夢篠
2025-09-14 20:00:00
3808文字
Public
 
1664496

我背の軛

山本陣内の手が好きな話

ナマエナマエナマエナマエナマエ陣内さまの、手が好きだ。

ふとした瞬間にそう思う事がある。何か特別なきっかけがある訳では無いけれど、硬くて少し傷のある手に触れると胸が掴まれたように苦しくて自分の鼓動が暴れ始めるのを感じている。

私に触れる陣内さまの手は、厚くてとっても暖かい。私よりとても大きいし、指だって太い。爪は短く整えられていて、少し乾燥気味。でも火器を扱うその指先はとても繊細で優しくて、私は触れられると、とてもどきどきしてしまう。

それから陣内さまは良く、私の髪を梳くように撫でてそれからとても朗らかに笑ってくださる。からりと気持ち良く笑うその顔に、私の胸は甘く痛む。どきどきと高鳴る鼓動を抑えるように胸に手を当てると、何もかも分かったように陣内さまが目を細めて、今度は酷く艶やかに笑う。それを繰り返すのがとても好きで、とても幸せだった。だからどうしても、欲が出る。

肩を並べて二人で座っていた。最初はお互いに作業をしていたけれど、何がきっかけだったか、ふと呼ばれているような気がして顔を上げたら、陣内さまが私を見ていた。淡い笑みは二人でお団子を食べた時のお顔に似ている気がした。

いつもなら少し微笑み合って流れるように逸らす事の出来るこの交わりを、今日は何故か逸らす事が出来なかった。肩が触れ合う距離だから、二人の呼吸の音がはっきりと分かる。身体の距離以上に、私の心は陣内さまの心と近くあると確信していた。陣内さまに見詰められていると思うと胸が熱くなる。どうしても触れたいと、触れてもらいたいと思ってしまう。

慎みを持たないといけないのは分かっているけれど、とうとう我慢が出来なくなって、躊躇いはしたけれど陣内さまに手を伸ばす。揺れる指先がその硬い手の甲に触れるか触れないか、といったところで陣内さまが私の指を絡め取るように握ってくださった。熱い手のひらが私の手を包み込むように動く。

ナマエ

陣内さまの低い声が私の名を呼ぶと、胸がぎゅうと痛むように震える。その感覚がむず痒くて、自然な顔の作り方が分からなくなってしまう。からからと笑う声が聞こえる。揶揄われているようで恥ずかしくて、それを隠すように手に力を入れて、指先を絡め合う。でも陣内さまの指と私の指が絡み合うと、肌の色の対比が明確になるだけだと気付いてまたどきどきしてしまう。この方は男の人なのだと当然理解はしていたけれど、でもこうやって私との差異を目の当たりにしてしまうと改めて、この方は本当に「私とは違う」のだと分かって胸が苦しくなった。呼吸が震えて意図せず声が漏れる。

「ぁ、」

まるで閨事の時のような声が出てしまってかあ、と顔が熱くなるのが自分でも良く分かる。咄嗟に俯いた所で私の顔は耳まで赤いだろうから、この羞恥を隠す事など出来はしないだろう。急に赤くなって俯いた私に、陣内さまはとても可笑しそうに笑った。分かっている癖に不思議そうな顔をして、繋いでいない方の陣内さまの手が伸びてくる。髪に差し入れられた手がするりと首から背をなぞっていくのが追い詰められるような気分がして、一度強く目を瞑ってからその苦しさを遣り過ごす。

「急に、どうした?」

「な、なん、でも、ありません……

「何でも無いのにそうやって赤くなるのか?」

「あ、暑いから、火照っているのでは?」

自分でも良く分からない言い訳だなあ、と思う。でも陣内さまの事を意識すればするだけ、私の顔にはどんどん熱が集まっていく。変な汗が滲んで、熱くて熱くて堪らない。自分から仕掛けた癖に、もう逃げ出したくなって手を引こうとしても陣内さまが絡めた指を解いてくれない。それどころか手を握る力が更に強くなって引き寄せられるように陣内さまの腕の中に抱かれる。

「はは、本当に熱いな」

「だ、だから、火照っているのです……!汗をかいているから放してください!」

「そうか?別に気にならないが」

「あ、あなたが気にしなくても私が気にするのです!」

握られた手は離してもらえなかったけれど、もう片方は自由だから逞しい胸に手を置いて距離を取ろうと押す。でもそれ以上の力で引き寄せられて、これでは最早抱き締められているのと何ひとつ変わらない。

「火照りが気になるなら、ほら、慣れてしまえば良い」

すり、と背中から腰を撫でられて、取られた手は放されたけれど代わりに顔を上向かされる。至近距離で鼻筋を近付けられて視線が交わってみると、陣内さまの目の色が遠目で見るより少し赤みが掛かっている事を知った。

少し乾燥している指先が私の頬を滑る時、ささくれか何かに少し引っ掛かる。私がぱち、と瞬きをするのと、頬を滑った手が私の首の辺りに回されるのと、腰を支える手が私を引き寄せるのは同時だった。

「ん、っ」

唇同士をぴたりと合わせるような口吸いだった。呼吸を分かち合って、同じ空気を遣り取りするような。陣内さまの呼吸の間合いを上手く把握出来なくて、息をするのが苦しくなる。二人の身体の間に置いた手につい力が籠ってしまう。身体に余計な力が入っているのだろうか。陣内さまが宥めるようにゆっくりと背中を擦ってくださっているのが分かる。解すようなその手の速度に合わせて呼吸をすれば次第に息は楽になって、心地良さに身体から無駄な力が抜けていく。見透かしたように、陣内さまの温い舌が唇の合わせ目をなぞったせいで、声が漏れて背筋が粟立つように身体が震える。「ん、ぅ……」と自分の物とは思えないくらいの甘たるい声が出て恥ずかしさに耳を塞ぎたくなる。

性急ではないのに有無を言わさない陣内さまの舌の動きが私の舌先と陣内さまの舌先を合わせていく。触れ合って、唇を喰むような動きと共にそれは絡められていく。吸っていた息ごと吸い取られるかのような動きに舌が誘われた。

私の口内に侵入して来た厚みのある舌を迎えるために少しだけ、私の舌を差し伸べる。狭い空間で捉えられた私の舌は擦り合わされ、吸い上げられ、好きなように弄ばれる。じゅう、と羞恥を高める音が何処か遠くから聞こえた。恥ずかしい筈なのに、それどころではない。呼吸を翻弄されて思考に霞がかかるようで上手く纏まらない。今、ここにいるという感覚すら薄れていくのが怖くて、陣内さまの手を指先で探して縁のように握った。

「っ、ナマエ……

器から水が零れ落ちるような声で名を呼ばれる。私も陣内さまの名を呼びたかったのに、唇を塞がれたままでは、生まれたての赤ん坊のような声しか出せない。同じように唇を塞いでいる筈なのに、どうして陣内さまは私の名が呼べるのだろう。ふと、一瞬思考が明瞭になるその瞬間、下唇に強く歯を立てられる。予期しなかった刺激に肩が揺れて身体を引いてしまう。

唇が離れ吐息の交わる距離で、跳ねる息を持て余しながら私は陣内さまを見詰めていた。頬が熱い。整わない呼吸が体温を上げているのか、それとも。

私が思考を回している事を咎めるように、向けられる視線が強くなる。唇を離したとはいえ、私たちの距離はいまだ睫毛も絡みそうな程で、鼻筋を合わせるような遣り取りが心地良くも胸を叩く。

……今はただ、私に集中しろ」

端的な言葉は私の心の在処を正確に把握しているらしい。いつもより強い言葉と強引な動作で引き寄せられ、良いも悪いも言う前からまた口を吸われる。いつもは「優しい陣内さま」なのに、今日は少し、優しくない。でも、どうしてなのか分からないけれど、陣内さまが時折見せる優しくない部分を感じる度に胸がきゅう、と音を立てるのだ。

胸が押し潰されるくらいに強く身体が合わせられて、そのせいで陣内さまの吐息の熱も、胸の音も手に取るように分かってしまう。私と「こうする」事に、陣内さまが僅かなりとも感情を揺らしている事が分かる。その事に、身体が熱くなる。

「っ、ん゛ぅ……、」

伸ばされた舌をつい、吸ってしまう。早く、溶けるように何も考えられなくなりたい。理性を放棄するかのように陣内さまの背に手を添える。不意に肩を押されて緩やかに身体が倒れる。背中が付くより先にどっしりとした重みを感じる。押し潰されるような感覚に酷く安心した。

ナマエ、っ、ナマエ……

「ぁ、じ、ない、さ、ま……っ」

譫言のような声に名前を呼ばれる。今度こそ、陣内さまの名前を呼んだのに、返事を貰うより先にまた唇を塞がれて吐息は食べられて、私の声は消えてしまう。

大きな手が私の身体を摩って行くのが気持ち良い。もっと触って欲しい。もっと、何も考えられなくしてほしい。力の入らない指先で陣内さまの衣の裾を握る。唇を一瞬解放されたのが寂しい。物足りなさが視線に現れていたのか、至近距離の陣内さまの顔が笑みに歪む。加虐性のあるその笑みに、下腹が熱くなるのを感じた。

……ナマエ、」

低い声がこの先を望んでいる。私も同じ気持ちだから声を出そうと思ったのに、唇が戦慄くせいで言葉が紡げなくてただひたすらに、小さく頷くだけだった。陣内さまが非対称に顔を歪めて笑ってから一瞬目蓋を下ろすのが見えた。ゆっくりと持ち上げられたその目蓋の下に見えた瞳の色の濃さにただ、囚われて心は逃げ出せない。大きな手に身体が捕まえられているのと同じくらいに。