沙里
2025-09-15 02:19:36
1783文字
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よく晴れた日のこと

アルと2主。本編が始まるよりちょっと前の話。


――ノイマン隊長が亡くなったそうだ。

 アルベルトの元にその報が届いたのは、少し遅れてのことだった。
 任務で遠出をしていたのもあったが、そもそもの所属部隊も違えば、立場も違う。その名声は耳にしているが、接点はない。
 アルベルトにとってのカール・ノイマンという人間は、そういう存在ではあった。
 その死を悼む気持ちはあれど、どこか遠くの出来事のような、街で見かける葬儀の一コマのような。言ってみれば、他人事で。それでも自警団という組織の中での話であるがゆえに、葬儀に参列はせねばならない。しかし、彼の人物を知る人々に比べて感情の置き場に困り、少し離れた場所でふぅ、と詰まる様な呼吸を吐き出した。
 空は高く、青い空が広がっている。ゆっくりと白い雲が流れていく。頬を撫で髪を揺らす風は心地が良い。
 すべてが不釣り合いだった。
 不思議な気分でぼうっと立っていると、アルベルトのほうへと歩いてくる影がひとり。参列者の輪から離れ、気だるげに頭を掻いて、そうしてきょとんとアルベルトを見上げた。
「アルベルトだ」
 どうしたんだ? と不思議そうな顔を向けられ、肩を竦めた。
「おう。俺よりお前はどうしたんだよ」
 当然のような問いかけに、彼は「はは……」と困ったように笑って頬を掻く。
……ちょっと、息苦しくてさ」
 絞り出すようにそう呟いて、彼はアルベルトの隣に立った。その表情は、困惑したような、疲れたような、それでいて何もないような。そよ風が吹けば、その長めの前髪に、表情の半分は隠れてしまう。
(相変わらず、よくわかんねぇやつだな)
 彼はアルベルトの同期だった。所属部隊は違うが、同期の気安さもあり、長く付き合いが続いている。
 だが、その長い付き合いがあっても、アルベルトは彼のことをよく理解はしていない。悪い人間ではない。むしろ良い人間だ。わかりやすいほどに、悪を良しとせず正義を愛する青年。逆に言えば、それくらいのことしかわからない。確かにそこにいるのに、どこか、人間味が無いというか、現実味の無いような、不思議な存在だ。
 視線だけで隣の青年を見ても、何を考えているのか、アルベルトにはわからない。何かを考えているのか、考えていないのか。前髪の隙間から見え隠れする表情は、無に近かった。
……もっと、見るからにヘコんだりしてるのかと思ってたんだがな」
 アルベルトが呟くと、彼は「俺もそう思ってた」と小さく笑う。
「俺よりも、ロビンたちのほうがズタボロでさ」
 大変だったんだぜ、と彼は笑ったが、アルベルトは、どことなく無理をしていると、そう思った。普段の彼から感じることのない、感情のようなものだった。
 溢れるほど、焦がれるほどの強いものではない。そんな気がする……その程度の揺らぎ。勘のようなものと言えば、そうなのかもしれない。
 アルベルトは、隣に立ったままの青年の頭に手のひらを乗せて、その頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でた。
「わ、なんだよ、急にっ?」
 ぐりぐりと撫でまわされて、だけども振り払うでもなく。困惑したままそれを見上げて受け入れる。アルベルトは視線を向けずに、その頭を掴むように、ぽんと手を置いた。
「おい、アルベルト……
「誰も見てねーんだし、泣いてもいいんだぜ」
 それは、アルベルトの勘と言っても良い。妹を持つ兄としての経験だったかもしれない。
 撫でられた青年は、何かを口にしようと薄く口唇を開いた。言葉を探して、はく、と空気を求める。それから小さく俯いて「わかんないよ、そんなのは」と嘆くように呟く。
「理由なんて別にいいだろ。師匠が亡くなったんだから」
 俺とは違って。それは口にせず、子どもをあやすように、優しく髪を撫でつける。青年は小さく小さく笑って、肩を震わせた。声は聞こえない。ただ、息を吐き出して、吸い込んで、それだけ。ぱたぱた、と雨粒が地面に落ちるような音がして、アルベルトは空を見上げた。
 見上げた青い空は高く遠く、白い雲がそよ風に乗って流れていく。まだ陽は高く、少し早い春の陽気が差し込んでいる。
「いい天気だよな」
 あまりにも、何もかもが不釣り合いで、だからこそ青い空が美しい。
 いつもはどこかぼやけた輪郭を持つ友人が、いつもより少しだけ、くっきりとしたような、そんな気がした。