ジルク
2025-09-13 11:58:15
2082文字
Public JA(山羊歌)
 

アレン・アダムスのとある日

CoC「山羊の歌は謡えない」微ネタバレ
JAバウムクーヘンデッドエンド軸で生まれた自探索者の息子視点。2019年の話。

……なんだあれ」
次はどの本を読もうかと並んだ背表紙を眺めていたら、ふと本棚の上に古い木製の箱があることに気が付いた。父さんの書斎にはよく入り浸っているが、見覚えはない。最近背が伸びたから見付けられたのだろうか。
椅子に乗って箱を手に取ってみる。両手で持てる大きさの薄い箱だ。ずっと開けられていなかったのか埃にまみれている。表面には何か絵が描かれているようだが、よくわからない。
ティッシュと雑巾を持ってきて埃を拭うと、絵の色彩が現れた。学校のようなお屋敷のような建物の一部と大きな木、その枝から垂らされたブランコ、花壇。幼稚園や小学校みたいな雰囲気だ。知らない風景ながら、懐かしさのようなものを感じる。
(ここに誰か描いたら面白そうなのに)
ブランコと窓辺を指でなぞってみる。温かい雰囲気の絵なのに、人間が描かれていないことが妙な寂しさを生んでいるのだ。どうせなら登場人物も描いた方が物語みたいでわくわくするのにな、と描き手のセンスを疑う。
蓋を開けようと力を入れたが、箱はびくともしない。よく見ると、側面に小さな鍵穴があった。
俄然、興味が湧いてくる。父さんが鍵を掛けてまで見せたくないものってなんだろう。
箱は傾けるとカタカタと音がする。何か小さくて固いものが入っているようだ。
父さんの机の引き出しを片っ端から開けていく。小さな鍵を探すが、見付からない。家や車の鍵を置いている小物入れやスマホの充電器周辺も見てみるが、それらしきものは見当たらない。
(鍵、捨てちゃったのかな)
針金やヘアピンでこじ開けた方が早いかな?と思いながら考える。子供の手の届かないところに置くくらいなんだから必要なものではあるんだろうけど、普段は使わないもの。でも無くしたくなくてどこに置いたかわかりやすいところ、そんなところにあると思うんだけど。
ふと思い立って、寝室にある父さんのクローゼットを開ける。扉の内側の小物入れ――違う。礼服の内ポケット――ない。扉を閉めて引き出しを開ける。ハンカチや靴下の横に、片手サイズの缶がある。父さんがネクタイピンやカフスボタンを入れている、元々お菓子が入っていたやつだ。中を見てみると、小物に交じって、箱の鍵穴に合いそうな大きさの鍵が入っている。
(やった!)
バタバタと書斎に戻り、箱の鍵穴に差し込んでみる。埃や錆のせいか少し固くはなっていたが、問題なく回すことができた。
箱の中身は、数枚の写真とチェスの駒、それから手紙だった。音はチェスの駒が転がっていたからなのだろう。
駒は何故か二つに割れている。一瞬自分のせいかと焦ったけれど、接着しようとした跡があることに気が付いてほっとした。少なくとも自分が箱を触る前には割れていたらしい。
(わ、父さんも母さんも若いなー)
写真は二人の結婚式のときのもののようで、知っている顔がちらほら窺える。
(アン、こんな服も着るんだな……リコは今とあんまり変わんない……若いメアリすごくかわいい!)
ぱらぱらと見ていると、最後に父さんと知らない男の人が二人で写っている写真が出てくる。金髪で綺麗な顔の男の人は、身体をカメラに向けながらも、視線は父さんを見て穏やかに微笑んでいる。父さんは笑っているけれど、どこか泣き出しそうな表情にも見える。
(誰だろう、この人)
二人で写るくらいなのだから仲は良いはずなのに、見たことがない。アンやリコ、メアリは時々遊びに来るからよく知っているけれど。
改めて写真を見返すと、全てにその男の人が写っている。アンたちとも仲が良いようで、よく近くにいる。それであれば名前や存在くらい聞いていてもおかしくないのに、記憶を探っても心当たりはない。
首を傾げつつ手紙を見てみる。封筒の表には『Dear Jack Adams』とある。切手も住所もないから、手で渡されたものなのだろうか。裏返すと差出人は『From Ashton Adams』となっている。
……アシュトン・アダムス」
さっきの写真の男の人だろうか。アダムス姓ということは、アンたちと同じで、父さんの孤児院時代の兄弟なのだろう。
几帳面な人だったのか、宛名と差出人だけでなく差出日も丁寧な字で書かれている。『2006年6月xx日』。
(オレが生まれた日だ)
その日に何かあったのだろうか。好奇心と嫌な予感を抱えながら中を見ようと、改めて封筒を見る。
……開いてない?)
封筒はきっちりと糊付けされたまま、開けられた様子がない。どの辺も切られてはいないし、フタが剥がされた形跡もない。ということは、オレが生まれた頃に書かれたこの手紙を、父さんは一度も読んでいない。
開けたら流石にバレるだろうと思い、そのまま箱の中身を戻していく。
「アレンー! 夕飯の時間になるから手伝いなさーい!」
「今行くー」
階下から母さんに呼ばれ、ぱぱっと箱と鍵を元に戻す。
(今度、アンたちにアシュトンって人のこと聞いてみようか。教えてくれるかなあ)
そう考えながらリビングへ向かったオレを、夕飯の美味しそうな匂いが出迎えた。