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望月 鏡翠
2025-09-13 23:21:45
1038文字
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日課
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#1843 水はこぼれた
#毎日最低800文字のSSを書く
沼地から新たな出発を迎えることになるとは思っても見なかった。
爽やかな青空もなければ、旅立ちを支えてくれる新品の馬車もない。私たちは荷物を纏めると、重たいフェルトの幕を捲った。扉の内側は、壁から染み出してくる煙で満たされている。これのおかげで外の不愉快な虫は内側に入ってこないのだ。
案内人はふと後ろを振り返った。フェルトで閉ざされているから後ろを向いたところで、何も見えやしない。案内人は私を送り出したら、金を受け取って家に引き返し元の世界に戻る。
「こんなに簡単なのに、どうして他の魔女は、世界を渡ることをあれほど拒否するのですか」
煙と幕の向こう、少し隔たったところから声がする。
「なるほど。今それを聞くのか」
賢女の気配がすぐ近くに近づいてきた。
「アンタが一番賢いね。この話は最初からあんたが主導した方が良かったんだよ。雇い主に任せたりせずに。可哀想な案内人さん」
案内人は困った顔をして私を見たあと、幕の向こうに手を伸ばそうとした。私はそれを押し留める。なんでもいいが、こちらの話が終わってからにしてもらいたいものだ。
「世界を超えることは、禁忌だからさ。だからみんなが嫌うんだ」
「禁忌? ですがあなた方は、死んだ人間をこの世に呼び戻すことまでやってみせる。生と死を超えるのに、それ以上の禁忌がこの世にあるのですか」
賢女と話をするのは私であるべきだ。案内人が口を開く前に、私は二人の会話に割って入った。
他の賢女たちの権能は有名だ。北の魔女が世界を超えられるとは知らなかったが、皆それぞれに強い力を持っている。そして捧げ物と引き換えに、失せ物を見つけたり死者をこの世に呼び戻したりしているのだ。
「死んだ人間を呼び戻すのはそんなに難しいことじゃない。特に死んだばかりの人間だったらね。生と死の境界を超えるだけ。元々あるものを別の場所に移動させるだけ。ティーカップに注いだお茶をポットに戻すようなもの。でも他の世界に渡りたいというのは違うね。カップの外に溢すようなもの。カップには穴があく。だから嫌われるのさ。誰だって、自分の世界に穴を開けたくはない。他人の巻き添えを食って溢れたら、もう器に戻してはもらえないんだからね」
「どういうことですか?」
案内人が勢いよく幕を開く。満ちていた煙が彼の動きに合わせて流れ出す。その先にはミルク色の濃い霧が満ちていた。
幕の向こうに戻ったら、北の賢女の家があるはず。
そこには道が続いていた。
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