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1780文字
Public まほやく
 

月の綺麗な夜だから(月花オーカイ)

月刊オーカイ企画さん2024年9月号のお題「お月見」「笑顔」「残暑」「甘味」をお借りした、月花の二人がお月見しながらモフモフする話。

※イベストから数年〜数十年後設定(西師弟がラスティカの希望通りお茶屋さんを開いている)



 滴り落ちそうな蜜色の満月が低い空にぶらさがっている。濡れ縁に腰掛け、梢を縫って降り注ぐ金色の光に目を細めながら、オーエンは装束の衿を緩めた。暦の上ではうに秋だが、空気は熱っぽい湿気を含んで重苦しい。知らず、呼吸が浅くなる。
 と、オーエンの目に映る満月がふたつになった。新たに現れた月は、しかし、ふらふら左右に揺れている。次は跳ねるように上下に揺れたかと思うと、ぐるりと景色が回転した。――あの子狐は、また踊っている。

……ふふ」

 思わず口から溢れた吐息は、笑みの形をしていた。



「カイン、踊ってるの?」

 葦簾よしず張りの水茶屋は、日が落ちると提灯に照らされて尚暗い。団子を包んでもらうのを待つあいだ、カインは気づけば夜空を見上げ、踊り出していた。
 背後からクロエに声をかけられ、ハッとして振り返る。

「悪い! ラスティカの煎れてくれた茶が冷めちまったな……

 店の奥に腰掛けたラスティカが、鷹揚に微笑んだ。

「汗をかいたあと喉を潤すには、ちょうどいい温度になったんじゃないかな」

 クロエも同調して頷きながら、団子の包みを差し出した。

「お月見をして踊りたくなるのは、俺たち狸だけかと思ってたから、なんだか嬉しい!」

 狸たちの大勢暮らす集落から桜雲街に辿り着き、やがて茶屋を開いた二人には珍しい光景だったのかもしれない。

「そんなにしょっちゅう踊る狐はおまえだけだって、よく言われるよ」

 誰に、とも口にしていないのに、こちらを見たクロエは、それこそ満月を眺めるときのように目を細めて笑った。



 ただいま、と土間のほうから声がして、何度聞いてもその言葉の響きに慣れない。むずがゆくなる胸を落ち着けたくて、背後に立った気配に、オーエンは「遅い」と憎まれ口を叩いた。

「僕を待たせて、優雅に茶をしばいてたようだね」

 見えたのか、とカインが少しばかり拗ねたような声音で言う。

「おまえの狐らしからぬ軽薄な踊りも見てたよ」
「綺麗なものを見て踊りたくなるのは、別に悪いことじゃないだろ」

 それから気を取り直したように明るい声音で「はい、これ」と言った。オーエンはようやくゆるりと振り向く。
 うずたかく積まれた、十はあろうかという団子の包みの後ろから、カインが顔を覗かせ、ニッと歯を見せて笑う。

「これで機嫌直してくれよ?」



 カインの尾は何年か前に二本になった。その少しあとにヒースクリフの尾も二本となり、薬種問屋を継いだ。カインの用心棒稼業はますます忙しくなり、主人に付き従って桜雲街から遠出することも増えた。それでも満月の夜には、月見と称して甘味を携え、オーエンのもとを訪ねてくる。

……食べづらいんだけど」

 しかし、実際には満月ではなく、こちらをじいっと見ていると知ると、文句のひとつも言いたくなる。それは千年以上を生きてきて初めて知る、妙な据わりの悪さに対する文句である。

「何度見てもいい食べっぷりだなあと思って」

 カインは団子に手をつけない。多くの狐がそうであるように、彼の好物は油揚げである――甘味を好む狐はそう多くない。

「俺たちって……

 カインがなにごとか言いかけて、やめた。しかしオーエンには彼がなにを言おうとしたのかわかるような気がした――ふたりとも狐らしくないよな。
 そんなことは心底どうでもいいとオーエンは思った。小さく鼻を鳴らすと、すべてを理解したようにカインは微笑む。

……でも、生涯でたったひとりのつがいと、ずっと一緒にいるのは狐らしいのかもな?」

 甘えるような声音。隣に座ったカインとは指も触れ合わない距離だけれど、するりと赤銅色の尾が寄せられる。

「おまえみたいな子狐が、僕の番だって?」

 オーエンは冷淡な声を作って応える。しかしカインの穏やかな気配は揺らがない。それに腹が立つような、安堵するような気持ちになる。

……尾が四本になるまで傍にいてから、そう言いなよ」

 赤銅色の尾と銀灰色の尾が、するすると戯れるように、頬擦りするように、擦り合わされる。しばらくそうしたあとに、ぴたりと寄り添った。