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ふーこ
2025-09-15 10:26:58
4036文字
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小説
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小石を蹴って帰った
【ジュヴFES3 展示】
皆守と葉佩。帰り道に石蹴りしながら、しょうもない話をする二人です。皆守はくだらなさを楽しむことに少し罪悪感がある。くだらなさを大仰に受け取って、ダメージを負ってしまう。
小石が転がっていく。それを蹴飛ばした九龍の歩みは止まらず、俺もまた立ち止まらない。
俺も九龍も、行方だけは見失わないように目でそれを追っている。寮へと向かう道は所々ひび割れていて、端の方にたくましく雑草が生えているものの、大部分はちゃんとアスファルトに舗装されている。よほど油断でもしなければその石を見失うことはない。目を離しさえしなければ。蹴り損ないさえしなければ。
「それでさ、やってみたら意外と面白くって。ロックフォードアドベンチャーっていうやつ」
九龍もまた足下に視線を落としながら話を続ける。九龍のPCに入っているゲームソフトの話だ。聞いたこともないタイトルのゲームだが、そもそもゲームの流行りなんて知りもしないから「初めて聞いた」以上に言うべきことがなかった。もちろん主人公の大活劇や戦闘の話を聞かされても気のない返事をすることしかできないのだが、九龍は満足しているみたいだった。そうは言っても、例えば八千穂みたいにリアクションの大きい奴が話し相手だったら、もう少し張り合いがあったのかもしれない。
九龍が話している間にも小石は俺たちの間を数往復していた。九龍のブーツに蹴飛ばされて、今度はオレの革靴に蹴飛ばされて、それの繰り返しだ。
「気がついたら明け方になってた。もちろん一瞬は考えたよ? 少しだけでも寝てから登校した方がいいんじゃないかってね。でも、やめるのが惜しくなって」
「で、徹夜して授業中に寝こけてたっていうのか。そりゃ、先公に憎まれることだろうな」
「そう。教室で寝てると、怠惰とか反抗的とか、そんな風に見える。保健室や屋上で寝てる方がよっぽど悪いと思うけどな、俺は」
「優等生な八千穂の横だっていうのも余計に目立った原因だろうな。運が悪かったな」
心から同情はしていない。馬鹿だな、と肩を小突くくらいの気楽さでその言葉を返す。
小石を蹴飛ばした。俺の番だった。このために歪めていた歩調を楽にして開放感を得る。
九龍の目が小石の行方を追っているのが分かる。俺もまた、同じようにその行方を追っている。小石は数メートル先で数度跳ねてから勢いを失ってそこに止まった。
「少なくとも今週は怒られるの確定かも。まだクリアしてないから」
「なんだよ、毎日徹夜する気か? お前も好きだな。ゲームがなくたって《宝探し屋》さんは忙しい夜を過ごしてるっていうのにな」
「そう。忙しくも、楽しい夜!」
夜、のところで九龍が小石を軽快に蹴飛ばす。バウンドした小石は道の起伏に翻弄されてほとんど真横の方に飛んでいった。俺と九龍は二人してそちらの方にゆるかやに寄りながら歩いていく。
「
……
で? この原始的な石蹴りゲームもお前にとっちゃ面白いのか」
「喜びはある。なんだろうね? 狩猟本能なのかな」
「狩猟民族だったころを思い出せってか。馬鹿馬鹿しい。文明は現代人が生まれ持った幸運だ」
「その幸運の上で、こういう時間を享受するのも悪ではないだろ。むしろ、それこそ望まれていることじゃないか? 文明にさ」
「それはお前が聞いてみろ。古代人の叡智とやらに、耳を傾けでもしてな」
元々歩いていた場所まで軌道を修正するため、今度は反対方向に向かって小石を蹴る。そして、今度はそちらの方向に寄せ返しながら歩いて行く。これこそ、何かシューティングゲームの動きみたいだ。
この遊びが始まったのは、寮へ帰ろうというときに九龍が足下の石を蹴飛ばして音を立てたことがきっかけだった。はじめは九龍ひとりでそれに勤しんでいたのだが、一度俺の目の前に飛んできたのを蹴飛ばしてしまったのがよくなかった。九龍は再び小石を俺の方に蹴飛ばして、俺にも蹴るようにせがんで、それの繰り返しでここまできた。
ここにたどり着くまでにいろんな話をした。どれもくだらないことだ。ウェイトレスが口を滑らせていた“今度追加されるマミーズの新メニュー”とは一体なんなのか、最近脱衣所に持ち込まれた入浴剤は誰の私物なのか、図書室の選書と七瀬の書庫整理について、などなど。
小石は会話の応酬を可視化するように、ひたすらに俺たちの間を行き来していた。不思議と、とても重要なことをしているような気分になってくる。してもしなくても世界には何の影響もない会話。してもしなくても俺には関係のない会話。してもしなくても、九龍にだって関係ない会話。そのくせに、だ。
「叡智と言えば。身につけてると妙に頭が冴えるものがあるんだけど、どういう仕組みか全然分からないんだよね」
テーマが変わった。九龍が言っているのはあの虫が描いてあるヤツのことだろうか。それともお守りみたいな石のことだろうか。何を想定しているかは分からないが、何にせよ仕組みが分からないということだけは迷わず同意できる。不気味と同義かもしれない。しかし考えてみればこの世の仕組みを全部分かって生きているわけでもない。ある程度のことは分かったとしても、いつか絶対に理解不能な領域にたどり着く。俺たちは便利な不気味さの上に立って生きている。
まァ、九龍の持ち出す道具というのはそういうのとは違う種類の不気味さを持っているわけだが。
「そんなもん、あんまり持ってると良くないんじゃないのか?」
「でもな、悪くはないんだ。なんていうか
……
頭がハッキリして考えやすくなる。今まで気づかなかったことが分かるみたいな
……
」
九龍の手は実体のないものをつかもうとするように空中で頼りなく泳いでいた。九龍が石を蹴る。器用なことに手を動かしながらその重要な任務をこなしているのだった。
「あまり余所で言わない方が良いぞ。誰がどう聞いても、いかがわしすぎる」
「いかがわしいって、いやらしいってこと? 性的に」
「んなわけあるか、馬鹿野郎。ヤバい奴だと思われるってことだよ」
今度は俺が石を蹴る。まっすぐに飛んでいった。
反面、俺は肩を落としたい気分だ。九龍が道具で叡智を得るなら今だ。気の抜ける会話をしなくてすむのなら、多少の怪しさには目をつぶろうじゃないか。
「まぁまぁ。それじゃあ使用感については伏せておくとしてだ。ともかくそれを身につけてると頭が
……
良くなると言おうか。そして外すと元に戻る。でもその間に得た知識や知見は失われないから、使用前と使用後を比べると、使用後の方が頭が良いわけ」
「経験値はそのままってことだな」
「そう。タイムスリップみたいだよね。例えば言語一つ覚えるのだって、本来はもっと時間がかかったはずじゃん」
九龍が石を蹴る。直前の単語が頭の表面にあったせいだろうか、その軌跡はタイムマシンが遙か未来へ飛んでいくような銀色の線に見えた。コン、と大きな力に蹴飛ばされて抵抗もできないまま、一足飛びに、爽快に。
「そいつはどうだろうな。実際、タイムマシンがあったとしたら、乗ってる奴だけが進化から置き去りだ」
「あー、じゃあどちらかというとアレだ。漫画で見た。修行の
……
そこだけ時間の進みが早いっていう
……
」
「ああ」
息を吐き出すついでのような笑いが漏れた。馬鹿げた話があちこちに連鎖していく。俺はやったこともないビリヤードの台のことを思い浮かべていた。九龍の打ったボールが他のボールに当たって転がって、それがポケットに入ったり、そこらで止まったりする。
早送りみたいなものか。と、さっきの話を噛み砕いてみた。いつかは到達できる地点に通常よりも早くたどり着く。異常な追い風みたいなものだ。文明の利器の恩恵にはあやかりたいと思っているが、そこまで行くと奇妙な気もする。だいたい、そんなに焦って到達したいところもない。知りたいことは未来には思いつかない。
どうすればよかったかを知りたかった自分はもう遠く、手の届かない過去の中にいる。そこからどうして、ずっと捻れたままでいる気がする。
石を蹴る。蹴った瞬間、間違えたという直感が頭から爪先までを一気に貫いた。俺の足は、砂みたいな細かい石くれを一緒に巻き上げて、目当ての石を遠くの草の中に飛び込ませた。
「あ、ホームランだぞ甲太郎。試合終了だ」
九龍の軽口にとっさに返事ができなかった。もう、この気楽でくだらない遊びは失われたんだ。俺が油断をして、間違えてしまったからだ。
やり直すのは大仰すぎる。どうしても行為の質が変わってぎこちなくなってしまう。だから、本当は繊細に、慎重に進めなくてはいけなかったんだ。この気楽さを心地よいと思っていたなら。
後悔と、大げさにショックを受けている自分への嘲りが混ざり合って思考が圧迫される
「手元
……
じゃないな、足元が狂っちまった。悪ィな」
やっとそう答えて、今までと変わらない歩調を心がけて進む。
当然、九龍も俺もその小石を探そうとはしなかった。気まぐれに蹴っていただけの石。この世界に何の影響もない会話を乗せて、連絡船のように行き来していた。全部、これでおしまいと閉じられたみたいだった。
「けっこう続いたな」
「くだらないなりにな」
歩みは止まらない。俺たちは小石の転がっているだろう辺りを通り過ぎる。そこには草が茂っていて、根元の隙間を覆い尽くすように似たような小石や砂利が集まっていた。横目に見たくらいでは目当ては見つかりそうもなかった。
寮の入り口は目前だ。今日はもう、一人になって眠ってしまいたい気分だった。変な感傷に蝕まれている苛立ちと無力感をどうにもできなかった。
目を離しさえしなければ。蹴り損ないさえしなければ。本当にそうすれば、生ぬるく良い気分が続いたかどうか。知り得もしない過去の話になってしまった。寮の扉の「開放厳禁」の張り紙が風に震えていた。押しても引いても入れる扉だ。建物に足を踏み入れた後、わざわざ振り返って確かめもしなかったが、背後でその扉がゆっくりと閉まっていく気配を感じた。
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