望月 鏡翠
2025-09-14 00:29:49
873文字
Public 日課
 

#1844 この道にいる

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 極地の沈まない太陽。照りつける日差し。ぬかるむ地面。地衣類の匂い。耳元で飛び回る蚊や蝿。その全てがない。
 霧に満ちた薄暗い満ち。地面がどこまでも続いている。
「これは……
 飛び出した案内人は私を振り返る。何が起こっているのかわからない。私は反対側の扉を開けた。そこにも道が続いている。
 今までと違う場所。新しい世界に飛び出した。ここが探し求めた場所なのだ。
「どうやって、元に戻れば」
 案内人がオロオロとして戻ってきて、扉に飛びつくと何度も開け閉めをして確認した。中と外を区切る役割をもはや果たしていない木の板だ。
「素晴らしい権能だ」
 こんなに簡単に異世界に辿り着くことができるなんて。
 案内人は、徐々に息が荒くなっていった。やがて、扉に男の意味がないということを理解すると、私につかみかかってきた。
「どうするつもりだ。俺を巻き込んで」
「さあ、どうなるんだろうな。ともかく、あの沼地の魔女を探してまた戻してもらえばいいだろう。冬がくる前にな」
 全く見知らぬ土地に来たのであれば、案内人はもうなんの役にも立たない。
 つかみかかる手を振り払うと、その手にここまでの手間賃に十分な金を握らせた。大抵こういう飛び込みの仕事をする男は、結婚資金にまとまった金が欲しいだとか病気の家族がいるだとかそういう理由だ。家に帰って幸せになればいい。
「聞いていなかったのか。世界を出てしまったんだよ。こぼれたお茶だ。もう戻れない。聞いてなかったのか。ああ、こんな間抜けに着いてきてしまうなんて、人生の不幸だ」
 案内人は金を地面に叩きつけると顔を覆って泣き出した。
 私にはもうこの男と関わる理由がない。荷物を纏めると歩き出した。道があるからには人がいるのだ。そこにいるのは新しい世界の人。新しい世界の家。新しい世界の文化がある。
 私は陰気な案内人を置いて、さっさと歩き出した。
 ミルクのように濃い霧に阻まれて、遠くは見えない。自分の足で歩き確かめるしかないのだ。捧げ物も全て下ろして荷物は軽い。どこまでも歩いていける気がした。