ジルク
2025-09-13 22:02:39
2315文字
Public 白鳥自カプ
 

死ぬまでの君を全てください 自カプの場合

CoC「白鳥の歌を謡うとき」ネタバレ
おにんさんのSS(https://privatter.net/p/2943736)を読んでて書きたくなったやつです。最終的にそこが主題ではなくなってる感は、ある。これが自カプの味。

シャワールームの方からドライヤーの音が聞こえ始めた。
自分では使わないそれを買ったのは年下の友人のためであったが、今では時折訪れるアポロがそれを使っている。久し振りに自室で感じる他者の気配に改めて不思議な感慨を抱きながら、ソファの背もたれへ身を預けた。
眠たい。先程の情交の疲れが心地よく身体を巡っている。普段よりも夜更かしをしていることや、シャワーを浴びた後の温かさも相まって、微睡みへと誘われる。
睡魔に負けてしまわないように付けたテレビからは、恋愛ドラマの再放送が流れている。しかし、眠気で働かない頭ではどうにも内容が入ってこない。登場人物たちの声は耳へ届くが、意味のある言葉として拾うことができず、ぼんやりと聞き流してしまう。
暫くしてドライヤーの音が止まり、アポロがリビングへと戻ってきた。彼はテレビを一瞥すると、こちらへ近づいてきて隣へ腰掛ける。
「死ぬまでの君を全てください」
……え?」
彼らしくない台詞をかけられて思わず聞き返すと、彼は「だってさ」と視線でテレビを示しながら笑った。つられて画面を見ると、そこでは二人の人物による愛の告白のシーンが繰り広げられているようだった。
……欲がないよな」
テレビに映る人物たちを見ながら呟く。その二人にとっては意味のある大切な言葉なのかもしれない。しかし、今の自分にはその言葉に共感はできなかった。
「俺なら、死んだ後の全てももらってくれないと嫌だ」
アポロの方に視線を戻せば、彼は楽しげな笑みを浮かべていた。俺がどう思うのか聞きたかったんだろうなと思う一方で、きっと彼にはわかっていた答えだろうとも思う。
「じゃあ、俺が先に死んだら、どう?」
アポロは表情を変えずに、軽い口調で問うてくる。
(お前が先に死んだら、)
脳裏に蘇るのは、父なる神に利用された果てに肉塊となった彼の姿。それと、繰り返される時の狭間の夢で見た、広がる血の海に沈んでいた様子。彼が死ぬときのことを考えると、思い出されるのはその二つの記憶だ。
今の、目の前のこの人は、以前と同じようにかの父神の子として、人の形を留められずに死ぬのだろうか。それとも俺たちの母の子としてか、あるいは、ほかの形で死を迎えるのだろうか。
そして自分は、その死を受け入れられるのだろうか。
物言わぬ遺体となったアポロの姿を想像してしまう。もしもあの廃工場の屋上で、彼が命を落としていたら、どうなっていたのだろうか。
人間の死体は何度か見たことがある。青白い顔、乾燥して萎んだ肌、ときには身体が腐り落ちているものやあり得ない方向に折り曲げられたものなど。それらはいつ見ても慣れない恐怖を感じる。知らない誰かでさえそうなのだから、それがもし、自分の愛した人だったら。
彼の死を想像すればするほど、微睡みの幸福感が引いていき、よく知った苦しさや恐怖が胸の内にすとんと落ちてくる。それはまるで、夢から醒めるかのような感覚だった。
曇る表情を隠さずに、ただアポロを見返す。彼は「拗ねんなよ」と笑った。
それがどこか腹立たしくも、愛おしくもあった。
彼の頬に手を伸ばし、身を乗り出して、視線を合わせる。冷たい青の瞳が僅かに細められ、彼が小さくこちらに顔を傾ける。それを見て、彼の唇に自らの唇を重ねた。
そうして数秒口付けを交わし、離れる。彼が寝香水に付けたのだろう、柔らかく清潔感のあるムスクが香った。
アポロは目を細くしてただこちらを見つめていた。
その視線に応えたくて、口を開く。
「お前が先に死んだらさ、」
彼の頬を撫でながらそう言いかけて、言葉に詰まる。もしもそうなったらちゃんと隣で見守っていたいだとか、悲しみでどうしようもなくなってしまうかもしれないだとか、そもそも人は誰かのものにはなり得ないだろうだとか、思うことはたくさんあった。たくさんありすぎて、何から話せばいいのか、上手く言葉にできない。
彼が先に死ぬことを考えたことがないわけではない。いつかは受け入れられるようにならないといけないと思っている。以前彼の言った「お前を今でも殺したいと思ってる」という言葉に嘘はないだろう。でも、その後に続いた言葉の方が本心なのだと感じている。「俺が死ぬなら、隣にいるのはお前だ」という言葉は、彼にとっては単なる想像を伝えたに過ぎないのかもしれないが、自分には彼がそう望んでいるかのように聞こえた。聞こえてしまった。
死ぬときには愛した人にそばにいてほしいと、死んだ後も強く想っていてほしいと、自分がそう強く願っているからこそ、もしも彼が先に死ぬならそばにいたい。その気持ちは確実にあるのだが、言葉にしてしまうのは、まだ怖い。彼に置いて逝かれること、それを認めてしまうことが、怖くて仕方がない。
しばらく言い淀んでいると、頬に添えた手を取られ、手の甲にキスを落とされる。
「もう寝たら?」
唐突にアポロが言う。自分がまた彼の求めるタイミングで答えを出せなかったことを少し残念に思いつつ、「そうしようかな」と返す。
「寝かしつけてやろうか?」
からかっているようにも聞こえる口調に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「いや、いいよ」
「そう?」
ソファから立ち上がってテレビを消し、寝室へ向かう。扉を開ける前に振り返ると、彼はソファへ横になってスマートフォンの画面を眺めていた。
「おやすみ」
声をかけると、彼はこちらに視線を向けず、軽く手だけを振って返す。
先程まで漂っていた甘い雰囲気からは打って変わってあっさりした彼の態度に、寂しさと安堵を同時に覚える。
(愛してるよ)
心の中でだけそう付け足して、寝室へ入った。