酒精は甘やかな酩酊をもたらさない。狩人に安らかな眠りを与えない。乾き切った荒野の只中で、私に関わるもの全てが逆さまにした砂時計のように、掬い上げた瞬間サラサラと指の間から滑り落ちていく。まるで大海原に、この身を擲ったかのよう。
深い深い海溝へと落ちていったあの日から、ずっと。ただ一人。
そんな時に、匂いを見つけた。陸に上がってもなお、細胞に染み込んだ海の気配を奴らがひたすら追いかけてくるように、大地を舐る傲慢な潮風に乗って、私も、たった一人の僚友を見つけたのだ。
「大地に縋りつく人間って、どうしてこうもちっぽけなのかしら?」
月明かりがローレンティーナの部屋に朧げに差し込んでいる。
簡素なベッドの端に二人で並び、彼女の饒舌な舌先は踊るのをやめない。
「そのくせ小さな争い事をこの狭い大地で延々と繰り広げて、呆れるほど未熟な技術を振りかざすの。愚かだとは思わない?」
ふふ、と口角をキュッと吊り上げて、僚友は笑った。
薄い唇の隙間から鋭利な歯が覗いている。
エーギルの洗練された都市と比べれば、移動都市は源石エネルギーに大いに依存した脆弱な都市設計だ。その上、その源石にひとたび感染すれば生涯癒すこともできない。たかが源石ひとつで人生を左右されてしまう陸の人々はなんて小さな存在なのだろうと思う。何もかもが劣等で、何もかも救いようがない。沈黙をもって同調していると、彼女は立ち上がって、ゆらりと窓辺へと近づいた。
「でも、星空は別ね。地上に初めて上がった夜のことをいつだって思い出してしまうわ」
おもむろに腕を前へ差し伸ばし、彼女は陶然とした様子で双月の輪郭をなぞっていく。
「海面が白昼夢のように煌めいて見えたのは、全部現実だったんだって。大地の連中はこんなに素敵なものを独り占めしたのかと思うと、ちょっと妬けちゃうわ」
ローレンティーナがくるりと踵を返せば、スカートの裾が海月のようにふわりと膨らんだ。そして、鍵盤でワルツを叩くような軽やかな足取りでラックへと向かうと、迷うことなく一枚のレコードを取り出す。彼女は一度慈しむような手つきで盤面をさすり、慣れた様子でプレイヤーにセットしていく。白く長い食指で持ち上げた針がすっと落ちると、ジジッとくぐもったノイズが一瞬鳴った。
間もなくして、殺風景な室内に音楽が満ちる。
「目が覚めてから、この大地にあるいろんな音楽を聴いてみたわ。リターニアの高尚なオーケストラや、ヴィクトリアの前衛的なロック。クルビア開拓時代の曲まで。でも、やっぱりイベリアの曲がいいわね。きっと、海が近いからなのね」
黄金時代を彩る荘厳な音色に、揚々たる歌声が華やかに舞っていた。目を閉じれば、絢爛豪華な時を閉じ込めたまま大海を漂流していたあの船の情景が、ありありと浮かんでくる。
珍しい、と彼女の愉快げな声が響いた。
「あなたがそんなふうに眠たそうにしているなんて」
「……そう?」
言葉少なに返せば、くすくすという笑い声が耳元を擽った。
「あなた、変わったわ。本当に。この陸上艦での生活がそうさせたのかしら?」
「――あるいは、」
言いかけて、私は目蓋を開ける。すぐさま、同じ色をした瞳と目が合う。
彼女はキュッと、満足そうに目を細めた。
「ねぇ、スカジ」
――今夜は踊りましょう?
夜闇を食んだしなやかなシーツの海面を月光が照らし出している。
ダンスへと誘う手に、私は手を乗せて応えた。
レコードが回り続ける。
月夜が巡る。
二人。
end.
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