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2025-09-14 00:54:31
2321文字
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お題:「騙したな」

#ししさめワンドロワンライ 2025/09/13


 バイタルサインを読まずとも、傍らの気配が浮き立っていることはよくわかった。
「だからぁ、むらさめもちょっとはからだをうごかさねえとぉ」
「ヨガに挑戦したと言っただろう、忘れたのか」
「えらい! えらいなーむらさめヨガマスターかー」
 ぽっぽっと熱を放っているような身体が、がばりと両腕を広げて、断りもなくぎゅうと村雨の身体を抱き込んでくる。
 同じソファに並んで座ったまま、村雨は口をへの字に曲げてみせた。
 ――どうしてこうなった。
 二人でワインを一本空けたが、逆に言えばまだワイン一本だ。天堂からもらったルイボスティーを二人で飲みながら、嫌な知らせばかり垂れ流すニュース番組を一日の締めくくりに眺めるぐらいの余裕はまだあったはずだった。
 それがこの体たらくである。
「むらさめはあったかいなー」
「体温はあなたの方が高いはずだが」
「おれいま何度かあててみて!」
「三十六・八度だ」
「せいかーい!」
 測ったわけでもないのに獅子神はそう宣言して、それからンフフ、と喉の奥で笑う。村雨は指先でリモコンを引き寄せると、嫌な知らせばかり垂れ流すニュース番組を、チャンネルを切り替えることで遮断した。
「このままでは埒があかんな、映画でも観るか」
「いいぜー映画なー」
 配信サービスを開いて、適当におすすめの番組を確認する。やがてゲームのキャラクターが画面の中を駆け回るような、子ども向けの映画を選択した。
「むらさめこういうの好きだっけ?」
 やや怪しんだ様子で言う獅子神に「そうだな」と生返事をして、音量を落としながら再生する。実のところ、こんな酔っ払いには甥っ子が喜んでいたようなキッズ映画でも見せておけ、と思って選んだものなのだが、それを言ったとて獅子神はおそらく「なるほどなーだぁーっはっはっは!」などと笑い転げておしまいだろう。
「ほら獅子神、あなたに似合いの映画だぞ」
「おれむらさめ見てる方が好き……
 言いながら獅子神は、村雨の力強い髪にぐりぐりと頬をこすりつけてくる。このままでは眼鏡がゆがむかもしれない、と諦めて村雨は、片手で獅子神を押しのけながらもう片手で眼鏡を外し、チェーンを首から抜いて机の上に置いた。
「じゅんびばんたん?」
 獅子神はふやふやとそう尋ねる。ああ、うん、準備万端だ、などと適当に返事をして、村雨は獅子神がまた抱きついてくるに任せた。
「じゃあ、ちゅーしていい?」
「なに?」
 ふやふやとした口調のまま問われた言葉に、眉毛も急角度で跳ね上がる。思わずただ問い返した村雨に、だって、と獅子神はかわいい顔で口を尖らせた。
「じゅんびばんたんだって言った」
「それはそうだが、……待て、別に私はキスの準備をしたわけでは、というか一体この会話は」
「むらさめーもうちゅーしていい?」
 尖らせた口をさらに「むー」とコミカルに突き出して、獅子神は首をかしげてみせる。その顔を見ていると、あわてている自分が馬鹿らしくなってきて、村雨はハァ、と溜息をついた。
「わかった、わかった、好きにしろ」
「わーい」
 ぶちゅ、と頬に濡れた感触が押しつけられる。ひえっ、と声を出しかけて、待てよそんなにイヤでもないな、と自分の反応を奇妙に思っていると、獅子神は抱きすくめた村雨の身体を、もう少し向き合うように抱き直した。
 これはなにごと、と思っているうちに、顔が大写しになって――ふに、と唇と唇がくっつく。
 きわめつけに下唇を軽く咥えて引っ張るようにしてから、それはゆるやかに離れていった。
 身体がカチコチに固まったまま、村雨は見開いたままの両目で大写しの顔を見上げる。
 カラフルでにぎやかな大画面を後ろに背負って、逆光の青い目が色深くこちらを覗き込んでいた。
 その眼差しを見上げて、ほぼ無意識のように、村雨の唇から声が出る。

「騙したな」

 ――この男は酔ってなどいない。

「おれが」
 ふやふやとした声のままで、獅子神は甘える子どものように笑った。
「おまえをだませるわけがないだろ」
「む……
 ――言われてみればその通りだ。
 獅子神は脈拍が高く、顔が紅潮して、ベタベタ触ってくるようなおかしな振る舞いをしていて――だから、つまりそれは酔っているということなのだろう、と村雨は判断したのだ。
 ――しかしもし酔っていないとしたら、それは……
「なぁーむらさめーおれねむい」
 きらきらとした――昂奮したような眼差しのまま、そのうつくしい青が数度またたく。ぽっぽっとしたいいにおいに抱きすくめられてそう言われると、またなんとなくどうでもいい気分になってきて、わかった、わかった、と村雨は再び言った。
「好きにしろ」
「へへ……
 声に安堵が如実にこもり、獅子神の身体から力が抜けて、ぐうっ、とこちらに体重がかかってくる。重たい、と文句を言いながら後ろに倒れ、ソファの座面に身体を預けると、獅子神はごそごそといい体勢を探す様子を見せ――そして、村雨の薄い胸板に頬を埋めた。
 ふうう、と満足げな溜息とともに、わずかに見える目が閉ざされていく。
 とりあえず、この男は目的を果たしたらしい。
 それが酔っていたからできたことなのか、それとも酔ったふりをしないとできないことだったのか、どちらにせよ、こうぽかぽかすると村雨までもが眠くなってきて、彼はふああ、と欠伸をした。
「だましたな……
 欠伸のついでのように恨み言をひとつこぼし、目を閉じる。
 重たいはずの身体はこちらに体重をかけすぎないような、絶妙なバランスを保ったままだったが、村雨は、そのことには見ないふりをした。