catcatcat0626
2025-09-14 23:18:28
2300文字
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饗応

十傑の燈炎がケーキ食べに行く話。

「ばか寒いんだけど」
腹部に入れていたカイロをシャカシャカと振り、燈矢は呟いた。12月のまだ日の出てない朝。身も凍るような風が鼻に刺さる。竜乗りは大変だ。竜に乗っている時はずっと野ざらしでないといけないから、夏は暑いし冬は寒い。このジャケットは竜乗り用のかなーりお高いやつなんだけど、買ったのが8年ほど前だからペラペラになりつつある。
「今日の目的地どこだっけ」
「東の地域だ。そこいい喫茶店があるから、と、燈矢と行きたいのだが」
「ふーん、いいんじゃない」
視界を埋めるでっけー後ろ姿だけで、お父さんがめっちゃ喜んでるのが分かる。本当は今すぐ俺の顔をみたいんだろうけど、そうしないのは安全運転第一の一級竜使いだから。本当に分かりやすいよなァ、お父さんは。
俺とお父さんは、竜に乗ってこの国を哨戒する仕事をしている。呆れるくらい平和な国なので、腰に携帯した電気銃を使う機会は年に1回あるかどうか。いつも俺が出る前にお父さんがなんとかしてくれるため、俺が使うのは凶暴化した竜を抑える時だけ。お父さん、竜の気持ち全く分かってねェの。それもそうか、我が子の気持ちさえ分からないのだから。今日は、東のほうに国からの届け物を渡すそうだ。こういうのは他を当たってほしいけれど、国からの命だから受ける以外の選択肢はない。ま、暇だからいいけどさ。
当方で飛ぶ小型竜の群れを眺めると、群から少し離れたところに、翼の短い竜がいた。恐らく子供だろう。厳しい野生の中で生きている彼らは、やがて翼が短い子竜を見捨てる。自然の摂理。生きていくために最も効率が良い選択。ガキンチョだったら慈悲の気持ちを抱くのだろうか、残酷だと思うのだろうか。遊んでいた視線を、真っすぐを見つめる父に戻す。お父さんは、俺のことを煩わしいなぞ思っていないし、思ったことがないだろう。
ケロイドに包まれた手を、昇りはじめた日に翳す。俺をこーんな姿にしちゃった罪悪感とか、償いとか、何を持って俺と一緒にいるのか知らないけど、さっきの誘い、断っときゃ良かったかなと今更思う。
「その店はケーキと紅茶を一つずつ選ぶんだ。シフォンケーキとタルト、どっちが良いか?」
そう思ったも束の間、お父さんの問いにすぐさま「シフォンケーキ」と返してしまった自分に呆れる。お父さんと居ると、お父さんと俺以外の全てがどうでもよくなる。お父さんと俺だけの世界があれば、どれだけ良いことか、なんて思ってしまうほどに。拗れた親子関係を、俺は他人事のように笑った。

▽▽▽

 国からの届け物を渡した後、俺はお父さんに連れて行かれるがまま、喫茶店へと向かった。案内された窓際の席に腰を下ろす。ジャケットを脱ぎ、荷物入れに入れ、メニューを手に取る。メニューの一面に広がる紅茶の種類に圧倒され、思わず目を細める。よく分からない横文字だけのページは飛ばしていると、フレーバーティーをページに辿り着いた。林檎、桜桃、桃、葡萄。人参という珍しい味から、定番の檸檬まで。ふーん、お父さん結構おしゃれな店知ってるんだ。そういやお母さん紅茶好きだったな。ここにもお母さんと来たのかな。そう思うと腹が立った。俺とのデートに再利用してんの。事実だったら後で死ぬほど抱いてやる。
ペラペラメニューをめくっていると、青い茶が目に止まった。バタフライティー、酸に反応して色が変化すると、一時期巷で流行っていたものだ。
「燈矢、飲みたいものは決まったか?」
「うん」
「そうか、では店員を呼ぼう」
小走りでやってきた店員に、注文の品を教える。お父さんはよく分からない銘柄の紅茶と、いちごタルトを頼んでいた。
懐かしいな」
「なに」
「以前、この店にお前と冷と3人で来たんだ。燈矢がはじめて紅茶を飲んだのもこの店だろう。前も、燈矢が頼んだのはバタフライティーだった」
「ふーん……
なぁんだ、良かった。言われてみると、来たことがあるような気がしてきた。いやぁ、お父さんそんなこと言うんだ。家族との思い出を大切にしている親です、みたいなもの言いに吹き出しそうになる。
「俺と燈矢の瞳の色だと言ってたなしかし、付属の檸檬を入れたら紫に変化してしまったのが嫌だったようで、大泣きしてしまって大変だったんだ」
「なにその思い出」
お父さんが家族とのできごとを詳しく覚えているなんて意外だった。俺のお願いも忘れてしまうお父さんだから、すっかり、ほとんど忘れているのかと。あー、あの時期の俺だからか。そりゃあ希望に溢れてたから覚えてるよな。しかし、昔の俺も今の俺も変わんねぇー。さっきの俺だって、瞳のことを意識して選んだ。そのことに、嬉しいような、気持ち悪いような感覚を抱く。
帰りにバタフライティーの茶葉を買って帰ろうか」
「勝手にすれば」
窓の外で行き交う人々を眺めていると、やがてやって来た店員が俺らが頼んだ品々を机に置き始めた。ことり、丁寧に陶器が置かれる音とあたたかい香りにつられ視線を戻す。
「ご注文の品は、以上でよろしいでしょうか?」
「ああ、ありがとう」
ぐにゃり、青い茶の中で茹だる自分の顔を眺める。深く、深く、指を入れても底に手が着きそうにない青が広がっていた。ああ、お父さんと、俺の瞳とはちがうな。俺らの色は、もっと酷く澄んでいて、気持ち悪いくらい愛おしい色だ。こんなことを思っていまうものだから、俺はお父さんから離れられない。離れたくない。お父さんも俺を離すことはない。どんなことが起きようと。
透明なカップを手に取り、お父さんの顔に重ねた。青を通して、お父さんをそっと飲み込む。