺のような若輩のする虚勢は、パンドラの幹部にはすぐに見抜かれてしまうらしい。ばつが悪くなったが、真木さんとのぎくしゃくした空気は生温く伸びていった。
「お前を認めたのは俺じゃなくて少佐だろう。俺は少佐の認めた男を評価しているに過ぎない。そいつにこうして憐れまれるのは、多少なりと憤りはあるがな」
「あ、憐れんでなんて……俺、」
「わかってる、お前はそういう意図を含めるような奴じゃない。だが、結果的にそう受け取られてることを忘れるな」
……は、はい……
 どんどんと自分の体が小さくなっていくのを感じる。真木さんの口調はいつも人を委縮させるような語気ではあったが、今日はことさらにそう受け取ってしまうのは、彼が言っていることが全て間違っていないことで――彼の本心であるからだろう。真木さんの素肌のような言葉が夜気に晒されているのを、俺は確かに、この世でただひとり聞いていた。
 真木さんは俺の自信のなさを見抜いている。そうしてそれを気に入らないと鼻を鳴らしながら、兵部にもっと誠実であれと諭しているのだ。……言うなれば洒落た説教だ。ただただ耳が痛い。こうして真木さんに真正面から言われているというのが、更に。思わず自分の胸元をぎゅうっと握りしめていると、真木さんも肩を竦めた。
……それで、少佐を手に入れられなかった男をお前はどうしたいんだ。なんなら俺を抱いてくれるのか、俺に抱かれてくれるのか」
 つんのめる。
「なん……ど、ぇ、はっ!?」
「冗談だ」
「冗談きついって真木さん……!」
「冗談だが、笑って流せるくらいの度量は持て。俺はお前をまだ見てる」
 星明りも遠いなかで、前髪の隙間から真木さんの視線が鈍く光る。見られている。今までも、これからの一挙手一投足も。俺が兵部京介の傍にいて、それが不利益にならないのかを。
 真木さんの視線が声と一緒に喉を通り過ぎて、腹の底に落ちていくような感覚。重苦しさに喉を詰まらせていると、真木さんの端末から電子音がした。作戦の合図だ。
「お前も来るんだったな?」
「あ、ああ……お邪魔にならない程度に」
「そう怯えるな、財団には世話になっている。しばらくは尻尾を振らせてもらうさ」
 体に炭素繊維が巻き付いたかと思うと、夜空に飛び上がる。翼のように広がった真木さんの炭素能力が、俺の視界から星も月も覆い隠していた。そうなんだ、その気になれば、この人だって。
「俺が少佐に想いを伝えたのは、もう終わらせたかったからに過ぎない。ずっと葬るタイミングを見計らっていたんだ。そこにお前が丁度よく収まった、それだけだ」
 俺の考えていることが手に取るようにわかるのだろう、真木さんはあくまでも独り言のように呟く。
……俺はずるい男だな?」
 くっ、と歯を見せて笑う真木さんが見たこともないような表情で、俺はまた一歩、彼の深層を垣間見れたような喜びが持った。不思議と友情めいたものを感じて、俺もつられて笑ってしまう。
「ずるいっつーか、勝てねぇよ……
 きっとあんたがその気になってたなら、俺なんて太刀打ちできなかったかもしれないな。
(まあそれでも、負ける気はさらさらなかったけど……
 真木さんが発破をかけてきたように、俺はもっと自信を持つべきなのだ。兵部の傍にいたいと願い続けた数年、そして何より想いを受け止めてもらったのはこの俺なのだから。よしやるぞ。後日、そう勇んで兵部のもとを訪ね――慣れない亭主関白面を引っ叩かれたのは言うまでもなかった。
「なにがあったのか手に取るようにわかるのがうぜぇ! やり直し!」
「お、俺だってがんばってんだよーっ!?」