雪華
2025-09-14 20:58:16
3209文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】くっつきたがり

オルをソファー代わりにして仮眠を取る先生の話です。一生こうやってイチャイチャしてほしいです。

旅とは常に危険が付き纏うものだ。天候が荒れるかもしれない、魔物や野盗が襲ってくるかもしれない、自分や仲間達が体調を崩すかもしれない――それらの内の幾つかは知識や力が解決するが、上手くいかないこともある。
今日のオルベリク達の道行きは想定外のことの連続で、有り体に言うのなら運の悪い一日であった。

「はぁっ、はぁっ、こ、ここまで来りゃ大丈夫だろ……
「もう、これ以上は……走れないわ……
……ああ、魔物達も追ってきていない。やっと振り切れたようだ」
「よ、良かったです……

はじめに膝をついたのはトレサで、それに続いて仲間達が次々と地面に座り込む。周囲には背の高い木々が生い茂り、疲労困憊の彼らの頭に木漏れ日がまばらに降り注いでいた。
朝から大変な一日だった。野盗に襲われている商隊を助けたかと思えば、その先で魔物の群れに三度も出会した。ハンイットやサイラス曰く、普段ならこの辺りには生息していない種らしく、縄張り争いの関係で流れてきた可能性があるそうだ。流石に三度目はもう正面から戦う気力がなく、サイラスの魔法やアーフェンの毒で距離を取りながら逃げ出してきたのだった。

「はぁ、オルベリクさん、鞄持ってくれてありがと~……
「構わんさ。皆、よく頑張ったな」
「もう心配ないと思うが、わたしはリンデと周囲を見回ってくる。あなた達は休んでいてくれ」
「ああ、頼んだ」

そう言って、ハンイットとリンデが木陰に姿を消す。森の中は視界が悪く、外敵の接近に気付きづらい面があるが、この一人と一匹の狩人のお陰で一行の安全は確保されていた。走り出す最中に咄嗟に取り上げたトレサの鞄を返してやりつつ、オルベリクは立ったまま周囲の様子を窺う。
トレサ、アーフェン、サイラス、オフィーリアの四人は地面に座り込み、肩を喘がせている。その傍でプリムロゼとテリオンは立ったまま木にもたれかかり、何かを話しているようだった。ハンイットがこの場を離れられたのは、彼らやオルベリクにまだ余力があると見越してのことだろう。

「ああ~! なんで今日ってこんなツイてねぇんだ……
「アーフェン君とオフィーリア君は商人達の治療もしてくれたからね……本当によく頑張ってくれたよ、ありがとう」

労う言葉を掛けるサイラスの顔色も、あまり良いとは言えない。元々体力がない方ではあるが、数度の交戦で十分に活躍してくれた上で、撤退の際にまで魔法を使ったせいだ。魚の腹のように白くなった頬を見ていると、落ち着かない気持ちになってくる。相手の数が多い戦いの場合、オルベリクが剣を振るうよりも彼の魔法の方が効果的だと分かっていながらも、それでも自分が不甲斐なく思う。
暫くするとハンイットとリンデが戻ってきて、問題ないと教えてくれた。いずれにせよ今日は野営の予定であるし、少し休憩してから今後の算段を話し合うことにした。

「ハンイットさん、リンデ、お疲れのところなのに、見回りをしてきてくれてありがとうございます」
「これがわたし達の仕事だからな。それに、リンデはまだまだ走れるぞ」
「ひゃ~すごい……。あ、そういえば昨日青りんごを買ったから、リンデにあげるわ。いつもありがと!」
「ガウ!」
「ふふ、喜んでいるわね」

トレサの鞄は相変わらずぎっしりと物が詰まって重たくなっていたが、彼女は少しも迷う素振りはなく目当ての青りんごを取り出してみせた。リンデは礼をするようにべろりとトレサの頬を舐めて、嬉しそうにじゃれつく。そんな和やかな光景を見ていると、ようやく心から落ち着けた。

「オルベリク、ちょっといいかな」
「どうした?」

サイラスに声を掛けられたかと思うと、彼はオルベリクの手を引いた。抵抗せずに木陰に連れて行かれる。大木を背にして立つと仲間達からの視線は遮られるが、楽しげな声や気配は感じられる程度の距離だ。

「座ってくれるかい?」
「ん? ああ……

普段なら饒舌に喋って、聞きもしない内から意図を明かすサイラスが指示だけ出すことに疑問を抱きつつも、オルベリクは素直にあぐらをかいて座り込んだ。意図があろうとなかろうと、サイラスの――もっと言うなら恋人の願いなのだから、叶えてやりたいと思うのが人情だろう。
するとサイラスはオルベリクの腿の上に乗るようにして座り込み、肩に側頭部を付けて身を預けてきた。にわかに狼狽してしまったのは、いくら直接見えないからとは言え、仲間達がこんなにも近くにいるところで恋人らしい触れ合いを求められるのは初めてだったからだ。

「お、おい……
「少し仮眠を取るから、打ち合わせが始まったら起こしてくれ」
「疲れているなら、プラムをもらってきてやろうか?」
「後でいい……

そう答えると、それきり瞼を閉じて沈黙してしまう。その内に小さな寝息を立てだしたので、驚きを通り越してもはや感心しながら見下ろす。以前から寝付きが良いとは思っていたが、こんなにも固いソファーでも眠れるとは見事なものだ。細い体がずり落ちないように腰に腕を回して抱きかかえてやり、オルベリクは小さく息を吐いた。

(横になった方が休めると思うが……

まあ、本人がこれが良いと主張するのだから仕方がない。気恥ずかしさが半分と、喜ばしさ半分で、身動きの取れない体勢を強いられても決して悪い気分ではなかった。普段は年少の仲間達から頼りにされているサイラスが、自分にだけ見せる特別な信頼や甘えたような振る舞いは、正直に言うと好きなところのひとつである。
そのままオルベリクも瞼を閉じて、束の間の休息に身を委ねる。草木を踏みしめる音が近づいてきた時、反射的に瞼を開いた。プリムロゼは密着して休む二人を見るなり興味を失くしたらしく、傍に咲く小さな花を見下ろしながら素っ気なく言った。

「オルベリク、そろそろこの後のことを話そうと思うの。サイラスを起こしてくれる?」
「分かった、すぐに行く。アーフェンにプラムを用意しておいてくれと伝えてもらえるか」
「はいはい」

プリムロゼが踵を返すのを見送り視線を下げると、サイラスは既に瞬きを繰り返していた。未だに表情はぼんやりしているものの、頬には普段通りの血色が戻り淡く色づいている。彼は一度欠伸をすると、オルベリクの首筋に額を擦り付けてきた。すっかり調子を取り戻したようだが、機嫌が良すぎるのも困りものだ。

「まるで猫のようだな……
「ふふ、それらしく鳴いてみようか?」
「また次の機会にしてくれ。話は聞こえていたか」
「うん。……少し眠ったらだいぶ気分が良くなったよ」

そう言うと、あれほどくっ付いていたのが嘘のように呆気なくサイラスは体を離した。そのまま立ち上がった時に、彼の髪を結わえるリボンがオルベリクの肩当てに引っ掛かり、するりと解けてしまう。

「おっと……。眠っている内に引っ掛けてしまったようだね」
「すまん、生地が傷んでいないといいが……
「構わないよ、代えは幾らでもあるから」

サイラスは手早くリボンを回収し、自身の髪を結び直す。そして軽くオルベリクの肩を叩いて、晴れやかな笑みを浮かべた。

「あなたが大好きで、離れ難く思う私の気持ちが移ってしまったのかもしれないね」
……
「さて、これからどうするか考えなければね。魔物の縄張りは抜けたと思うが油断はできない。もう少し行けば街道が見えてくるはずだから、そこまでは進んでおきたいところだが……オルベリク?」
……先に話し合っていてくれ」
「分かった、待っているからね」

赤くなってしまったオルベリクの頬を指で突いて、サイラスは軽やかな足取りで仲間達の前に姿を現した。顔を手で仰ぎながらため息をつく。――振り回されているなとは思う。しかしそれを楽しんでいる自分もいるから、たちが悪い話であった。




***

感想等をいただけますと喜びます Wavebox