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ロンド
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オリジナル
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星と空魚[オリジナル]
オリジナル。星をあつめる師匠と双子の話。
星と空魚
三人分の荷袋を担いでいる師匠の背中はずんずん遠くなる。雨上がりの山はどこかしこも湿り苔の匂いがして、岩場はつるつるとすべって、うっかり気を散らすとずるっと身体が落ちる。片方が滑ると示し合せたようにもう片方も滑る。だのに師匠はぜんぜん振り向きもしないで、まるでウサギみたいにひょいひょいと軽快に岩場をのぼっていく。
「お、師匠さぁーん」
「お師匠さぁーん」
哀れっぽいうそ泣きはやがて本当にずびびと鼻水をすする音が混ざった。けれども師匠の足取りはまるで止まってくれない。
双子は泣きべそをかいて岩を這いあがると、師匠は岩場の頂上で待っていて、べそべそに泣いている双子を見下ろして、ぱちくりとスミレ色の双眼をしばたかせていた。何キロメートルも山を登ってきたのに、どういうわけか息ひとつ乱れていない。瞳と同じ色のやわらかな長髪がさらさらと風に吹かれていた。
「どうかしたんかい、おまえたち」
「つかれましたー」
「ましたー」
「まだ半分だよ。もすこしがんばりな」
「「やだぁー」」
もう一歩も動きたくないとばかりに地べたにへたりこんで、同時に不満の声が重なる。師匠は小首をかしげて双子を見下ろした。双子はふぞろいの真っ白な髪にリンドウ色の瞳、背丈は師匠の半分ちょっとしかないのだが、師匠はへとへとになっている理由にはいまいち思いいたらなかった。そして鏡写しのようにそっくり同じ顔で、実のところ師匠にはちっとも違いがわからない。
けれどもあわれな弟子のうったえは聞いてやる気になって、師匠は腰にこぶしをあてて告げた。
「わあったよ。ハチが蜜を溜め込む間までだ。日暮れまでには着かなくちゃいけないんだから」
「うん!」
「やった!」
「やれやれ。飯にするか」
双子ははしゃいで両手を挙げた。一対のようにまったくおんなじように動く双子に師匠は肩をすくめた。
遅い昼飯は、ふもとの町で買い求めたサンドイッチだった。硬い黒パンに酢漬けにした白身の魚がたっぷりつまっている。なるべく乾いたところに座りこんだ双子は、ぶかぶかの袖をまくって、師匠から差し出された昼飯をわれさきにと同時に受け取った。
お日さまは南回りのてっぺんを通り越して西に弧をえがいて落ちはじめている。西向きの風は熱すぎず冷たすぎず、町であれば洗濯日和のさわやかなものだった。青空をあおいでいた師匠がお日さまから影を作りながら眼をほそめる。
「こいつは夜までに渡ってくれるかねえ」
両手にあまるほどのサンドイッチを冬支度のリスのように口いっぱいにほおばっている双子がきょとんと師匠を見つめる。師匠の視線は風の動きをつーっと追い、双子もそれにならった。水平線の向こうには魚のうろこ模様の雲が泳いでいる。うろこの雲からはひとつぶから一匹の
空魚
そらうお
がかえって、夜になれば星を食べて育つのだ。
星は時を置いていずれあたらしく生まれ変わるが、師匠のようなヒトにとっては空魚のような天空の捕食者は天敵だった。今日のような絶好の日には星のめぐりがずれて無駄足になってしまう。
手をかかげて天候に祈り、残りのサンドイッチを飲み込むように腹に収め、師匠は伸びをして立ち上がった。
「さあさ、おまえたち。じゅうぶんに休んだろう。足の底に苔が生えて根が張るまえに出発するよ」
「えー」
「ええー」
「ほっぺをふてくされるんじゃあないよ。だから町の宿で待ってみるかと聞いたろう?」
「やだ!」
「やあだ!」
「ほうれ。私についてきたんだからしゃんとおし。私だって希少な夜眼の弟子をふたりっきりで放り出して、人買いにただでくれてやる気はないんだからね」
双子のぶんの荷袋も背負い、師匠はふたりの腕を引いて立たせた。つるつるとすべる岩場を越えればあとは標高の高いなだらかな丘陵になる。お日さまを振り返ることなく師匠はどんどんと歩いて行く。それを双子は必死になってついていく。
やがて天は真っ赤に染め上げられ、地上に長い影が降りてくる。師匠と双子は草むらをかきわけて、はるかまで見渡せる丘陵のてっぺんにのぼっていく。若いお月さまがふらりと顔を出すころに着いた。
師匠は三つの荷袋を置き、自分のものから、すりガラスのランタンを取り出した。ランタンの中には虹色につやつやした鉱石がひとつ立てられていて、燐寸をすって近づけると、ぼうっと鉱石に火が移った。ちらちらと鉱石の中で火が躍り、虹色がガラスに反射してかがやく。双子は膝を突き合わせてしゃがみこんで見入っていたが、そのランタンの上に師匠は粗布をかぶせてしまった。
「「あっ」」
身をよじらせる火の姿が隠れ、双子はそろって師匠を見上げた。
「火に近づきすぎてはいけないよ。私たちには明るすぎる」
スミレ色の瞳の輪郭を金色にひからせている師匠は云った。一、二、と号令をかけられて双子はきゅうっとまぶたをつむった。
三、四、五、でふたたびまぶたを開ける。
夜がやってきていた。
双子は師匠と似た光彩の瞳で夜をあおぎ見た。
世界の半分をうめつくす暗色の空には無数の星がまかれている。うろこの雲からかえった空魚はもっとよい狩り場を探して泳ぎ去ったと見え、星は生き生きとまたたいて、ひそやかな光の音楽をかきならしている。お月さまがはじめに若いころ、町から離れていて空が開けているところ、星がもっとも近くなる夜の裳裾が広がっていた。
双子は首を上に向けすぎて、こてんこてんと野原にひっくり返った。師匠があきれたようなため息をもらす。
「こら、起きたまえ。もうすぐだ」
「すぐって、どのくらい?」
「ねんねしておきたらくらい?」
「寝てもいいが、私が起こしたらすぐ起きたまえよ。お月さまが船をこぎ出したら、来る」
師匠はじっとそのときを待った。双子は待ちきれずに身を寄せ合ってうとうとと居眠りをしていた。お日さまと入れ替わりに空にあらわれるお月さまは、まばたきも退屈になるほどゆっくりと曲線をかたむけていく。
真夜中、お月さまの船が谷へと進みはじめたころ、師匠は双子を揺すり起こした。双子はむずがるように眼をこすっていて、リンドウ色に金色が重なった二対が互いに見返し、ふあとあくびをした。
「もうー?」
「まだー?」
「これから始まるとも。ごらん」
星の音楽に耳をすませていた双子は、ジュアーと燐寸をするような音にふたりして飛びあがった。
「きた!」
「きたよ、お師匠さん!」
双子が云い終わるまえに大きな星がいっそう強くかがやく。青白い熱に耐えきれないようにもだえると、かぼそい悲鳴とともにはじけた。終わりの星のかけらは四方八方へと飛び散り、燃える尾を引いて地上へと落ちてくる。
「おまえたちも小さな小さな星のかけらを拾い集めておいで」
師匠は双子の背を押した。双子はぱっとひとつの星の子をめざして駆け出していく。
ひとつの星が寿命を終えると、つぎつぎと星がはじけていった。星の尾はつーっとまっすぐに落ちるものもあれば、ひとりでに割れて小さくなりながらかき消えるものもあった。はじけるたびにかん高い星の音がかき鳴らされる。
双子の眼は野原にうもれた星のかけらを見つけた。表面がとがった小石のような星のかけらはまだ熱のなごりを抱いて、よわよわしくまたたいている。双子の片方が手に取ると、ランタンのようにほんのりと温かい。双子は師匠に持たされた袋にかけらを入れ、また星を探した。
いくつもの星が流れていくのをそれぞれにかき集め、ふたつの袋にいっぱいになるころにランタンの灯のもとに戻ってきた。師匠もまんぱいになった袋を持って待っていた。
「集められたかい」
「うん」
「いっぱい」
師匠は膝をついて受け取り、双子が差し出した袋の中身を開けて、小石をつまんで夜にすかしてたしかめた。拾ったばかりの星は夜に共鳴して、空にあったころのようにチカチカとまたたこうとする。師匠は袋に星のかけらを戻すと、中身がこぼれてしまわないように星を食べる空魚や暗虫がきらう薬草の紐でしばって荷袋に入れる。双子は師匠が大事にしまいこむのをうかがいながら訊ねた。
「ねーえ」
「星をあつめたら、どうするの?」
「そうさな。大きな街に持っていくと、めずらしいものを欲しがる商人か、星の職人が買い取ってくれる。職人がきれいに研磨して加工すれば、これは火を溜め込む燃料になる。こんなふうに」
師匠はランタンにかけていた粗布を取り払った。夜に慣れた眼にはまばゆいほどのかがやきを放つランタンに、双子はおどろいて眼をつむる。
星を加工した鉱石の中ではつけたときと変わらず虹色に火が躍っている。師匠も眼を細めてランタンのねじを絞って火を消した。
「もういいよ。眼をお開け」
双子はおそるおそる師匠を見上げた。師匠の金色の縁どりの眼が明かりをこわがる双子にほほえみかけ、ふたりまとまって毛布をかけた。双子はぴったりと境目がわからなくなるくらいにひっついて毛布にくるまる。
「なにも、加工しなくとも私たちには星あかりだけでじゅうぶんなのさ。すこしお眠り。早起きな鳥がさえずりだしたら出発だ」
「お師匠さん」
「お師匠さん、あのね」
「なんだね」
「わたしたち、ひとつずつでいいから、ひろったの、ほしい」
「ほしいー」
「いいだろう、ひとつずつおまえたちの報酬にしよう。お日さまの下でそれぞれ好きなものを選ぶといい。夜眼の私たちにとっても、朝の色彩は代えがたいものだからね」
双子は返事をして、あぐらをかいて座り込む師匠の膝に頭を乗せて寝転んだ。師匠は双子のごわごわした髪を撫でてやりながら夜をあおぐ。星の音につられて空魚たちがやってきて、まだ若い星を追いかけて食んでいるところだった。
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