ダディにバイバイして、と言われたジュニアの手がゆるゆるとゼノから離れる。横に振られると思った手は真っ直ぐこちらへ伸びてきて、俺は大股でそこへ戻った。花びらみたいな指がジャケットの襟をぎゅうと握り、自分ではなくゼノの方へ引き寄せた。
「Kiss Mommy bye-bye first」
ジュニアがたどたどしく悲壮な声を出すので、ゼノは息子の小さく柔らかい体をきゅっと抱きしめる。
ジュニアの"Mommy"は飴玉にしてずっと転がしていたいくらいに愛らしかった。そうゼノに言ったら俺のスマホの着信音がジュニアの"Mommy"になった。おかげで俺は周囲の連中から、いまだに"Daddy"って呼んでもらえていない可哀想な父親だってことにされている。
「Oh, Daddy already kissed me. But I’d love another, wouldn’t you, Junior?」
「Yeees! Another one!」
息子を抱いたゼノの体を抱き上げて、二人の頬に二回ずつキスをする。ゼノがそっと首を傾げて、唇に羽のようなキスを返してくれた。
「Is that better now, sweetheart?」
「Yesh… iss good. But…no f’get when come home, ‘kay? Daddy…」
「Never. Her kiss is home.」
抱き上げた二人をそっと下ろす。ジュニアは俺の返事を至極満足そうに咀嚼して、ゼノと同じ知性をたっぷりと湛えた黒い瞳を俺へ向けた。
「Bye-bye」
バイバイしたくねえな。二人を抱え直してパティオに置いた真っ白いソファへ向かいたい。でもゼノも、ゼノと俺の息子も、俺が働いている姿が好きだ。バイバイしたくないって思うのと同じくらいに、俺が飛ばす飛行機をこの家から見上げるのが好きなんだ。
「Gotta go… but I’m not far.」
かれこれ二十分は開きっぱなしになっていた送迎車のドアに手をかける。後ろ髪を引かれ振り返ると、ゼノが唇に指を当てた。ジュニアに手本を見せるように、白い指先の上をふぅと俺の方へ吹いてみせた。
「Bye-bye love」