『かっこいいしか言えない』
『レイ君すごーい♡』
『私も見てほしい!』
『イケメンすぎる』
モニターの中では、今日も見知った名前がコメント欄を賑やかしてる。つらつらと流れていくコメントをレイメイは一瞥し、気が向けば反応をして、あとはゲームを進めていく。悪態をついたり煽ったり楽しそうだ。いつもながら圧倒的なゲーム展開は素人にも分かりやすくて良い。「蹂躙」という言葉が似合う光景は、日々の鬱憤が晴れるような爽快感すらある。レイメイのことを好きな人も嫌いな人も、みんな目が離せず釘付けだ。「今日はこれで終わりな」と言われてはじめて前のめりで画面に食い入ってたことに気付く。ふぅ、と椅子の背もたれに体を戻す。まだふわふわとした高揚感が残ってる。脳内物質、出ちゃってたなーって感じ。
レイメイの振る舞いはヒーローかヴィランかで言えば明らかに後者だ。それでも忖度なんて微塵も見せず、ブレないところが数ある魅力の一つだと私は思ってる。顔が良い配信者も、ゲームの技術が飛び抜けてる配信者も、トーク回しが上手い配信者もたくさん居る。でも、その全てを兼ね備えているのはレイメイくらいじゃない? こんなに揃っているからこそ、この傍若無人な振る舞いと口の悪さでバランスが取れているとこすらある。これで品行方正な聖人君子だったらなんの面白みもなくて、こんなに追い続けることも無かっただろう。
私は大勢いる観測者のうちの一人でしかないけど、ここで躍起になってコメントをしてる子たちとは少しだけ違う。
……なんて言うと、薄ら笑いでハイハイハイて小馬鹿にされそうだけど、これは紛れもない事実だ。別にプライベートの知り合いだとか、近所に住んでるとかそういうんじゃない。レイメイに何の関わりもないのは一緒。それでも他の観測者は知らないレイメイの別の顔を私は知っている。別の顔って言い方もおかしいか。だっていつどこで何をしてたってレイメイはレイメイだから。
私が他の観測者と違うのは「ツイていた」という一言に尽きる。親がそこそこのお金持ちで、そのうえ倫理道徳から少し外れた趣味も持っていたあたりが特に。
小さい頃からパパは私を色んなところに連れていき、色んなものを見せるのが好きだった。成長していくと、その行き先は少しずつキレイなものだけではなくなった。社会勉強の一環と、あとは私がどんな反応をするか単純に面白がっている部分もあるんだろう。なにせ趣味が良いとは言えないから。男が喜ぶさしすせそじゃないけど、私が新しく目にしたものにその手の言葉を使って驚くとパパはまんざらでもなさそうで、ママが「いくつになっても男の人って子供なのよ」なんて言ってたのが、そのたびに頭に浮かんだ。
その日はパパのメインバンクが主催しているギャンブルショーに誘われた。もちろん違法なやつ。
前に一回観に行ったことがあったけど、その時はそこまで夢中になれなかった。自分に関係のない、なんの思い入れもない人間の転落ショー。印象に残ってるのは、出されたワインがけっこう私好みだったことくらい。パパは言い訳みたいに「今日のはいまいちだったな」なんて言ってたけど、白けちゃったのが伝わっていたのか、パパもそれから私を誘うことはなかった。
そんな中での二回目のお誘いだ。しかも今回はママも一緒。少し前からママも観に行くようになったのは知っていた。それが聞けば最近はママ主導だったらしい。お気に入りのギャンブラーでもできたのかな? と思ったら、お目当てはまさかの行員。最近注目の人らしく、男だけどパパも一緒に夫婦仲良く推してるそうだ。ママがガチ恋ではなさそうでちょっと安心した。嫌じゃん、親のそういうの。両親が夢中になっている私と同い年くらいのただの行員。まあ、一回くらいはどんなのか見に行ってもいいか。そんな話の流れだったからゲームに誰が出るか、なにをやるのかも分からないままに会場行きの車に乗り込んでた。
用意された席に着き、注がれた泡に口をつける。二人のお気に入りの行員は正直、私から見たらあんまりパッとしなかった。平凡で覇気が感じられない。仕方がないからゲームを楽しむか。司会の口上を耳にしながら出入り口を眺める。しょぼいおじさん同士とかじゃなきゃいいな。それか見栄えのするゲーム。
そんな猛獣ショーかサーカスでも見るくらいの感覚だった。それが、だ。
「は??」
頭で理解するより先に腰が浮く。瞬時にまぶたが持ち上がり、目を見開いたのが自分で分かった。仮面越しの視界がもどかしい。ステージ上に姿を表したのは、紛れもなく私の推しだった。意味が分からない。どう考えても繋がらない。そんなはずはないのに、どこをどう見ても、やっぱりそれはレイメイだった。モニターの向こう側の存在が目の前の空間に居る。いや、ロケとか行ってるし現実に居るのは分かっているけど、そういうことじゃなくて。
見せ物のステージに立つレイメイは、いつもより少し怖かった。口調が荒いとかキレてるとか、そういう分かりやすいのじゃなくて。とても切れ味の良い日本刀を間近で見てるようなゾワゾワに近い。怖さを感じるのと同じくらいの強さで惹き付けられる。目を離すことなんてできるはずがなかった。パパがなにか話しかけてきたけど、全部すり抜けていく。
ゲームは序盤から圧倒的な差が生まれた。開始後十分もしないうちに、レイメイはつまらなさそうに両足をテーブルに載せる。脚が長いから身体とテーブルに距離が生まれる。物理的な距離が、興味関心が離れたのを示すバロメーターみたいに見える。見せてる?
あんまりにも舐めた態度に苛立ちを隠せなかった相手をレイメイは畳みかけるように追い詰め完勝した。圧勝だ。ボクシングの1ラウンドK.O.勝ちほどの呆気なさではないけど。
レイメイの勝利が言い渡され、気付けば席から立ち上がり名前を叫んでいた。会場は昂揚感に包まれていて、野次を飛ばしたり、歓喜の雄叫びをしていたりと、声を出してたのが私だけじゃなかったのは救いだったなとあとから思ったけど、正直それどころじゃなかった。名前を大声で呼んだのは認知してほしいというより、この興奮を外に出さずにはいられなかった。なんて私はツイているんだろう。
この夜、帰宅してすぐにパパのカラス銀行専用アカウントを借りた。お目当ては登録されているギャンブラーのプロフィール一覧とレイメイの戦績。見られる過去アーカイブも探す。戦績は4リンク昇格以降のものしか見当たらなかったけど、レイメイはやっぱりというかほとんど負けなしだ。そんな中で黒星がひとつだけあった。割と最近のゲームだ。
あのレイメイが負けたなんてどんな相手なのか。全く想像ができなくて、すぐさまデータを確認して驚いた。名前を見た瞬間、まさか?と半信半疑でデータのリンクをクリックしたら、そこにはシン君の姿があった。
今まで自分以外の誰かと一緒に配信なんてしていなかったレイメイが近頃仲良さげに出しているオトモダチ。最初はちょっと複雑だったけど、楽しそうなレイメイが見られるから、これはこれでアリかなって思い始めてた。日付を見ると、オトモダチとの配信が始まったのはシン君とのゲームよりあとだ。アーカイブを見て、二度驚く。男友達あるあるなのかな? あんなことをやりあったのにギスギスすることなく仲良しだ。シン君が居るのならもしや? と思い探してみたら、レイメイのオトモダチは全員カラス銀行のギャンブラーだった。嘘でしょ? たしかに共通点薄そうなラインナップだと思っていたけど。観測者の中でこの事実に気付いているのは何人居るんだろう。
こうして私はまんまとカラス銀行のギャンブルショーに沼っていった。パパにお願いをして、できるだけレイメイのゲームのチケットは押さえてもらって。それでも人気があるから毎回は無理で、後日アーカイブで観戦することもあった。そんなチケット争奪戦の中で、私はやっぱりツイているなと実感したのが数週間前。チケット取りに負け続け、ひさびさに取れた観戦チケット。それがあのレイメイとケイイチ君のゲームだった。
この対戦カードに、余計なお世話だろうけどちょっと心配してた部分はある。レイメイのいつものプレイスタイルを考えるとケイイチ君と仲違いしちゃうんじゃないのかなとか、殺しちゃわないかなとか。
それが、だ。まずは登場から推しの新規ビジュに目を疑った。レイメイと言えば!なアイコニックないつもの衣装をガラリと変えてきたのだ。デザインはそのままだけど2Pカラー。なんなの? ファンサ? 今までのアーカイブ総ざらいをしたが、こんなレイメイは見たことがなかった。主任解任戦とやらに花を添えてるなんて見方もできなくはないけど、そういうことをするタイプかと聞かれるとなんとも言えない。そうして命懸けのゲームが始まったんだけど、格好だけじゃなく試合展開でも見たことのないレイメイのオンパレードだった。本当にヤバすぎた。何度叫び立ち上がりそうになったか。椅子から崩れ落ちそうになったか。レイメイの振る舞いに、やりたくないことをやるような忖度はなかったと思う。それでも、あんなに時間をかけることなんてあるのか。
初めて観たレイメイのゲームが思い出される。途中までは似たようなところがあった。でも、レイメイはつまらなさそうにしながらも、言葉も時間もかけ方があの時の比じゃない。初対面の相手と関係性がある友人相手じゃもちろん違うだろうし、それが手段として必要だったのかもしれない。
それにしても振り幅が酷い。ガチ恋勢が失神するか発狂するような表情を浮かべるレイメイも、それを真っ向から受け止めながら対戦するケイイチ君も。なんかもう、なんか凄かった。要所要所でモニターに表情抜いてくれたカメラワークが神過ぎて金を払いたい。隣のテーブルで「そろそろどっちか死ぬか、もがき苦しむとこ見ないと飽きちゃいそう」なんて特五の子にぼやいていたママくらいの年の人もゲームが終わったあとは大興奮で手を叩いていた。
観戦後はふわふわとした気分で「すごいものを見たな」という余韻に包まれて眠った。眠れないかもと思ったけど疲れがすごくてあっという間に寝てしまった。そのときはそれで終わったはずだった。銀行でのショーはあくまでも非日常というかボーナスステージというか。推しはあくまでも配信者レイメイのつもりだった。それなのに
……。
いや、これはもしかしたら私の勝手な思い込みかもしれない。でも、あのゲーム以降のオトモダチ配信を見ると前よりも距離が近くなった気がする。心なしかケイイチ君からの距離が少し。レイメイからの距離は前から近めだったけど。あとはレイメイの視線。面白がる感じから、なんか、なんていうか、時折、愛しさが滲み出ていませんか?
シン君への世話焼きお兄さんムーブとも違う。世話はどちらかといえばケイイチ君がみんなに対して焼いてるし、レイメイの突飛なことを叱りつけてる感じはケイイチ君のほうなんだけど。そこも全部ひっくるめた上で、こう
……こう、ねぇ!? あんなゲームしたあとで、なんにもないとか嘘じゃない?てなるのも仕方ないでしょう。ぶつけようも分かちようもない気持ちを渦巻かせた私は、こうしてまんまとレイケイに落ちていったわけだ。
レイケイ推しを自覚した今、二人の絡みがもっと見たくなるのは自然の摂理だろう。それなのに、最近オトモダチ配信は頻度が少なくなってる。レイメイ推しは変わらずなのでいつもの配信も大歓迎ではあるんだけど、それはそれとして。賭場のほうがバタついてるのか、たまたま一人でゲームをしたい気分なのか。パパもママも推しの行員が所属してる班がどうのこうのと言ってた。そのせいかギャンブルショーのほうも最近は別班のがポロポロとあるくらいだ。
私はもっと見たい。レイメイの見たことがない顔を、ケイイチ君とのやり取りを。ただ残念なことにカラス銀行のギャンブラーはいつ賭場で死んでもおかしくない。そういう場所だから。このまま悠長にレイメイの気が向くのを待っていても、そのうちどっちかが死んじゃうかもしれない。
どうにか上手い手段はないかな。レイメイの過去配信を見返しながら考える。昔はそんなことなかったのに、今見るとどれもこれもがレイケイに見えてくるから不思議なものだ。これはこれで美味しいけど最新の二人が見たい。
自分の力が及ばないものに頭を悩ませてると、おすすめの動画一覧が目に止まる。最近やたらと出てくる配信者集団のサムネがまた出てきた。興味もないのに何度もしつこく出てくると、だんだんと目障りでイライラしてくる。最近じゃ注目度に比例して、あんまり褒められない噂もチラホラ出てる。クリーンなイメージで売ってる芸能人とかじゃないから、多少の炎上も数字稼ぎに繋がるし、たいして痛くもないんだろう。薄っぺらに悪ぶってるのが安っぽい。極めつけは舐めた感じでレイメイのことをちょいちょい話題に出してくる。相手にされてないのに、なんか粘着ぎみというか。コラボでも持ちかけて断られたのかな? レイメイはそういうのやらないって暗黙の了解だったのに、最近はオトモダチが出てくることが増えたから勘違いするのもいるんだろう。
……ん、まてよ? ちょっと、いいこと思いついたかもしれない、コレ。推しの絡みがお出しされないなら、引きずり出せばいいのでは?
スマホを見ると、もうパパが帰ってきているはずの時間だった。善は急げ。書斎に向かいノックをすると返事があった。ドアを開けた先にはパパだけがいる。機嫌はそこそこ、といったところか。
「ねぇ、パパ? お願いがあるんだけど」
「オマエはそういう時ばっかりパパのとこに来るな」
「だってパパにしかお願いできないし」
呆れたような顔をしてるけど、いい年した娘に甘えられて満更でもないのは分かっている。一緒にパーティーに行った時も、いくつになっても困ったもので、なんて愚痴めいた自慢を周囲にしてるのも聞いてるし。
大丈夫。物の価値は分かっているつもりだし、バカみたいに親の資産を食いつぶすような気もない。こんな推し活の一助なんてかわいいものでしょう?
「で、なんだ?」
「あのね、カラス銀行で用意して欲しいものがあるの」
「なんだ? またゲームの観戦チケットか?」
「違う違う! チケットはチケットなんだけど、特五のギフトが欲しくて」
「わざわざあそこに頼むようなことがあるのか?」
パパは少し警戒する。たしかに大抵のことはわざわざカラス銀行に頼らなくても、別口でオーダーすればできる。ただ銀行関係となるとやはり内部の方が話は早いというか、勝手が分かる部分があるはずだ。
「普通の業者だとちょっと難しいこと頼みたくて。カラス銀行の特五の行員で探偵業みたいなことできる子いたらお願いしたいことがあるんだ。お願い!」
パンッと顔の前で手を合わせて大げさにお願いをする。パパはいろいろ考えたみたいだけど、下手にどこかに頼むよりは銀行の方がよっぽど融通が効くと思い至ったらしい。
「まあ、いいよ。じゃあアカウント使ってギフト付で特五に依頼をかけときなさい」
パパのアカウントを使うから、何を依頼するかは筒抜けというわけだ。それでも、別に親に見せられないようなやましいことをするつもりはないから問題ない。
「パパありがとう!」
パパの気が変わらないうちに、目の前でカラス銀行用のノートパソコンを起動する。特五の子に写真を撮ってもらおう。それをあの最近目につく配信者集団に餌として提供する。あんなに執着してるんだから、頭が悪くなければ活用するはずだ。功名心と危機察知の度合いでどう転ぶかは分からないけど、上手くいけば推しの新しい表情や絡みが見られるかもしれない。まだ確定じゃないのに、その可能性だけでワクワクが止まらなくて顔がニヤけてしまいそう。
推しの恋愛リアリティーショーなんて拝めるなら拝みたいに決まってる。推しの新規表情が見られるなら、多少の無理もする。レイメイもケイイチ君もあの銀行でギャンブラーとして所属している以上、どちらがいつ死んだっておかしくない。推せる期間が限られていると思うと、よけいに熱が入ってしまうのも仕方ないよね。期間限定に弱いのは私だけじゃないはずだ。
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