ジルク
2025-09-13 21:29:11
1949文字
Public 柘桜(同居人)
 

青空の下に桜散る

CoC「同居人」ネタバレ/R18G注意
シナリオ本文からの引用があります。

それは、麗らかな春の日のことだった。
高天原探偵事務所を経営する二人の探偵、二十柘榴と若桜依織は二人で街を歩いていた。この日は休日であり、学生時代からの友人でもある彼らは、偶には仕事に関係のない外出をしようかと出かけていたのであった。
二人は住宅街と商店街の境にある公園の近くへと差し掛かる。公園の周囲には桜が植えられており、丁度満開を迎えていた。それを目的にか人通りは多く、賑わっている。
「お花見かな? 素敵だね、今日は天気も良いし」
依織の視線が、道路の向かい側を歩いている人々を捉える。大学生らしき若者のグループやベビーカーを押した夫婦等が、和やかな雰囲気で連れ立っていた。
「予定変えるか? 映画なんていつだって見られるしよ」
信号のボタンを押し、そう柘榴は返す。依織は少し考えるように首を傾げた。
「でも映画にも公開期間はあるし、楽しみにしてたんじゃないのかい?」
「桜の見頃の方が短けえだろ。これだけ咲いてりゃ散るのもすぐじゃねえか?」
「そうだね……。どうしようか」
歩行者信号が青になり、二人は桜を眺めつつ横断歩道を渡る。
ふと、依織が左の奥――柘榴の姿のその先を見る。赤信号にも関わらず、減速せずに交差点へと進入しようとする大型車がそこにはあった。
「柘榴君っ!」
咄嗟に差し伸べられた依織の手が柘榴の服を掴む。振り向こうとした柘榴は依織の精一杯の力で引き倒され、後方へと転倒した。
その瞬間、鼓膜をつんざく音がした。
それは一切の躊躇が感じられない、空を切り裂く様な高い音。
焦げ付いたゴムが路上に真っ黒な線を引いて、若桜依織の肢体が空中に舞い上がった。
どさり、ずざざざ、地面に柔らかな肉が落ち、酷い布擦れの音がする。
一瞬、世界が静止した。
アスファルトは鮮やかな赤に染まり、擦り潰された肉片が散らばっている。醜悪な鉄臭さが匂い立つ。大型車は、撥ね飛ばした依織の身体を轢き摺り、踏み潰したのだ。
「おい、大変だ、人が、人が轢かれた! 誰か、誰か救急車を!」
人々の叫び、怒号、悲鳴が空間を満たす。
目の前で起きた惨劇を認識した柘榴が、ふらりと立ち上がった。引き寄せられるように依織の方へと駆け寄る。彼の身体は上半身と下半身が距離を置いて転がり落ちており、轢き潰された腹を境に分断されていることがわかる。素人目にも死んでいることは明確であり、他には誰も近付こうとしなかった。
「いお、り」
柘榴がうつぶせになった依織の上半身を抱き起こせば、頸椎が折れているのかその首は不自然にだらりと垂れ下がる。陥没した頭蓋骨からは髄液が滴って髪を濡らし、整った容貌は見る影もなく顔の肉が抉れて露出している。開いた瞳孔には空虚のみが映っていた。
「依織……
潰れた腹から零れ落ちる血液と臓腑に塗れることも厭わず、柘榴は抱き起こしたその身体を強く、強く抱きしめる。最早肉と骨の塊でしかないそれは、しかしまだ温もりが残っていた。
「はは……なあ、返事しろよ……依織……
当然の如く、声が返ってくることはない。辛うじて胴体に繋がっている腕が重力に従って力なく揺れる。
柘榴の手は震え、指先が依織であった肉塊へと食い込む。呼吸が段々と速くなり、彼は抱きしめたそれを抱え込むように地面へとうずくまった。
「警察です! 開けてください!」
到着した警察官が人垣をかき分けて近寄っていく。それに気が付いていないのか、柘榴は肩を震わせるのみで動こうとしない。
「すみません、警察です。一旦離していただけますか」
直接かけられた言葉に彼は漸く反応を返すものの、しゃくりあげるような荒い呼吸の中で微かに首を横に振るだけである。
警察官は柘榴が過呼吸を起こしている様子であることを確認すると、隣に屈んで彼の背に手を置いた。
「辛いですよね。そのままだとこの方も辛いと思いますよ。ゆっくり息吐けますか?」
そう言って背をさする。
柘榴は酷く嗚咽しているような呼吸を繰り返していたが、暫くして不安定ながらもやや落ち着いた。強張っていた全身も弛緩し、しがみつくように依織の身体を抱え込んでいた腕からも少しずつ力が抜ける。
「離してあげられますか? 警察で検査があるのでお預かりしないといけないんです」
そっと警察官は言う。周囲では他の警察官により、事故現場の検証と遺体の回収が始まっていた。
柘榴は依織の上半身から腕を解き、ゆっくりと上体を起こした。遺体となった彼を、茫然とただ見つめている。
「お話をお伺いしたいのですが、ここでは落ち着かないでしょうし、署までご同行願えますか?」
警察官の言葉に、柘榴は小さく頷く。
凄惨な事故現場に似合わない温かな風が吹き抜ける。桜の花吹雪が、すべてを包み込んでいった。