めやぬら
2025-09-15 21:31:44
5197文字
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うさぎの異変

うさひ、落ち着きがなくなるの巻。
狐燐音とうさひの話の世界観。HiMERUと燐音が話してるだけ。
初めての発情期の話をね、読みたいんですね(ろくろ回し)。

 うさぎとやらは全員、やたらめったら引っ付きたがるものなのか?
 
「そんなわけないでしょう、殺しますよ」
「やーんメルメルこわぁい!」
 
 綺麗な糖蜜の瞳は、ゴミを見るような蔑みをぶつけてくるし、その視線にはどことなく殺意も籠っているような気がする。相変わらずの怜悧さに懐かしくなるも、今はそんなことを話したいわけではない。おどけながら肩をすくめた。

「だってさァ、うさぎちゃんと生活なんて初めてなんだもん。くっ付いてくんのってデフォかなって思ったんだよ」
「相手のことも分からないのなら、さっさと解放してやるのです。大方攫ってきたのでしょう」
「人聞き悪っ!残念でしたー、双方合意の上ですゥ〜」
「へぇ、貴方も貴方なら、相手も相手ですね」

 どうやら今日の虫の居所は相当悪いらしい。言い方に剣があるのはいつものことだが、今日は殊更鋭い。戯けて見せてもあんまりノってきてくれない。HiMERUがよく来る河原まで足を伸ばした甲斐はあって出会えたものの、態度は氷よりも冷たい。
 
「まさか、惚気話を聞かせるためだけに来たんじゃないでしょうね」
「え、惚気に聞こえた?相談だったんだけど」
「ふざけるのも大概にしてください」
「いや、マジマジ。結構困ってんだけど」
「困っているのは扱いにだけでしょう、白々しい」

 わざわざ縄張りの外に出てまでHiMERUを探していたのは、他に答えを持ち合わせているような奴に見当がなかったからだ。こはくは知っていそうだが、忙しい人の子は現在研修とやらでいないらしい。
 なーなーなーと袖を引っ張って振り払われたあと、鬱陶しさが功を奏したのか一応聞く気になってくれたようで、態度の厳しさはそのまま、で?と片耳をあげられた。面倒になったのだろうが、そんな諦めは見て見ぬ振りをして、実はさァ、とふざけまじりで打ち明ける。

 --
 
 事はそう、ついひと月ほど前になるだろうか。夏の再会から時期が過ぎ、一彩がいる日常にも慣れたその頃。
 
……ぅ」
 
 朝未明、秋めいてきたとはいえまだ汗ばむような気温の中、燐音は籠る熱気に眠りが途切れた。右半身をなにか熱源に纏わりつかれている。しかも重い。覚醒する意識のままに薄目を開けて見遣れば、そこには赤毛と白の毛皮。一彩は燐音の布団に潜りこみ、燐音の右腕を抱きしめてすやすやと眠っていた。
 隣で寝ているといえ布団は別だったはずだが、いつの間に入ってきたのだろう。引っ付かれる事自体は嫌ではないが、こうもぴっとり張り付かれると暑くてたまらない。
 とりあえず引っ剥がそうと腕を抜こうとした。が、抜けない。相当な力で抱き込まれていて、抜こうとすればその力はもっと強まる。

「っ、馬鹿力……

 だが、一彩の力が強いのは知っているが、眠っているうさぎに負ける程やわじゃない。力ずくで引っ張り抜けば、無理矢理だが振り解けた。その隙に体を起こして、布団の端ぎりぎりまで一彩から離れる。

「んん……

 一彩は空になった腕の中を埋める何かをさがし、さっきまで燐音がいたところをまさぐっている。健やかだった寝顔も不服そうに眉を顰めていて、そんな顔も可愛いけれども戻ってやろうとは思えない。暑いのはまっぴらだ。右側だけ汗をかいている気がするが、水浴びに行こうと思っても、まだ日も登っていないのだ。
 どうしたものかとぼんやりしていれば、ごろんと寝返りを打った一彩により、燐音の布団は完全に占領されてしまった。呑気な奴だと呆れて気が抜けると、欠伸もでてくる。もう一眠りするか、と自分の布団は一彩に譲り、抜け殻になった一彩の布団に移って、二度寝と洒落込んだ。

 のだが。

……あつ」

 今度は左側に圧を感じ、またもや目が覚めた。顔を向ければ、さっきと同じように一彩は燐音にしがみついて、ぷぅぷぅと寝息を立てている。今度は足まで絡めとられて、暑いったらありゃしない。
 一体なんだ。寒い冬の日でさえこんなことしなかったのに、このクソ暑い日にしなくてもいいじゃないか。もちろんあの冬のときはまだ親密な仲ではなかったが、かといって再会してからもこんなに寝相が悪かった事はない。
 二度寝したおかげで、もう活動し始めても良いくらいには日が昇っている。

「おい、一彩。起きろ」
「んんぅ」
「暑いから、ちょっと起きろって」
「ぅ……りん、ね?」

 ぽやぽやと寝ぼけ眼で覚醒した一彩にすこし安心しつつ、言い聞かせるようにして、すこし静かな声で言う。

「暑ぃからちょっと離してくんね?お前も暑いだろ」

 一彩の額にも汗が滲んでいる。じわじわ鳴き始めた蝉がより暑さを煽り、青の眼だけが唯一涼しげな色合いを見せる。 理解が追いつかないのか、それはぱちぱちと瞬きを繰り返した。そして数秒後に、ぱっと解放された腕。熱源が離れた裾からべたつく服をはためかせて風を送れば、ようやくすこしだけ涼しくなった気がした。
 隣では、起こされた一彩がぐっと伸びをしている。まだあと多少は眠れたはずだが、文句も言わずくしくし顔を磨いて、耳の寝癖を直している。

「おはよう、燐音」

 寝起きのいい一彩は、胸元を扇いで風を取り込む燐音のことは気にせず、元気に朝の挨拶を告げた。

 その朝に始まったわけではないのだが、気付いたきっかけはこれだ。
 それまでは気にも留めていなかったが、適当に話している時や二人出かけている時、果ては燐音が狩から帰ってきたときなど、ぎゅうぎゅう抱きつかれるのが増えていることに気づいた。
 今更になって気付いたのは、それまでなんとも自然に腕を回してくるから日常に溶け込み過ぎて、違和感なんて無かったからだ。

 惚気だって?そりゃそうだろ。こんなの可愛くねェわけあるか。だからそんな顔で見るな、メルメルよ。

 話を戻すと、一彩は何をするというわけでもなく、ただただ平常の会話を抱きついてするだけなのだが、その甘えが少しずつ度を越してきているというか、何かあったのかと思うようなくらいになってきている。
 ぎゅっと抱きつくだけですぐに離れていたのが、数秒、数分と長くなり、最初は自分から色々と話したり燐音に話をせがんだりしていたのに、黙って頭をぐりぐり押し付けてきたり、すんすんと鼻を鳴らしたりしている。

「どうしたんだ、最近」

 夜、毛繕いを終えようとしていた一彩に問いかけると、きょとんと首を傾げられた。

「なにが?」
「なんか、最近すげェ引っ付いてくるじゃん」
「え?そうだったかな……自覚が無かったよ」
「自覚無ェって、あんだけベタベタしといて?」
「そ、そんなに?それは……すまないことをした。謝るよ、ごめんね」

 無自覚だったのには少し驚いたが、慌てて頭を下げる一彩にそこまでじゃないと首を振る。

「謝んなくてもいいけどほら、なんかあんのかなって」
「何かって?」
「そりゃ……体調悪ィとか……

 あと、一人で留守をするのは寂しい、とか。
 それは口にせず曖昧に濁して訳を促してみれば、うさぎは顎に手を当てて考え込んでしまう。

「特に思い当たる事はなにも……あっ、もしかしたら、最近暑かっただろう?」
「まあそうだな」
「燐音は僕よりも体温が低いからひんやりしてて、それで無意識に寄っていってしまったのかもしれない」
「あー……ね」
「本当にすまない、鬱陶しかったよね」
 
 なるほど、体温差か。確かに、一彩は兎故かただの体質か、燐音よりも体温が高く、常にぽかぽかしている。
 すまなそうにする一彩に少しだけ慰めの情が湧いて、いつもやってやるみたいに、両の耳の間をそっと安心させるように撫でつけた。

「怒ってないけど、暑いからちっとは控えてくれっとありがてぇかな」
「!」
「ま、具合悪いとかじゃなくて良かったわ」
「体調は良いよ!すこぶる元気だし、なんならいつもよりも活動的なくらいだ!」

 胸を張る一彩は確かに元気な顔をしている。頬が赤く見えるのは、暑くて少しほてっているか俺の気のせいかだ。

「そりゃあよかったな〜、おらっ!」
「わっ、つめたい!」

 その頬に手の甲を当てれば、きゃあっと跳ねる肩と耳。その夜は、夏でも冬でも関係なくあったかい体と並んで、いつも通りに眠った。
 
 --
 
「徹頭徹尾、惚気じゃないですか」
「バレちまったか〜」
「付き合って損しました、帰ります」
「待て待て待て!マジで帰るヤツがいるかよ!」
「います。離してください」
 
 さっきよりも数十倍は冷え込んだ態度で燐音を射すくめたHiMERUは、さっさと立ち上がって身を翻してしまう。その馴染みの裾を掴んで引き留めれば、その手を皮膚ごと剥がれそうなくらいにひっかかれ、リストバンドがぴしゃりと平手で打たれる。
 
「いってぇよ、容赦ねェな!」
「でしたら、さっさと離してください。聞きたいことがあるならさっさと聞きなさい。無駄話に付き合うほど、HiMERUに余裕は無いのです」
「って!」
 
 続く手首への二撃目の骨まで響く打撃に、思わず手を離してしゃがみ込む。その隙に逃げてしまうかと思ったが、最後のチャンスとばかり見下ろされ、去る気配はない。余程機嫌が悪いのか、それとも本当に時間の余裕が無いのか。
 
「へーへー、せっかちな奴は嫌われるぜェ?」
「余計なお世話です。聞きたい事が本当にないなら、もう行きます」
「だから、それは本当にあってさ……一彩が体温高ェのはうさぎだからなのか?」
「は?」
 
 鋭かった目元はほんの少しだけ驚きに丸くなる。代わりに怪訝そうに潜められる眉のせいで、さっきよりももっと美人が崩れた。
 
「個人差なら仕方ねェし、種族差ならどうしようもねェんだけど、マジで熱出してんじゃねぇかって思うくらいなんだよ」
……狐の平熱を知りませんのでなんとも言えませんね。うさぎの中でも個人差はありますし……失礼」
「は」

 さっきの凍えた憤怒を鎮火させて冷静に分析するHiMERUは、先ほど打ち払った燐音の手を取る。突然の振る舞いに戸惑っている燐音はなんのその、HiMERUは見分するように脈を取り頬に触れ、額に手のひらをかざす。初めて触ったHiMERUの手のひらは思っていたより大きく、そして一彩ほどではないが暖かかった。
 
……
「確かに、狐の方が体温は低いのかもしれませんね。貴方の体温が低いだけかもしれませんが、狐は兎より低体温である傾向は高いかも……
「や、ヤダー、はしたないわよ!」
「少し検証しただけでしょう、変な事言わないでください。それで?その一彩さんと比べて、HiMERUの温度はどうでした?」
……一彩の方が高かったな」
 
 正直に事実を述べれば、ふむ、とHiMERUは考え込む。しばらく思慮を巡らせる姿は、一彩の状態に心当たりがあるからなのか。揺れない金の瞳に焦れるような気持ちで次の言葉を待っていれば、ふとその目とかちあった。
 
「一彩さんは元気なんですよね。むしろ活動的とも言っている」
「だから病気とかじゃなさそうでさァ……毎日楽しそうだし、隠してんじゃなかったらホームシックとかでもなさそうだし……燐音くん、お手上げなワケよ」
「まあ……思い当たる節が無い、わけではありませんが……
「えっなになに、やっぱなんか知ってんの?!」
「野生の兎ならそういった状態になることがあると聞いたことがありますが、一彩さんはフラッフィーバニーなんでしょう?野生とは違う可能性も高いです」
「いいから教えてくれって、兎は兎、だろ?」

 言い淀むHiMERUに迫る。一彩が自分でも気付いていない不調なのだとしたら、見過ごすわけにはいかない。可能性も知識も、知り得ておくに越したことはないのだ。

「頼むよ」

 ふざけた口調を改め、頭を下げて頼み込む。これは頼れる黒兎からしか答えを貰えない問題だ。礼ならするから、と申し添えると、数秒の沈黙ののちに、呆れたため息が上から落ちてきた。

「そこまでしなくても教えますよ。HiMERUの心は広いのです」
「マジ?!サンキューメルメル!やっぱ持つべきものは友人だなァ!な!」
「はっ倒しますよ」

 心底軽蔑が乗る目線のまま、耳を貸せと手招きされる。 
 何故か、なんて聞きもしないで素直に耳を寄せると、口元に手を添えて、小声でそっと囁かれた原因。

 あぁ、うん。これは、耳打ちで正解だな。
 正解を聞けば、さしものHiMERUでも少し言うのを躊躇ったのも頷ける。答えづらいことを聞いてしまったことへの罪悪感が珍しく湧いてしまい、ぶっきらぼうに謝って少し気まずくなった。