桐子
2025-09-14 16:10:03
2734文字
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まわる世界11


体を洗い終わって湯船につかっていると、鬼太郎がふと思い出したように言った。
「とうさんは、みずきさんになにをプレゼントするんですか?」
「ぷれぜんと?」
「もうすぐみずきさんのたんじょうびでしょう」
「え」
初耳である。面食らった様子の父を見て、鬼太郎はあきれた顔をした。
「まさかしらなかったんですか、みんなじゅんびしてるのに」
鬼太郎の言うみんなとは、幽霊会の面々だ。確かに皆、最近そわそわしているようだったが、それが水木の誕生日を祝うためだなんてまったく知らなかった。
「そ……そうか。わしだけか知らんかったのは……
自分だけが蚊帳の外だったらしいと知って、ゲゲ郎はしょんぼりと肩を落とした。やはり自分は水木に嫌われているのだろうか。少しは距離が縮まったと思っていたが、そう考えていたのは自分だけか。
「ちなみに鬼太郎は何をあげるんじゃ?」
「ぼくはかたたたきけんをあげようとおもってます。ぼくみたいなこどもがこうかなものをあげたら、ぎゃくにきにしてしまいそうですからね。このくらいむじゃきなもののほうが、みずきさんもきをつかわずにうけとれるでしょうし」
「お前は相変わらず賢い子じゃのう」
五歳と思えない気の遣い方だ。聡明だった妻に似たのだろう。
「わしも何か贈ろうかのう」
「きっとよろこびますよ」
「そうじゃろうか」
ゲゲ郎が自信なさげな声を出すと、鬼太郎は大まじめに頷いた。
「みずきさんはとうさんからもらったものなら、なんでもすごくよろこびますよ」


「兄さんへのプレゼント?へぇ、親父さんもプレゼントするんだな。俺も実は用意してるんだよ」
念のためにとねずみ男にも確認してみたが、彼でさえ水木の誕生日を知っている上に、プレゼントを用意していると即答した。ケチで貧乏な男にしては珍しいことだ。うろんな目で見つめていると、慌ててた様子で「おいおい、勘違いするなよ」と言った。
「俺にだって兄さんの誕生日を祝いたいと思うくらいの情はあるんだ」
……それは感心なことじゃが、いったいどういう風の吹き回しじゃ?」
ゲゲ郎が警戒の色をにじませると、ねずみ男は大げさにため息を吐いて見せた。
「水木の兄さんには世話になってるんだ、当然だろ」
「ほう。まさか、『うまいもうけ話があるから、それに一枚かんでもらおう』などという贈り物ではないじゃろうな」
「ギクゥ!」
ねずみ男はわざとらしく体をのけぞらせた。
「そんなことじゃろうと思ったわい」
ゲゲ郎は呆れた声を出した。この男が何の見返りもなく誰かに贈り物をするなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。案の定だった。
どうして、水木に渡すプレゼントについて尋ねたのか。それはゲゲ郎が水木に何を贈るかまったく思いつかないからだ。
鬼太郎は肩たたき券、砂かけ婆はケーキと料理、一反もめんは手袋、ぬり壁は花……といった具合に、それぞれに水木への贈り物を考えているようだ。しかし、ゲゲ郎は水木の好きなものを知らない。もともと流行りにうとい上、水木と話す機会が少なく、好きなものをろくに知らない。そんな状態でプレゼントを贈っても、喜んでもらえるとは思えなかった。
「カタログを贈るしかないかのう」
「親父しゃん、それは奥さんにさんざん『ダメよ』と叱られたばい」
車の中で呟くと、一反もめんに聞きとがめられた。そうだった。岩子の誕生日にも、女の好むものが分からずカタログを渡して『ここから好きなものを選んでくれ』と言われめちゃくちゃに怒られたのだった。どんなものでも、ゲゲ郎が選んでくれたものなら嬉しいのだから、と。
「参ったのう」
そうぼやいたところで、ふいに車が停まった。赤信号になったのだ。窓の外を見上げると、煌々と輝く看板が目に入った。日本酒をもった女性がにっこり笑っている。
「あっ」
あったではないか。水木が『うまい』と言って笑顔を見せてくれたものが。秘蔵の酒を飲んだときの、水木の顔を思い出す。酒は強いと言っていたし、また二人で飲むのもいいだろう。寒いから今度は熱燗にしてもいい。しかし、あれは本当に珍しい酒で取り寄せるのに時間がかかる。酒造に連絡していたのでは、来週に間に合わないかもしれない。
ゲゲ郎はしばし考えたあと、袂から携帯電話を取り出した。
……もしもし、ああ、わしじゃ」
電話先は、幽霊会が経営に関わっているスナックのママだ。
『あら、親父さんから電話なんて珍しい』
「実は頼みがあってな。酒を都合してほしいんじゃが」
銘柄を告げると、彼女は電話口の向こうで『まあ』と言った。
「やはり難しいかのう」
『そうねえ。出入りの酒屋さんに聞いてみます。あったらまたご連絡しますわ』
彼女は快くゲゲ郎の頼みを引き受けてくれた。
『そのかわり、また店にも来てくださる?』
「ああ、わかった」
ゲゲ郎はそう答えて電話を切った。
「文香ママですか?」
一反もめんは車を滑らかに発進させながらそう聞いてきた。
「そうじゃ」
「親父さんも、罪な男たい」
ため息まじりにそう言われ、ゲゲ郎は首を傾げた。隣のぬり壁を見ると、彼もまたあきれたような顔をしている。一体どういうことなのか。謎を残したまま、車は目的地へ向かって進んでいく。


文香ママから電話があったのは三日後だった。懇意にしている酒屋が、やっと酒を手に入れてくれたらしい。水木の誕生日は明日なので、まだかまだかとそわそわしていたゲゲ郎にとって、この知らせはまさに吉報だった。
しかも、店の開店前に屋敷まで持ってきてくれるとのことだ。
約束の時間になり、玄関で待っていると、タクシーから文香ママが出てきた。ゴージャスな毛皮のコートを着た文香ママは、ゲゲ郎を見てにっこり笑った。
「お久しぶり。こちらがお約束のものよ」
わざわざラッピングまでしてくれたらしい。包装紙に包まれリボンをかけられた日本酒の瓶を、ゲゲ郎はうやうやしく受け取った。
「すまんのう、わざわざ」
「どういたしまして」
文香ママは下からゲゲ郎の顔をのぞきこみ、「今度同伴してくださる?」とささやいた。
「もちろんじゃ。この恩は必ず」
ゲゲ郎が大まじめに答えると、文香ママはおかしそうに笑った。
「約束よ」
そう言って彼女は甘い香水の香りを残し、タクシーへ戻っていった。車が見えなくなってから屋敷に戻ると、ばったり水木に出くわした。
「あ」
ゲゲ郎は慌ててプレゼントを後ろ手に隠した。当日まで内緒にしておいて驚かせたかったのだ。水木は淡々とした表情のまま会釈をして横を通りすぎた。もしかしたら見られていただろうか。それにしては、なんの反応もなかったから、きっと大丈夫だろう。