shirajira
2025-09-13 21:21:33
3721文字
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いつかの約束

ムキポメビとクソデカ長毛猫ヨと飼い主のビマとヨダナのビマヨダ、のスケッチ的なもの

 ビーマ。ビーマよ。あの星見台、天駆ける船、うら若いマスターに召喚されたあの時あの場所で、お前はこう言ったな。
「別にこれっきりってわけじゃねえだろ。形が変わればまた……全く同じとは言えねえかもしれねえが、俺たちが同じような関係に落ち着くことも、あるかもしれねえ」
 わし様の髪を、乱暴者とは思えんほど優しく梳いて。世界を救い役目を終え座に還る前日、最後の交合の後。
 信じろと、お前がそう言ったから。わし様は子供騙しにもならなそうなお粗末な夢を、信じてやることにしたのに。
「ん? どうしたドゥリーヨダナ。飯はさっき食ったろ?」
 うりうりと大きな手が乱暴にわし様の頭を撫でる。抗議の声を上げたいのに、わし様の喉は勝手にゴロゴロ鳴った。せめてもの抵抗で、爪を出したままパンチを繰り出すが、「おっと危ねえ」とビーマは避けてしまう。
「元気がいいのはいいことだが……それは俺だけにしとけよ。今日来る客人にそれは厳禁だ。お前は賢いやつだから、わかるよな」
 にゃーん。わし様の抗議の声に、ビーマはにこりと笑う。これ絶対勘違いしとるだろ。くそ。朝から機嫌よく鼻歌なんぞ歌ってるし。浮かれてるのが丸わかりだ。
 今世、なんとわし様は猫に生まれた。猫とは言えわし様である。強くて賢くて美しいわし様は、誰をもうっとりさせる美猫だった。
 そんなわし様の光栄にも飼い主となったのが――ビーマだった。
 今世ではバッラヴァという名のこいつは紆余曲折あってわし様の飼い主となったが、貧乏パーンダヴァらしい貧相な生活を送っており、お陰でわし様は猫でありながら色々と動かざるを得なかったのだか、それは割愛する。とにかく、わし様はビーマの飼い猫で、ビーマはわし様の飼い主だった。
 同じ種として生を授かれなかったことは不満を感じるが、なってしまったものは仕方ない。わし様は心が広いので、妥協してやることにした。
 ビーマに可愛がられて、いや可愛がらせてやって、うまい食事を貢がせ、ベッドで共に眠る。言葉が通じないのは少々面白味に欠けるし、家猫のわし様は日中一人で家にいなければいけず寂しいこともあったが、ビーマの一番は自分だと思えたから、我慢できた。
 だと言うのにこいつ。外で恋人だか恋人候補だか知らんが、わし様以外の相手を作ってきおった。
 今日はそやつが家に来るとかで、ビーマのやつは朝からキッチンで張り切っている。既に大勢でホームパーティーでもやるのかといった量の食事が並んでいる。
 これ全部ひっくり返してやろうかな。わし様はテーブルの上に顔を出した。が、ビーマに見つかって抱え上げられてしまう。
「危ねえから、こっちいってな」
 お気に入りのクッションの上に乗せられた。そうはいくかとすぐ起き上がってテーブルに向かうよりも先に、大きな手で撫で回されて力が抜ける。喉がゴロゴロ鳴った。
 こいつの撫でテクはわし様によるわし様好みのものなので、抗うのはとっても難しいのだ。わし様としたことが……敵に塩を送りすぎたというやつだな……
 だってなあ。こんなになっても、やっぱりわし様は、お前の言ったことを信じたいと思っているのだ。猫になったけどわし様だって努力はするし? カルデアにいた時と全く同じは無理でも、わし様を愛してくれるお前がほしかったのだ。
 だというのになあ……
「何か今日は機嫌が悪いなお前。そういや、今日は犬も来るんだが大丈夫か? 大丈夫だよな、お前下手な犬よりでかいもんな」
 は~~~~? 朝になってから図工で牛乳パックが必要になったとか報告してくる小学生かお前は? ただでさえお前がわし様以外のやつを大事にしようとしてると知って、わし様の心は大荒れに荒れていて、もはや餓死して来世にワンチャン賭けるしかないんじゃと思い詰めてるというのに、犬だと?
 別に犬は嫌いじゃないし、負ける気はしないが。とりあえずお前のその恋人? 恋人候補? は猫より犬派ということだろうが。このわし様の美しさを理解しないような、見る目のないやつかもしれんということだろうが。
 そんなやつを選ぶのか? わし様がいるのに?
 こちらを撫で回すビーマを見上げる。この手がわし様以外のやつを慈しむように撫でるところなんて、考えたくもなかった。
 どうにかして別れさせることができないだろうか。猫の身でできることは限られている。とりあえず相手の靴に小便でも引っかけてやろうか。
 そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。はっと顔を上げたビーマが「今出る!」と大声で叫ぶと、わし様を置いて部屋を出て、バタンとドアを閉めるとドタバタと玄関に向かっていく。
 にゃーん。わし様が鳴いても、ビーマは気づかない。わし様はくたりとクッションに身を投げ出した。
 猫になってよかったことは、悲しくても涙が出ないことだ。恥をかかずに済む。
 目を瞑っていると、二倍になった足音が近づいてきた。わし様は顔を上げた。悲しんでいる場合ではない、憎いライバルの顔を確認せねばと思ったのだ。
「ほお。なかなか悪くないではないか。ま、わし様の家と比べればあまりにこぢんまりとしているが」
 そこには――わし様がいた。わし様と言ってもわし様じゃない、人間のわし様だ。蠱惑的なイケメンフェイスに、威風堂々とした体躯、宝石を嵌め込んだような瞳。それはどこからどう見ても、わし様であった。
 え? 何でもう一人わし様がいるわけ? わし様の偽者? 思わずガン見していると、人間のわし様の後ろからビーマが顔を出した。
「一人と一匹暮らしにしちゃ、広い方だと俺は思ってるけどな。適当にかけてくれ、スヨーダナ」
 スヨーダナと呼ばれたわし様はきょろきょろと部屋を見回していたが、わし様と目が合うと瞬きをした。
「何だこいつ。まさかぬいぐるみではなく本物か? でかすぎるだろ、猫ってもっとこう……小さくないか?」
「お前の飼ってる犬だって、ポメラニアンとは思えねえほどでかいだろうが。……おい、あの犬どうした?」
「うん? そういえばいないな。あ、玄関で手足を拭いてもらうのを待ってるのかもしれん。何か拭くもの借りていいか?」
 わし様はクッションから降りると、わざとスヨーダナのすぐ隣を通りすぎた。尻尾を立てて膝の辺りを撫でてやれば、「おおっ!?」とビビった声を上げられて、ほんの少し気分がよくなる。
 よっこいせとドアを開け、玄関の方へと移動する。犬を見に行ってやろうと思ったのだ。
 正直わし様の頭は大混乱だった。ビーマがわし様以外のやつを選んだと思ったら、選ばれたのはわし様ではないわし様だった。ということはわし様が選ばれたようなもんなのか? 違う? そもそもわし様が二人(厳密には一人と一匹だが)いることにならんか? どうなっとるんだ。
 廊下から玄関の方を覗く。こちらを見る目と目が合った、と思った瞬間、吠えられた。
 ワン!
 そこにいたのは、ポメラニアン――と、さっきビーマがそう言っていたからそうだと思うのだが、それにしては大きかった。中型犬、何だったら大型犬と見間違えるほどに大きい。
 しかしそんなことは大きな問題ではなかった。問題だったのは。
 ワン! 犬が鳴く。その声は、わし様に言葉を届けた。
 ドゥリーヨダナ! 犬はわし様をそう呼んだ。嬉しそうに。そしてその円らな瞳の持つ輝きに、わし様は見覚えがあった。
 にゃー……。わし様は恐る恐る、相手を呼んだ。
 ビーマ、と。
 ワン! ワン! 犬が尻尾を振る。わし様はのろのろと犬に近づいた。確認するのが怖かった。けれども、確認したかった。
 ビーマ? ビーマなのか? お前はあのビーマか?
 どのビーマか知らねえが、俺はビーマだ。お前はドゥリーヨダナだろ。その匂い、猫になっても変わりやしねえ。まさかこんな形で再会できるとはなあ。
 千切れんばかりに尾を振ったビーマが、鼻先を擦り寄せてくる。わし様が呆然としていると、部屋から人間のわし様がウエットティッシュのボトルを片手に現れた。
「待たせたなビーマ。足拭いたら上がっていいからな。ん? もうバッラヴァの猫と仲良くなったのか?」
 おう、そうだ! でも今仲良くなったわけじゃないぜ! なんせ俺たちは、ずっと前にまた会おうって約束をしていたんだからな!
 嬉しげに犬が吠え、飼い主に報告をする。伝わるわけもないのに。
 つまり。わし様の飼い主のビーマは、わし様のビーマじゃなくて。わし様のビーマはこっちの犬っころで。犬っころのビーマの飼い主はわし様じゃないわし様で。
 にゃあ……。思わず声が漏れる。
 わし様の気持ちなんて知らず、キャンキャンとビーマが吠え立てる。わし様はもう恥ずかしいんだか嬉しいんだか腹立たしいんだか、すっかりわからなくなってしまった。
 ただ一つ、もう寂しくはないのかもしれないと、そんなことを思ってしまっている自分に気づいて、わし様は毛むくじゃらのビーマの横顔に、鼻を突っ込んだ。猫は涙を流さないから、きっと何もビーマには悟られていない、そのはずだ。