見覚えのある罠の合図に咄嗟に足が止まり、だけど一緒に行動していた同僚は立ち止まった俺に気づかないまま先に進んでいく。声をかけようと思った瞬間、彼は強く踏んだ地面に真っ逆さまに落ちていった。駆け寄った落とし穴の構造、穴の掘り方や隠し方、やっぱり、そうだ。
「悪い、先に行く。ロープはここに垂らしておくからさっさと出てこい」
「は、おい、どこに」
地面を避けて木の上に登り、しかしそこにも罠がかけられている可能性はあるから慎重に素早く移動する。
いるのか、この城に。前線に出ている可能性は少ないだろう。探すのなら城の中、きっとこのあたり以上に罠が仕掛けられている相手の手の中に、飛び込んでいかなければ。
予定より少し踏み込むことにはなるけれど、任務さえきちんとこなせば文句は言われないはずだ。計画通りに変装して城の中に入り込み、内部の作りをあらかた頭の中にインプットしてから、必要のない屋根裏へと忍び込む。人の気配はないのに突き刺さるような緊張感を感じて思わず笑みが浮かんだ。わかるよ、だって好きだったヤツの罠の匂いだ。
俺が知っている頃より経験を積んでいるだろうから予想だけで動くことはせず、注意深く目を凝らして仕掛けを避けて進んでいく。足元から聞こえる話し声に耳を澄ませて情報を集め、先程覚えた間取りを思い出しながらゆっくりと先へ。
このあたりが限界かな、と動きを止めた時、不意に人の気配を感じて暗闇に目を凝らした。
「……おやまあ、驚いた」
囁き声が思ったより近くて息を呑んだけれど、コイツじゃなかったらここまで寄らせはしなかっただろうと分かるからふっと笑い声をこぼした。
「久しぶり、喜八郎。こんなところで会えるなんて思わなかったよ」
「僕がいることを知っていたんですか?」
「外の罠を見てもしかしてって思ってね」
「どうりで。ここまで入り込んでくる人なんてそうそういませんよ。……一つも引っかからずに?」
「これでもおまえの先輩だったんだよ?」
「……お久しぶりです、久々知先輩」
「うん、久しぶり。それと、約束、覚えてる?」
「……覚えていらっしゃったんですか?」
「忘れるわけないだろう。なあ、まだ好きだよ、喜八郎。また俺と付き合って」
飛びついてきた喜八郎に押し倒されて天井板がギシッと鳴った。心臓がヒュッとなったけれど喜八郎がそうしたってことはここは安全な場所なのだろう。俺が知っている頃よりがっしりとした体をぎゅうっと抱きしめて、ずっと好きだって言っただろう、と甘く囁く。喜八郎がこくんと頷くのを首元に感じて幸せが体の中で弾け回った。
お互い忍になるからには、もしかしたら敵同士になるかもしれない。恋人を討ちたくはないからもうここで別れましょう、と俺が卒業する時に喜八郎に告げられた。言いたいことは分かるけれど喜八郎を好きな気持ちは簡単に消せるようなものではなかった。だから俺は、お互いどこかで忍になって敵ではない形で出会えたら、また俺と付き合ってほしいと、そう頼んだのだった。幸いこの城は俺が仕える城と距離があり、直接戦う可能性があるほどの関係性ではない。敵ではない。殺し合う必要は、ないんだ。
「久々知先輩」
「ん?」
「それはそれとして、この密書は持っていかれては困ります」
「あっ。あ、まって喜八郎、それは結構、だいぶ欲しい」
「僕よりも?」
「ぐっ……ずるいぞ」
「ふふ。代わりにこちらをどうぞ。このあたりの細かな領地の地図と、僕が罠を仕掛けた場所が書いてあります。あなたには必要ないかもしれませんが他の人の役には立つでしょう?」
「……こんなに仕掛けてあったのか。引っ掛からなかったのは運が良かっただけかもしれない」
「愛の力ですかね?」
「……今度の休みはいつ? 会いたい」
「うん、デートしましょう」
可愛らしく笑った喜八郎にちゅっとキスをされ、俺からもキスを返そうと思ったところですぐ下から足音が聞こえた。動きを止めた俺の腕の中からするりと抜けて、喜八郎は「またね」と言って天井裏から降りていく。
どうかしましたか?曲者が入り込んだらしい。おやまあそれは大変、どちら側ですか?南側だ。それでは南側の罠を作動させてきます。ああ、頼む。
話し声が離れていってから俺は北側に向かって進み、危なげなく城を抜け出た。同僚と約束していた場所で落ち合い、密書の代わりに喜八郎にもらった地図を見せれば、すごいじゃないかと肩を叩かれる。罠を避けて城から離れて帰り着いた城で、俺はすぐに先輩に休みを代わってもらえるよう声をかけた。何か用事か?と聞かれて素直に「デートです」と答えたせいで周りにいた先輩たちから質問攻めにされたけれど、たっぷりの嘘を返してすぐにその場を逃げ出した。喜八郎の罠を見つけた時の胸の高鳴りが、喜八郎を抱きしめた時の愛おしさが、まだ心を甘く締め付けていた。
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