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果南(カナン)
2025-09-12 23:00:00
3854文字
Public
さめしし
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星空はスイートの道
さめしし。ワンドロのお題「宇宙」「月」で書きました。つき合っている二人が、月食の話をしてデートの予定を立てるお話です。
すれ違いも、甘いひと時への道しるべになるから。
参考にしたのはプラネタリアTOKYOの「カフェ プラネタリア」です。調べものしていて偶然見つけて、さめししこれ行ってほしい…!ってわくわくして書きました。いつか自分も行ってみたい。
「皆既月食?」
「そうだ」
村雨は頷くと、空になったコーヒーカップを置いた。
仕事の後でウチに来て、夕食を終えてソファーでくつろいでいるところだった。最近の村雨にしては珍しく、まだ余裕のある時間帯だ。たまたま仕事が早く終わったのだ、と言っていたが、その声にも弾みがあり、嬉しそうだった。
おかわりは、と尋ねると、村雨は小さく首を振った。オレはローテーブルからコーヒーカップを持ち上げて、キッチンへ運んでいく。
その間にも、村雨の話は続いていた。
「先日、あっただろう。日曜から月曜にかけての深夜だ。食の最大は三時過ぎだったから、あなたが見ていなくても無理はないが」
「お前、見たの?」
カップを流しに置いて水をだし、とりあえず浸けておいた。ちゃんと洗うのは後でいいだろう。
濡れた手をタオルで拭き、ソファーを振り返った。
「当直だったからな。たまたま起きている時間だった」
「へぇ
……
」
オレはポケットからスマートフォンを取り出しながらリビングを横切って、村雨の隣に腰を下ろした。皆既月食、で検索して、概要を眺めていく。
皆既月食は、満月の全体が地球の影の中に入り込んで、月の表面に太陽光が当たらなくなる現象だ、と書いてあった。今回は三年ぶりの皆既月食で、月食が起こる時間も長く、観察するには好条件だったらしい。深夜三時でも好条件って言うのか、とも思ったが、そもそも月は夜に眺めるものだ。好きな人々にとっては、それくらい気にならないのだろう。
出てきた画像には、赤っぽい、丸い月が写っていた。赤と言ってもオレンジの色味が強くて、ひと言では何とも表現しづらい色だ。マカロンのオレンジ系の味だと、こういう色で売ってるヤツがあった気がする。
それよりオレが驚いたのは、たいてい満月が写っていることだった。赤く写っているやつは、全部丸い。時々、途中経過らしい白っぽい月が写っているやつもあって、それは想像していた通りの欠けた形をしていた。
「月食って、月が赤くなるけど丸いんだな。もっとこう、あからさまに欠けて見えなくなるのかと思ってたぜ」
オレが言うと、村雨は軽く眉根を寄せた。
「それはどちらかというと、日食の時だな。皆既日食であれば、太陽は完全に月に隠れる」
「へー、そうなのか」
「あなた、夜空はよく見ていたと言っていなかったか」
だから天文に関しても、ある程度の知識があるものと思っていた
——
村雨の言葉からは、そんなニュアンスが読み取れた。
オレは思わず、口元を歪めていた。何とか笑いの形になるように修正しながら、首を横に振る。
「ただ見てただけだよ。ガキの頃で家に居られない時の夜なんて、他にすることも無かったからな
……
どうしようもなくて、見上げてただけだ」
実際のところは、少しは調べてみたりもした。小学校の昼休みに、図書室で図鑑を開いて。
無力でどうしようもなかったガキのオレが見上げても、夜空の星は綺麗だったし、月は三日月でも半月でも満月でも、それぞれの形でしっかりと輝いていた。どうして星は光っているのか、どうやって星座という考えが生まれたのか、なぜ月は満ち欠けするのか
——
そんな素朴な疑問と興味を持つのは、小学生としては自然なことだったと思う。だから図書室に通って、そこで調べられる限りの本を読んだ。
でも、そのうちに諦めた。宇宙は広大すぎて、現実からはほど遠かった。オレはそこに夢を抱けなかったのだ。
そんな手の届かない絵空事よりも、今日食うメシ、丈の足りなくなった服の代わり、短くなっていく鉛筆の次を探す方が大事だった。
だから、それっきりだった。
「
……
なるほど」
すまなかったな、と続けて声が聞こえた気がした。
オレはもう一度首を振って、今度こそきちんと微笑む。
「別に。気にしてねぇって」
「本当か?」
「あぁ。星空や月を見れば、普通に綺麗だなって思うし。お月見だって、アイツらとも一緒に何度もしてるだろ」
「そうだな」
村雨は納得したように表情を緩めると、自分のスマートフォンを取り出した。指先で画面を叩き、スクロールを繰り返す。何やら調べものを始めた様子だったので、オレはとりあえず待った。
「宇宙や星空に、興味が無いわけではないのだな」
画面を睨み、指先を素早く動かしながら村雨が言った。
「あぁ」
「では、ここに行ってみるのはどうだろうか」
スマートフォンが、オレに向けて差し出された。
受け取って、スクロールしてみる。
「何だこれ? プラネタリウムの、カフェ
……
?」
近隣の街にある、お洒落なプラネタリウムのホームページだった。普通の上映だけではなく様々な企画をやっていて、そこにカフェも併設されているらしい。
メニューのページを見て、思わず声を上げた。
「うわ、すげぇ。パフェに満月が乗ってる。どーやってんだコレ
……
クッキーにプリントか
……
?」
「こちらのハンバーガーも美味しそうだろう。黒いパンに赤と黄色の具というところが、宇宙の星を思わせて趣があるな」
青い星雲を思わせる綿飴を纏った、薄紫色のソフトクリーム。紺と白のマーブル模様のグレーズをかけて銀色のアラザンを散らした、銀河のようなドーナツ。他にもまだ、宇宙をテーマにした食べ物や飲み物がたくさん並んでいる。どれも工夫を凝らされた、雰囲気のある見た目で、ざっと眺めているだけでも確かにわくわくしてくるものだった。
隣に座る村雨も体を寄せてきて、スマートフォンを覗き込んでいる。その眼はわりと真剣で、本当にブレねぇなこいつは、と思いながら、オレは指先でちょんちょんと村雨の脇腹をつついた。
「なあ、お前さ。このバーガー食いたいだけとかじゃねぇの」
即座に村雨は眉根を寄せ、真面目な顔で言い募った。
「何を言う。バーガーとパフェは必須だ。できればこちらのドリンクも飲みたいし、持ち帰り用の綿飴も捨て難い。そしてもちろん、あなたと一緒にプラネタリウムも見たい」
そっちもかよ、とオレが口に出す前に、村雨はまっすぐにオレの眼を見つめてきた。
「獅子神」
深紅の視線が、揺るぎない強さでオレを捉える。
つややかな形の良い唇が、落ち着いた抑揚で言葉を紡いだ。
「私は、あなたが得られなかったものを取り返してやろうなどという、傲慢な考えは持たない。そんなことは不可能だからな」
「
……
わかってる」
「だが、これからあなたと共に様々な事に興味を持ち、二人で成していければいいと思っている。その中には、私は既に知っているがあなたは知らないということもあるだろうし、逆もまた然りだ。今回の事も、その一つに過ぎない」
しなやかな指がオレの手を包んだ。傍らにスマートフォンを置かせて、そっと指を握ってくる。
「だからあなたは、ただ楽しんでくれればいい。そうすれば私も嬉しい」
「村雨」
「わかったら予約をするぞ。都合が悪い日はあるか」
空いた手をスマートフォンに伸ばし、村雨は早速画面を操作しようとする。オレは視線でそれを押しとどめて、腕を伸ばした。
ジャケットを脱いだ細い体を、ぎゅっと抱きしめる。
「
……
獅子神」
「ほんっと、オメーは
……
言葉を選ぶのが、上手いよなぁ
……
」
強くて、自信家で。ストレートに、歯に衣着せぬ物言いをするくせに。
何をどう言えばポジティブに伝わるのかを、よく知っている。
オレが卑屈に陥るのを、許さない。己を信じて前を向け、と優しく叱咤してくれる。
オレを、愛してくれている。
未来を、信じさせてくれる。
「当然だろう。あなたのことは、よくわかっているからな」
「ははっ
……
ったく、頼もしいぜ」
「気が変わらないうちに、予約を入れるぞ。私の休みが取れる日でいいか」
「あぁ、任せる」
オレが腕の力を緩めると、村雨はちゅっとオレの頬にキスしてから、ソファーに座り直した。スマートフォンの画面を開き、予約の操作を始めていく。
隣でソファーの背にもたれて、村雨の横顔を眺めながら、先ほど言われたことを思い出した。お互いが知っていること、知らないこと。
これから、二人で成していくこと。
「なあ、村雨。さっき言ってたことだけど」
「何だ」
村雨は画面に目を向けたままだったが、ちゃんと返事を寄越した。
「オレが知ってて、お前が知らないことでも、お前は興味持ってくれるの?」
「そうだな、そのつもりだが」
「ふーん
……
」
曖昧に相槌を返すと、村雨が顔を上げた。
「やけに含みのある言い方だな。何を考えている?」
「さぁね。どーせお前なら、すぐに読めるだろ」
「
……
ほぅ」
面白い、と顔にでかでかと書いて、村雨はにやりと笑った。
「では、この予約を終えたら、あなたの体にゆっくり尋ねることにしよう。実に楽しみだな」
「お前なぁ、言い方ってモンがあるだろ」
「喜んでいるくせに、何を言う」
「
……
っ」
かあっと頬が熱くなってきた。多少は優位を取れたかと思っても、すぐにこのザマだ。
まあ、でもいいだろう。
こんな感じで、オレ達は続いていくのだ。
たぶん、ずっと。
「風呂、準備してくっから。沸いたら先に入れよ」
予約の手続きは任せて、立ち上がった。村雨が頷いて、ありがとう、と呟いてくる。
歩き出す前に手を伸ばすと、眼鏡の奥の目が細められて。
すり、と手のひらに、やわらかい頬が寄せられた。
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