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もち屋
2025-09-14 14:20:00
3434文字
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ファイモス
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組手の話
ファイモス(※カスメデ)☀️🍷3.4バレ含
右腕がないファイノンと組み手をする話。
「手合わせをしないか?」
「は?」
そろそろ身体を動かさないと鈍ってしまう、と僕が言った時に、モーディスはなんとも言えない表情をした。
戦士たるもの鍛錬を怠ってはいけない。とよく言っているのは彼の方なのに。なんなら、ステュクスから戻って来たばかりのぼんやりとしている状態の時だって、モーディスは鍛錬の時間になったら何事もなかったかのように身体を動かしている。一日怠けるだけで取り戻すのに一週間はかかるのだと。だというのに、僕が鍛錬をしたいって言ったら、そんな顔をするのはなんだか納得がいかなかった。
「腕のことなら気にしないでくれ。むしろ、一日でも早くこの身体に慣れたいんだ」
「
……
そうか」
モーディスは僅かに眉を顰めたけれど、何かいいたげな言葉を飲み込んで、ゆっくりと頷いた。
ならば花園へ行こう、と珍しく提案してきたモーディスに瞬きを返す。いいのか、と問えば、呆れたような嘆息が落ちた。何を言っても無駄だと思われているのだろうか。それはそれでなんだか癪だけど、モーディスがその気になってくれているのだから、と気持ちを切り替える。
ずっと部屋に篭りきりだったから、久しぶりに感じた外の空気は新鮮だった。
生命の花園。以前はサーシスを信仰する者たちが集い、樹庭と同じようにキメラの研究や畑を使っていた場所だ。再創世の後も、引き続きヒアンシーや昏光の庭のメンバーが手入れを続けている。
ふかふかの芝が生えているから、ここなら何かあっても問題ないと判断したのだろう。呼べばすぐにヒアンシーが来られる距離でもある。あまり彼女の世話になるような事態にはならないといいなとは思っているのだけど。
せっかくの芝生だから、と僕もモーディスも靴を脱いで素足になった。あまり地面に負荷を与えたくない、とモーディスは珍しく武装を解いている。僕の方も寝衣に近い格好だから人のことは言えないのだけど。ただ身体を動かすだけだし、怪我の可能性は低い方が良い。
「
……
それで、剣はどうする?」
「いや、流石にまだ剣は早いかな。
パンクラチオン
体術
はどうだろう? まずは身体の動かし方を思い出したい」
「賢明な判断だな。手は抜かんぞ」
「ははっ! 抜いてくれとも頼んでないよ」
トントン、と地面を軽く蹴って重心を調整する。片腕分の重量がないからか、気を抜くと左側に身体が傾いてしまう。今度、ハートヌスあたりに頼んで義手を作ってもらおうかな。動かせなくとも、重心の感覚がずれるのはあまり良くない。
こちらを見据えて構えているモーディスに視線を向ける。相変わらず隙のない男だ。こちらの視線に気づいたのか、いつでも打ってこいとばかりに首肯が返ってくる。
と、と足の裏で芝生を蹴って、距離を詰めた。普段であれば木剣で体勢を崩そうと狙うところだけど、今は素手だ。左腕を振りかぶって、攻撃すると見せかけて一歩引く。食いついてくるかと思ったけど、モーディスは泰然としたまま反応しなかった。隙の無い立ち姿は、どこに拳を打ち込んでも崩れそうになくて困る。
「はっ、どうした? 来ないのか?」
「今、どうやったら君に膝をつかせられるか考えてるとこだよ!」
「ぬかせ。来ないなら俺から行くぞ」
「ああ、来るといい!」
瞬間、モーディスの姿が視界から消える。強く土を踏んだ音だけは聞こえていたから、ファイノンは反射的に大きく右へ跳んだ。なんとなく、左から来る気がしたからだ。右腕のない人間に対してそちら側から襲いかかるようなことは、きっとしないだろうと。戦場であれば話は別なのだろうが。
けれど、そんな僕の考えが読まれていたのか、耳元でモーディスの笑う声がする。
「読みが甘いな」
まずい、と思った時にはもう遅かった。風を切る音が耳元を掠める。体勢を僅かに逸らして、右脇腹に入りかけた彼の拳を左手でなんとか受け止める。そのままモーディスの拳を掴んで、ぐい、と身体をひねった。拳の勢いをそのまま乗せるように力を流して、彼を投げ飛ばそうと足に力を込める。
「君こそね!」
「どうだかな」
綺麗に地面に叩きつけられたモーディスは、そのまま自身の服を掴んでぐい、と引き倒した。視界が反転して、青空が広がっていく。踏ん張ろうとしたのがうまくいかなかったのだろう。ふん、とこちらを見下ろして鼻を鳴らした男は、体重をかけて押さえ込んでくる。マウントを取られてしまえば、僕になす術はもうなかった。降参だ、と手を挙げれば、押さえ込まれていた身体が解放される。
「鈍ったのではないか、救世主」
「いや、まぁ
……
鈍ったけどさ」
俺の勝ちだな、と勝ち誇る男に対して、小さく肩を竦めた。以前の自分だったら、こうも簡単に地面に転がってはいないだろう。鈍ったのは本当だ。というかまぁ、しばらく寝たきりだったから仕方がないと言えばそうなのだけど。
「腕を意識しすぎだ。隙が多すぎる。誰しもがお前の誘導に引っかかるとは思わないことだな」
「う
……
肝に銘じておくよ。なかなか慣れなくてね
……
」
庇うような動きをしたつもりはなかったけれど、かえってそれが目立ってしまったのだろう。重心がうまく定まらないことも相まって、身体の使い方も今ひとつだ。コントロールに意識を割いてしまって、戦略にまで気が回っていなかったのもある。
「はあ
……
やっぱりダメだなぁ。うまくいかないや」
「最初からうまくいくわけなどないだろう」
ましてや、今までとは違うのだから、と身体を離して、モーディスは隣に腰を下ろす。むしろ、どうして今まで通りの戦い方ができると思っていたんだと言わんばかりの態度に、まぁそうだけどさ、と唇を尖らせた。
やっぱり、実感としてあまり湧いていないんだ。今でも伸ばした右腕の先に手のひらがついているような感覚になるのだから。無意識に腕を伸ばしていたのか、こちらを見下ろしていたモーディスの眉根が僅かに寄った。
「手合わせよりも先にすることがあるだろう」
「
……
義手を作ってもらうとか?」
「まず、身体が馴染むまで鍛錬をすべきだ、と言っているんだ。いきなり対人でやる必要などない」
基礎を疎かにしては変な癖がつくぞ、とモーディスは諌めるように言葉を落とした。たしかに、彼の言葉も理解はできる。いきなり手合わせをするよりも、少しずつ身体の使い方に慣れるべきだというのも。
「ただでさえ、オクヘイマの防衛ができていないんだ。君だっていつまでもここにいられるわけじゃないだろう? なら、一刻も早く復帰すべきだ」
「それはお前が気にすることじゃない。今のオクヘイマは暗黒の潮の造物もいないのだから」
クレムノスに戻らなければならないことは否定しないんだ。喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、視線を落とす。再創世が果たされたオンパロスにおいて、人間を襲う脅威は排除されているけれど、それでも全てが平穏無事というわけではない。人は諍いあうものだし、何もなくとも歪み合うものである。だからこそ、暗黒の潮が来ていない今、アグライアの守護をする人手は多い方がいいとも思っている。
「だが、政治は安定しきっているとは言えないだろう? 僕たちが戦うべき相手は暗黒の潮だけじゃないはずだ」
「何を焦っている、エリュシオンのファイノン」
「
……
ずっと、戦力外扱いされるのが嫌なだけだよ」
「
……
ならばこそ、手合わせよりも基礎をどうにかすべきだ。今のお前は新兵にも劣る」
「でも
……
」
「さっさと復帰したいのだろう? ならば、俺が手伝ってやろう」
言い募る僕の髪をわしゃ、と撫でて、モーディスが不敵に笑う。光栄に思うことだな、と続けられた言葉に、なんと返すべきか分からない。クレムノスに戻らなくてもいいのか、と浮かんだ言葉は形になる前に、それなら、と立ち上がったモーディスによって止められる。
「まずは食事からだ。今後の食事管理は俺がやる」
「ええ、それは構わないけど
……
プロテインばかりはやめてくれよ?」
「サラダばかりのお前に言われたくはないな」
いくぞ、と立ち上がるモーディスに続いて起き上がる。やっぱりまだ重心をうまく取れなくてふらついた身体をモーディスが支えてくれた。もしかしたら未だに夢の中にいるのかもしれないけれど。
どうかもう少しだけ、彼がオクヘイマにいてくれますように、とそんなことを思いながら、雲石市場へと足を向けた。
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