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めやぬら
2025-09-14 23:02:15
5543文字
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unsafeニキとゾンビひいろの話
あまりゾンビらしくない。書きたいところだけ書きました。
殆ど凛月くんと話をしている。
誰かこの話の続きと世界観について教えてほしい。
※呼び名修正しました…ほんと申し訳ない…
最新式のセキュリティと無機質な白い壁。人工的に柔らかさを演出させられた丸みのある扉は、近づけばセンサーによって自動で開く。
開いた先の部屋は、同じ無機質な壁と天井に囲まれているのに、ありとあらゆるところに紙やデバイスが転がっていて、工具もぞんざいに置かれていた。
その一角、山のような資料やボードに囲まれたところに向かう。
「持ってきたよ」
「ん、その辺置いといて」
隣の資料室から持ってきたファイルは片手じゃ引き出せないほどの厚さで、きっと重いはずなのだろう。そんな荷物を抱える僕に目もくれず、堆く積まれた山の中では、白衣のままで画面に向き合う人がいた。彼はひたすらキーボードを打ったり、手元のメモ書きを見たりと、忙しなく作業をしている。
僕は持ってきたファイルをどこに置こうかと少し迷って、ゆっくり辺りを見回した。あまり可動域を広げるなと言われているから、首を大きく動かすわけにいかない。身体ごと翻して部屋中に視線を巡らせるが、足の踏み場も選んでいるような惨状で、もうこれ以上資料の置き場はない。仕方ないかと、数時間前に持ってきた同じようなファイルの上に積んだ。これでまた、片付けが大変になることが決まった。
やることがなくなった僕は、唯一スペースが確保されている来客用だった仮眠用ソファの上に座る。いつもの定位置のスツールは現在資料置き場になっている。次点の定位置に収まって、ぼんやりと部屋と彼を眺めるのが、最近の日常だ。
画面に向き合っている彼は、今日は起きた時からずっとこうだ。どうやら論文とやらの締め切りが迫っているようで、これまでの実験記録やら資料やらを漁っては頭を抱えて唸ったりして、早一週間。段々と睡眠時間も少なくなっていて、目の下にクマを作りエナジードリンクを飲み、食事もそこそこにずっと論文作成をしている。
ここは何かの研究所で、この部屋は現在論文執筆に苦しむ彼に与えられた研究室。彼は忙しい研究者。
そして、僕は何かの実験体。誰かの遺体を元にして甦ってしまった、記憶の伴わない何者かの延長。
僕が明確に理解している事実はそれだけだ。
「あー
……
背中いた
……
」
しばらくはキーボードの音が途切れなく続いていたが、ひと段落ついたのか、ギシッと軋む椅子の音。そしてその後に、資料の山の中なら見える腕。
落ち着いたのならと、僕は固い身体を動かして、ゆっくり歩いて回り込んだ。
「お疲れ様。間に合いそうなの?」
「うーん
……
たぶん」
曖昧な言い方をする彼は、ぐちゃっとまとめている髪を揺らし、苦笑いしてこちらを見上げた。青い目の下にはクマがあり、昨日よりも濃くなっているような気がする。ボロボロに跳ねた髪を手のひらで撫でるように触れると、くすぐったいと笑って、嬉しそうに僕の手を取った。冷たいだろうに、血色の悪い白く褪めた手を握る。
「なにか、僕に手伝えることはある?」
「ひと段落したから大丈夫っす。ご飯食べたら、確認だけ手伝ってほしいかな」
「確認?」
「ちょっとしたことっすよ。ページ数がおかしくないかとか、見た目が変じゃないかとか」
「ふむ
……
」
「とりあえず、ご飯食べましょ。君も一緒に」
椅子のキャスターを転がし、僕の手を引いて資料室とは違う狭い小部屋に向かう。歩みのぎこちない僕に合わせ、ゆっくりと数歩分の距離をエスコートしてくれる手は、きっとあたたかくて柔らかいのだろう。死んでいる僕には感じ取れないけれど、そうに違いない。
「ね、何が良いすかね。最近あんま買い物してないし、何も無かったかも」
「たしか、冷凍食品が残っているはずだよ」
「じゃあそれにしよっか」
忙しくとも優しい彼。食事なんて食べられない僕を食卓に共に居させてくれるような、死人に歩調を合わせてくれる、長い髪が特徴的な彼。
直接名前を教えてくれたことは、無い。
--
ブー、と来客を知らせるブザーがなる。部屋の主人は仮眠中で、僕は修羅場を越えた部屋を片付けていた時だった。
一旦抱えた紙束を机に置いて、一歩一歩、誤っても倒れてしまわないよう気をつけて部屋の入り口に寄る。扉の横、鍵の開錠操作の画面には、監視カメラに向かってダルダルの白衣の手を振ってにこにこ笑っている黒髪の青年。
開錠するボタンをタップすると、扉が開いた。
「おー、君かぁ。ニキぴょんは?」
「寝ているよ。論文の締め切りが昨日だったからね」
「あはは〜、ま、そうだよねぇ。この惨状を見る限り、大変だったみたいだね」
「そうだね。入るかい?お茶でも淹れるよ。用があるなら、起こしてくるけれど」
「ん〜起こさなくて良いよ。でもお茶は飲んでく〜」
黒髪の彼は、お邪魔しまーすと中に入る。少しは片付けたといえ、まだまだ雑然とする部屋にも臆さず、気ままに部屋の奥のソファに向かっていった。
「んっふふ、ニキぴょんの寝顔なんて初めて見るかも。すっごい爆睡してるじゃん」
「今回、かなりギリギリだったみたいだ。僕ももう少し力になれたら良いんだけど
……
紅茶とコーヒーがあるよ。どちらが好きかな?」
「んー?
……
どっちの方が、美味しい自信ある?」
「正直どちらも自信はないよ。適当なインスタントだし、僕は味なんて分からないし」
「だよね〜、紅茶で。砂糖あるなら入れてくれる?俺も締め切り明けだからさ、甘いもの欲しいな」
「了解した」
穏やかでのんびりと話す彼は、眠る部屋の主をつついたりして遊んでいる。それでも起きない主は、んぃ〜と唸るばかりだ。
何度かこの部屋に来ているから僕のことも知っている黒髪の彼は『りつくん』と呼ばれていて、僕と共にここで暮らす転寝人は『ニキぴょん』と呼ばれている。それがお互いの呼び名で、仲が良いのだろうなと察するにはあまりあった。
論文の確認として読むときに、たまに部屋の主の名前と併記されていることがある名前のうちの一つに『朔間凛月』がある。多分この人がその『朔間凛月』本人なんだろう。
「『凛月さん』、これ」
「お、ありがとう〜」
この部屋には、仮眠用ソファの他には椅子は二つしかない。いつも彼が座る背もたれ付きの椅子と、僕が座るスツール。だからお客さんが来る時は、ソファか椅子に案内して、僕はスツールに座るのが普通だった。
凛月さんもそのことを知っているから、僕からマグカップを受け取ると、自然にぎしっと深く椅子に腰掛ける。白衣の袖から指先だけを出してカップに口をつける姿は、すっかりこの場所に慣れきった堂々さがあった。
「おっ、結構美味しいじゃん。やるね」
「ふふ、レシピは守っているからね」
「レシピ?紅茶の?」
「僕は味見もできないし、香りも分からないからね。パッケージの裏面の作り方はしっかり守ってる」
「なるほどねー、えらいえらい。紅茶は作り方を守るのが大事だから」
褒めてあげよう、と戯けたように言う凛月さんは、砂糖を二杯入れた甘い紅茶に口をつけた。
「飲み物くらいは美味しく淹れてあげたいからね。褒めてもらえて嬉しいよ」
「ふーん?それはやっぱり、ニキぴょんのため?」
「そうだよ。僕は何の役にも立てないからね、少しでも何か手伝いたい。
……
ぼんやりしていても、やることはないし」
「そっか〜」
そうしてまた湯気のあるカップを傾けた後、壁際に寄せられたスツールを指差す。意図が組めずに黙っていると、打ち解けたようにニコニコと笑って、赤い目を細める。
「座んなよ。ずっと立ったままだと俺が落ち着かないから。ちょっとお兄さんとお話ししない?暇つぶしにさ」
「お兄さん
…
?話すのは構わないけど
……
」
明らかに若い彼は、僕よりも年嵩なのだろうか。不思議に思いつつ、修羅場の時は資料置き場になっていたスツールに座る。
きし、と椅子を回転させて僕に向き合う。近くなった目線はあまり僕と変わらない。けれど、少し含みのある瞳は僕の濁った目とは違って、理知の光を宿していた。
「ニキぴょんは元気?多分、俺と一緒で締め切りに追われてたと思うけど」
「ふふふ、そうだね。かなり無茶をしていたから心配だったけど、とりあえずは一安心、かな。寝るのも食べるのも疎かにするから
……
なんで自ら身体を壊すようなことをするんだろう」
「そこは研究者共通の課題だよね〜。発表とか査読のせいで締切があるのが悪いよ。まあでも、いつも通りみたいでよかった」
「凛月さんは、今日は何の用事できたの?」
「ん?
……
ほんとはね、俺の今回のやつ、ニキぴょんにちょっと手伝ってもらったやつなんだ。だから、御礼も兼ねてご飯でもどうかなって思って」
「そう。きっと喜ぶよ」
誘いに来るにはタイミングが悪かったようだけど、たまには羽を伸ばして研究者仲間と遊びに行ったら良い。ずっと研究室か実験室にいるばかりで、寝泊まりも小さい部屋でしているし、この数週間は部屋から出ていないのだ。気晴らしぐらいしてもいいはずだ。
頷く僕を見て、またカップを傾ける。そしてその縁を眺めて、ほんの少しだけ躊躇ってから、口を開いた。
「
……
きみは、どう?」
「え?」
「身体。無茶はしてない?」
「
……
うん。言われたことは守っているよ」
僕のことを知る人間は、未だ夢の中にいる彼と、凛月さんだけだ。それはつまり、僕の秘密について知るのもその二人であるということ。凛月さんは、僕の今の生について、よく知っていた。
「重すぎるものは持たない、暑いところには行かない。過度な動きはしない。定期的に動いて、完全な硬直は避ける。怪我は絶対しない」
「そうそう。もう怪我しても治らないからね。外科的な措置もあんま取りたくないから」
「うむ、分かっているよ」
「よしよし、良い子だねー」
僕の答えに肩の力を抜いた凛月さんは、また深く背もたれに身体を預ける。だらけた白衣には少しだけ薬品の染みがついている。たしか、薬学や生物関係の研究をしているとかしていないとか、そんな話を聞いたような。
少し軽い口調で落ち着いて話す彼は、そのあざとい着こなしからは想像しないような冷静さを持つ。
自分のことをお兄さんと言ったのは間違っていないのかもしれない。僕より、なんなら寝こけているそこの人よりも歳上のような雰囲気さえある。
満足げに微笑んで紅茶を揺らす表情はとても穏やかだ。
「凛月さんは紅茶が好きなんだね」
「まあね。
……
ねぇ、何で俺のこと凛月さんって呼ぶの?」
「え?だってあなたは『朔間凛月』なんだろう?」
「そうなんだけど
……
じゃあニキぴょんのこと、なんて呼んでる?」
「えっと
……
いつもは二人しかいないから、『貴方』とか、『ねぇ』とか呼ぶことが多いね」
「
……
ニキぴょんって誰のことか、分かってるよね」
「分かるよ、そこの人だろう」
口をぱかりと開いて爆睡しているその人を、軋む腕を肩から動かして指差す。渦中の彼はまだ夢から帰ってこない。
僕がちゃんと渾名が誰を指しているのか分かっていると示すと、あからさまにほっと息をつかれた。
「分かってないかと思った」
「さすがに知っているよ。名前だって知ってる」
「へー?じゃ、苗字言ってみてよ」
「椎名。あの人は『椎名ニキ』でしょ?」
「おー!せいかーい」
朔間凛月だけじゃない。この部屋で見る論文には殆ど『椎名ニキ』の名前が書かれていたし、これ読んでチェックして、と渡される草稿には『椎名ニキ』の署名があった。ここまで証拠があって分からないほど馬鹿じゃない。
「知ってるのに呼んであげないんだ」
いたずらっぽく見てくる紅の瞳。少し疲れは滲んでいるものの、楽しそうに笑っている。
「だって、僕が直接名前を聞いたわけじゃないから
……
」
「隠してるつもり無いと思うよ。拘んなくていいんじゃない」
「
……
でも、僕は自分の名前、知らないもの」
そう言うと、凛月さんは驚いたように目を丸くして、微笑みを消した。
椎名さんが僕を呼ぶたび、一瞬詰まる間がある。少しだけ言い淀む瞬間がある。そこで飲み込まれる言葉がきっと、僕の呼び名であるはずなのに。
「それは、僕のものじゃないよね。
……
この身体の呼び名だよ」
いつでも僕に向けてくれる優しい眼差しの向こう側に、隠せない失望と諦めと、ほんの少しの悲しみがある。どうしても拭えない空虚がある。
だから、椎名さん、とは呼べない。
それはなにか、一線を越えてしまう行為である気がした。
僕は細かな動きはできない。少し俯くとか、指を細かく動かすとか、そう言うのは難しい。だから、凛月さんから目を離せなくて、じっと見つめるだけになってしまう。
黙って見つめてくる僕をしばらく眺めて、凛月さんはふ、とすこし悲しそうに口元を緩める。
「そっかぁ
……
なんにも教えてあげてないんだねぇ
……
」
「え」
「俺が言いすぎるのも良くないか。多分、君にはちゃんと、直接言ってくれる時が来るよ」
「
……
」
「それじゃ、紅茶ごちそうさま。ニキぴょんにはまた後でメッセージ見といてって言っといて〜」
カップを資料が散らばる机の上に置き、軽やかに席を立つ凛月さんは白衣の裾を翻す。その動きに追いつけないで、見送るために立ち上がった頃には、凛月さんはもう部屋の扉を開けていた。
「んじゃあね〜」
「凛月さん、あ、また来てね!」
袖を振るのに急いで声をかけると、またちょっと驚いたような顔をした後、笑って出て行った。
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